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テーブルの上にはアミューズと言われる料理が並んでいる。どれも一口で食べられるサイズのものだ。つきだしみたいものだろうか。
ウェイターがやってきて、フェリシティのグラスにスパークリングワインを、俺のグラスには炭酸水を注いでいった。
フェリシティが慣れた様子でアミューズを食べ始める。俺は彼女に従ってアミューズを食べ始めた。おいしい…というより不思議な味がする。未体験の味だ。
「それにしても随分と早い心変わりね。昼間のあなたとは大違いよ」
前菜のカルパッチョが運ばれた後にフェリシティが口を開いた。スパークリングワインを傾け、グラスの向こうから見透かすような視線を送っている。
「自分で決断したのかしら?」
「…正直、悩んでいました。俺は一度失敗していたし、イリスが死んだってこともだんだん悲しくなってきて…。でも自分にしかできないことがあるってわかって、それを捨てるわけにはいかないって思ったんです。イリスのことが好きだったなら、恋人だったなら…絶対にやめるわけにはいかない。家に籠って大人に守られているだけじゃ…ダメなんです」
「恰好を気にするのね。年相応だけど、合理的な判断とはいえない」
グラスを空にしたフェリシティはワインクーラーからボトルを取り上げ、グラスにスパークリングワインを注ぐ。
「『未成熟なるもののしるしとは、大儀のために高貴な死を求めるものだ』…ご存知かしら?」
「確か…『ライ麦畑でつかまえて』?」
「正解。J・D・サリンジャーね。今のあなたはまさにそれよ。死すら覚悟してみせるのは立派だけど、自己満足で死にに行くのは愚かとしかいいようがないわ。あなたは良いロジックを得ている。この先成功するにせよ失敗するにせよ、『好きな女のために戦えた』という満足感と自己陶酔を得られるのだから。男の子らしい感性だわ。刹那的で、情熱的で…」
「そう思われるのは無理ないでしょうね。俺なんて言ってしまえばただの学生ですから」
「大人としては止めるべきだけど、私としては拍手を送りたいわ。ハリウッドならヒーローだもの。でもあなたは理解しているかしら?仮に生き残ったとして、仮にナイトクラウド家を潰してハーピアを助け出せたとして…彼女はそれを喜ばないかもしれない。イリスの本意はそこにないのかもしれない。あなたの動機の核心を為しているのは故人の意志よ。人の気持ちは完璧に測れない。あなたの記憶が蘇られない限り、ううん、蘇ったとしても、あなたはイリスの本意に応えられないかもしれない。本当にただの自己満足で行動しているだけなのかもしれない。そうなれば、それこそ利己的で無益な行いだわ」




