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「あなたの状況がシビアでイリーガルなことだけはわかるわ。だったらなおさら私を受け入れることをおすすめするけど」
女の人がジャケットの内側に手を入れた。俺は身構える。女の人はそんな俺を見て笑った。
「まさかベレッタでも出すと思った?」
女の人が俺に見せたのは手帳だった。二つ折りの手帳が開くと「FBI」の文字が見えた。
見慣れたアルファベットの並びだ。でも実感がわかない。その並びを見るのは映画やドラマの中だけだったからだ。
「…えっ」
「読めないことはないでしょう?身近なお巡りさんとはちょっと違う立場だけど…あなたが頼れる最高の守護神よ。ご満足頂けそうかしら?」
女の人は得意そうにウインクした。
「FBI捜査官、フェリシティ・シラノよ」
「FBI…?!」
唖然としきった俺は何も返せなかった。非道な裏稼業に勤しむナイトクラウドに引き続いて、世界でも有数の捜査機関のお出ましだ。ここまでくると俺が今いる世界がフィクションの中ではないかと疑わしくなってくる。
「疑問が山積みだろうし、私としても積もる話はあるから…ひとまずご同行頂けるかしら?もっとも断るという選択肢はないけど。美女の誘いを断るなんて野暮だし、この出会いは君にとってとても重要なフェーズであることは間違いないから」
俺はビートルの助手席に乗せられ、フェリシティ・シラノの運転に身を任せていた。訳の分からないこと続きで軽い混乱を覚えてはいたが、警戒心は解かなかった。ここ最近はスケールの大きい嘘に巻き込まれ過ぎている。嫌でも警戒心は生まれる。
しかし警戒心で身を固めた時に脳裏にハーピアの顔が過る。胸の奥がズキンと痛んだ。
「あなたが警戒するのは当然だわ。知らない大人が大層な肩書を名乗ってきたら、まずは詐欺師かイカレた連中か疑うべきよね」
俺の警戒心をさも他人事のように評しながら、フェリシティは加熱式煙草を吹かす。
「でも私の場合は信頼してほしいわね。まぁ信頼は時間と比例するものだから、今はそれくらいの距離感で構わないけど」
「俺をどうするんですか…?」
「まずはお話を聞くだけよ。あなたが覚えていたら楽なのだけど」