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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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フェリシティは肩を竦めてタバコを灰皿に押し付けた。

「冗談よ。真に受けないで」

新たなタバコをくわえ、フェリシティは火を点ける。

「トムソン夫妻はよく家出した少年少女やけがをしたギャングをアパートに匿っていたそうよ。もちろんロハでね。事情を聴いて、トラブル解決のために奔走していた。夫婦には子どもがいなかったそうだから多少の倒錯はあっただろうけど…それを差し引いても掛け値なしの善人であることは間違いなかったでしょうね」

「まさかイリスを…」

「そう、その2人はイリスを匿っていた可能性が高い」

写真が変わる。次は見取り図だ。トムソン夫妻が管理し、俺がステイしていたアパートのものだ。

「この見取り図なんだけど、間取りと実際の面積にズレがあるの。それも一部屋分のスペース分の数字のズレがね。つまり見取り図から意図的に消去された部屋があるってこと。俗にいう隠し部屋ね。捜査を進めると過去の見取り図では納屋になっていた部屋が丸々無くなっていたわ。恐らくイリスはその部屋に匿われていた。さらに私達は近年多発していた報道関係者や著名なSNSユーザーの連続変死事件と照らし合わせた。イリスがナイトクラウド家から脱走した理由は不明だったけど、この変死事件と何らかの関連があるとは予測できた。単なる家出をするにはイリスは成長しすぎているし、噂通りの聡明で、なおかつ良心的であるならナイトクラウド家の告発をするでしょうしね。ナイトクラウド家の本家があるジョージア州からニューヨークまでのルートと変死事件が発生した時期や流れを合致させると、それとなくイリスの移動経路が浮かび上がってきたわ。イリスがニューヨーク入りしたのはおそらく6月中旬頃。トムソン夫妻のアパートにもぐりこんだのも、その時期でしょうね」

だとしたら俺は2週間足らずでイリスと再会し、恋愛関係になったということになる。時期的には一致している。

「そして例の手紙」

俺が見たあの千切れた手紙の写真。ハーピアがもっていたのとまんま同じだ。

「ここからあなたが浮かび上がったってわけ。あなたは大切そうにこの手紙を握っていた。手紙自体は千切れてしまっていたけど、文章から察するに深い関係があることが窺えたわ」

「手紙の…残りの部分は?」

「残念ながら見つからなかった。まぁ爆発の衝撃で千切れて、残りの部分は焼けちゃったとみるべきでしょうね」

FBIより先に証拠を握りつぶしたナイトクラウド家のハーピアが持っていなかった以上、残っているとは思っていなかった。でも本当にないとなると口惜しい気分になる。

「以上が現在分かっている状況よ。これ以上はあなたの記憶次第。どう、何か思いだせてきた?」

「すいません、今の所は。でも…」

まだ記憶の扉は開かれていない。ただノックはできている気がした。日本にいた時は行先も何も漠然としていて、全く取っ掛かりがないような感じだった。だけど今は行くべき道がそれとなくわかってきたような気がする。記憶が回復したわけではないけど、その感触を得られただけで前向きになれた。

「やっぱり、現地に行きたいです。現場の街並みを見れば少しは…」

「急ぎ過ぎは良くないわ。ただ進展がありそうなのはめでたいことね」

フェリシティは立ち上がって伸びをした。

「少し気が早いけど、夜が明けたら出発しましょう。朝は人が多いから紛れ込むにも都合がいいわ。あ、その前にそのコーンフレーク全部食べてしまってね」

言われて、俺はすっかり放置していた皿の上に目をやる。グジョグジョにふやけたコーンフレークとぬるくなった牛乳。最悪な取り合わせだ。

すっかり出鼻をくじかれた俺は肩を落とした。


夜明けと同時に外着に着替えた俺達は出発した。俺達はセーブハウスに置かれている車(車種はわからない。ヴォルクスワーゲンなのは間違いないが)に乗り、ニューヨークへ向かう。ジョージ・ワシントン・ブリッジを車で渡り、30分近くかけてクイーンズに入る。俺が留学していた(という)ジェイムズ・ソーヤ高校はクイーンズにあり、トムソン夫妻が管理していたアパートはその近くにあった。商店街の片隅にある築30年、4階建てのアパート…と聴いていた。

だが、現地には何もなかった。正確には何もかもなくなっていた。

フェリシティの言う通りアパートがあったと場所は更地となっており、建物があったという名残と言わんばかりに植え込みが区画に沿って置かれているだけだった。一見するとただの空き地だが、正面の植え込みの傍にたくさん置かれている花束やフレームに入った写真が悲劇があったことを如実に示していた。そしてそれらが殺風景な更地に悲壮感を差し込んでいた。

あまりの現状に俺は思わず言葉を失う。取り壊されていたと聴いていたが、こうもきれいに無くなっているとさすがにショックだ。

「前もって教えたでしょ。何もないって」

停車し、車のキーを外したフェリシティはタバコをくわえ、首を振って俺に車から降りるように指示する。俺は促されるままに車から降りた。


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