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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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そっけなくハーピアは言った。その声でやっと、俺の意識がわずかに回復した。

「…彼女はどこで死んだんだ?」

「それを知ってどうするの?」

「知りたいんだ、ただ…」

言葉は続かなかった。何を言おうと声が頼りなく、弱々しく空気に溶けてしまう。

「…よほど君の中であの子は神格化されていたみたいね」

神格化。そんな仰々しいものじゃない。

「双子の妹として言えば、あの子はただの人間よ」

二度と会えないと思っていた。思い出の中から出てくることはないと感じていた。

「そこまで入れ込める気持ちがわからない」

それでも、会えたんだ。記憶がなくても、恐らく重要な思い出を失っていても、それは間違いないんだ。

「おまけに再会した記憶もないのに。手がかりは6年前の記憶だけなのに」

記憶を失っても、俺は彼女と出会えたことが本当にうれしかった。

「どうしてそこまで…」

だって彼女は…

「好き合っているの…」

俺の初恋だ。


無意識から始まった逡巡は俺をゆっくりと覚醒させた。さっきよりはちゃんと声を張れる。

そう判断した俺は顔をゆっくり上げた。ハーピアは俺をまだ見つめている。

「教えてくれ。彼女はどこで死んだんだ」

「…ここから先は君が知らない方がいいことだし、知ってしまえば最悪な事態が待っていることを理解している?」

当たり前だ。ナイトクラウド、双子の妹、偽物の恋人、イリスの死。非日常的な展開はもう慣れた。

俺が頷いたのを見たハーピアは目を伏せた。これから話すことに嫌悪するかのように。

「まず、私とイリス、そしてナイトクラウドから話そうか。バックボーンを知った方が事の重大さがわかるだろうしね。私とイリスは双子の姉妹。ナイトクラウド家の跡取りとして育てられた。母親はいない。父親に育てられた私達はさっさと義務教育をクリアしてナイトクラウド家の仕事の手伝いをしていた。仕事の内容は言えないわ。わかりやすく形容するなら『裏稼業』。それも殺し屋とかヤクの取引とか、そんなスケールの小さいものじゃない。もっと大きな仕事。色んな人の人生に関わったり、世の中の価値観をひっくり返すような非道で、非人道的な仕事。幼いころから私達はそれに従事していた。控えめに見てもまともじゃないことは間違いない。ナイトクラウド家はそういった仕事の元締めなの。ある意味企業の創業者一族ってこと。私達が幼いころから仕事を手伝わせられたのは単純に家業を継ぐとか、そういうものじゃない。私達の父はね、自分の母親…私達の祖母に心酔しているの。崇拝といった方がいいわね。私達が生まれる前に死んじゃったから人となりは知らないんだけど、祖母はもうそれはそれは優秀で、美しくて、カリスマ性に溢れている人だったそうよ。ただ航空機事故で死んで、まだ幼かった父を置いて死んでしまった。それがトラウマになったのか、寂しくてしょうがなかったのか知らないけど、父は祖母を創ろうとした。色々研究したそうよ。錬金術めいたものまでかじってね。ただ死人を蘇らせたり、ホムンクルスを作ったりすることはできない。だって父はフランケンシュタインでもなければ、サンジェルマンでもないんだから。そこで父は私達を祖母にすることにした。祖母と同じ中身を持ち、同じ環境、同じ教育を施した上で祖母を創り上げようとしたの。つまりあの人にとって私達は娘でなくて第二の祖母の素体ってわけね。父はそのためにあっちこっちからサンプルを集めて、私達を作って、祖母になるように育て上げた。他にも何人か候補はいたの。私達と同じように作られた子。ただ今は半分以上減っている。不良品と判断されたらパージされるからね」

「パージ…?」

「不良品を処分するのは当たり前だそうよ」

怖気が走った。ハーピアのいう不良品は物じゃない。人だ。人を処分するって?

「これくらいで怯んでいたら続きはお預けよ。もっとも、もう引き返せないけどね」

怖気が走るような話をハーピアは淡々と話していた。慣れているかのように。

ただ何も感じていない、という雰囲気ではない。何も感じなくなっている、そんな表情だった。

「私とあの子は受け入れていたわ。もちろん、狂っているとは感じていた。だけど途中で気づいたからといって、生まれてからの人生をかなぐり捨てられるほど私は強くなかった。むしろナイトクラウド家以外の生き方を知らないもの。父の都合で生み出され、父の都合で育てられた私にはそれ以外はない。それに死にたくはなかったから。一生懸命演じた。父の好みに合うように、父の語る祖母に見合うように。あの子も、イリスもそうしていた。…いや、そうしていたように見えた」

ハーピアの目元に陰りができた。

「イリスは優秀だった。私よりずっと。綱渡りのように、ただ父から殺されないことだけを考えていた私と違って、イリスは本当に何もかもうまくやってのけていた。私より先に仕事をするようになって、私よりずっと『彼女』に近づいていった。その背中を私はずっと見ていた。気持ち悪いくらい従順で、気持ち悪いくらい優しかった。だけど、アイツは変わった。そう、6年前から…君と出会った時から」

「俺と…」

「元々ポジティブな奴だったけど、もっとポジティブになっていた。街中にさ、たまに布教活動しているクリスチャンがいるでしょ?地味な服を着て、この世全てが幸福の権化に見えているような目で話しかけてくる奴。あんな感じだった。『大丈夫。いつかきっと私達はここから抜け出せる』ってのたまってさ。父に処分されそうな姉妹を助けるだけには飽き足らず、ついに父に対して直接的に反抗するようになった。父は面食らったでしょうね。あれだけ気に入っていた『彼女』の候補が思い通りにならなくなったんだもの。必死に再調整しようとしていた。結局上手くいなくて、父とイリスの溝は深まった。最終的に父は力づくで押さえつけようとした。それを察知したイリスはついにナイトクラウド家から逃げ出した。『絶対にみんなを助ける。本物の自由を手に入れよう』そう言い残して、私達を置いていった。それが2カ月近く前の話。行方がわからなくなったイリスを父は必死で探した。だってナイトクラウド家の実情や機密をあの子は良く知っていたから。御法に触れることなんて履いて捨てるほどある。発覚すれば致命的。だけどイリスの確保は困難だった。さすがは私達の中でトップなだけある。ナイトクラウド家の包囲網をことごとくかいくぐった。父はイリスと接触する恐れのある人物を片っ端から排除することで漏洩を防止したけど、限界はあった」

話の結末は、イリスの結末は見えていた。

俺は表情が硬直するのを感じた。それを見たハーピアが察知したように言った。

「その通り。イリスはついに見つかった。ニューヨークに潜伏していた。それも君がよく知る…いや、知っていた場所に」

「まさか…」

「君がいたアパートよ」

その意味を俺は悟った。

そしておぞましく、おそろしい真実を見た。

「あの事故は事件よ。ガス爆発に見せてアパートを丸ごと吹き飛ばしたの。イリスはもちろん、彼女が接触した恐れのある人間を全員始末する効率的なやり方」

俺は口を押えていた。吐き気がこみ上げてきたからだ。

ナイトクラウド家は致命的な秘密の漏洩を恐れていた。百歩、いや千歩譲ってその漏洩を防ぎたかったのはわかる。

だからと言ってそんなやり方を取るのか。

アパートの住人全員を皆殺しにするのか。


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