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「君はあの子のこと何も知らないでしょ?一卵性双生児いるなんてありえないことじゃない。もっとも、あの子の方ができが良かったけど」
「どうして君は…ハーピアはイリスのふりをしたんだ?」
「言ったでしょ?仕事よ」
「仕事って…」
双子とはいえ、別人のフリをする仕事なんて聞いたことがない。ナイトクラウドとはなんだ。
何が目的なんだ。
「正確には後始末というべきかな。その手紙や周辺の証言から君とイリスが恋愛関係にあったっていうことがわかったから、急遽私が遣わされたというわけ。君があの子から何を聴き、何を知ったかを突き止めるためにね」
「俺とイリスが付き合っていたからって何を知るって言うんだ」
「不都合なことよ。私達にとってとてもとても不都合なこと。だってあの子自体が私達にとって不都合な存在だったんだもの」
「…っ」
嫌な予感が脳裏をかすめた。
「イリスは…イリスはどうしたんだ?なんでわざわざ俺に接触した?イリスはどこに行ったんだ?!」
「鈍いね。それともわざと遠回りしている?」
ハーピアが虚無的な微笑みを浮かべた。
「とっくに死んでいるわ」
思わず立ち上がっていた。勢いでテーブルが小さく跳ね上がり、盛大な音が鳴る。
イリスが、死んでいる?
6年前のあの子が。俺の心にずっと残っていたあの子が。俺が憧れていたあの子が。
死んでいる?
頭がフリーズした。何も動かない。全身の体温が一気に引いて、手足が作り物のように頼りなくなった。立っていられるのが不思議な感覚だった。
「座りなよ、和嵩」
ハーピアの無機的な声にうながされ、俺はゆっくり腰掛けた。
調子は変わらない。目の前にハーピアがいるのに、よく見えなかった。目の焦点がどこにもあっていない。ぼやけた象がただ目に飛び込んでくるだけだ。
言葉は出なかった。声も出なかった。両手がほとんど自動的にと言っていい動きで俺の顔を覆った。
「心中察するわ」




