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――――ただ遭難するだけだよ
レールも何もない、茫漠な荒野に立たされている気分だ。どこに行けばいいか、何をすればいいかわからない。当て所ない状況を前にしたらこんなにも俺は無力なのか。
いや、ハーピアの言を借りるなら俺はレールに立たされているのか。どこへ続くかわからない得体の知れないレール。ハーピアの語るナイトクラウドが俺の前に敷き、俺をそこに乗せた。そして暗中の未来にそのまま運ばれていく。
「さすがに、堪えた?」
ハーピアが淡白な調子で尋ねてきた。
「君の選ぶ道は2つ。私にかどわかされてナイトクラウドに行くか、イリスを殺したナイトクラウドに反発して殺されるか。私の正体を知った以上、記憶の有無はもう関係ない。私達に従うが、殺されるか」
「…記憶がない俺を連れていく理由は?」
「父があなたの種に興味を持っている。見初められたってこと。もし使い道があれば一生安泰だよ。今の数百倍はいい暮らしができるし、とっかえひっかえやれる。酒池肉林って奴。仮に記憶が戻って、君が不都合な真実を知っていたとしても殺されはしない。まぁ一旦ナイトクラウド家に入っちゃえば骨抜きになるだろうけど」
「どんな家だよ…」
「言ったでしょ、まともじゃないって。君の良心が許すならおすすめの選択肢だよ。一生分の楽しみが味わえるし、今の生活とは比べ物にならない贅沢ができる。何より殺されない」
ハーピアが肩を竦めてみせた。
「ま、君に適性がないとわかったら殺されるだろうけどね」
「どの道俺の命は…」
「私達の…父の掌の上ってわけ」
めちゃくちゃだ。俺の命は個人に握られている。完全に向こうの気分次第で俺の生き死にが決まるのだ。
「何が俺の選ぶ道だよ…適正ってのも訳わかんないし…」
「君の知らないことはいくらでもあるし、その知らないことで世界は回っているの。でもこの場は選べるよ。少なくとも死ぬ日を伸ばせる。それはそれでいいんじゃない?ちゃんと父には会えるだろうし、必死こいてゴマをすれば長生きできるかもよ?」
「父さんや学校は…」
「そんなのが出てくる幕だと思う?お別れをいうチャンスくらいはあげられるけど」
今までの生活が走馬灯のように駆け巡る。これまで関わってきた人、これまで積み重ねてきた思い出。たった一ヶ月の空白を抜いて、俺は18年分の人生を早々と振り返る。




