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「言いつけを破ることに躊躇するのが当たり前だと思わない?生理現象みたいなものよ。ルールを破ることを人は潜在的に恐れている」
グラスに残っていた水を彼女は一息で空にした。
「恐れている側からしたら、裏切り者なんて存在は最悪以外の何者でもない。このまま黙って、大人しくしていればいいのに、それができなかった。そんな奴は本当に嫌い」
「裏切った人が悪い奴とかだったら…そう感じるよな」
「悪い奴じゃない例があるの?」
「その人は何かを変えたかっただけかもしれない。だから裏切った。最悪な結末になるとわかっていても、そうしなきゃいけなかった」
「最悪な結末だとわかっていてやるなんて頭がおかしいよ。裏切られた側を全く考えていない、浅ましい行いだわ」
「裏切られたことがあるのか?大切な、誰かに…」
「あくまで私の価値観よ。実体験は加味されていない」
彼女が眉をしかめた。腕を組んで背もたれに体を委ねた後、彼女は一際虚無的な眼差しを投げてきた。
「和嵩。話が妙な方向に進んでいるわ。もしかして、何かを思い出したの?」
疑念を含んだ問いだ。ここまで来たらボロが出てくるのはわかっていた。俺は駆け引きのプロではない。ここまでツッコんだら、いい加減悟られるのは当然だ。
「多分、思い出してきた感じがする」
「それは…良いと思う」
彼女は眉間を指で突いた。何かを迷っているような仕草だ。
「無理はしなくてもいいけど…まだ続ける?」
「ああ」
続けさせてくれ。
「じゃあ、話を進めるけど…。あんまり変な話はやめてほしいかな。お互いおかしな気分になるじゃない?」
「そうだけど…約束はできない」
「和嵩」
「必要なことなんだよ、きっと。俺と君にとっては」
観念したように、彼女はため息をついた。
今だ。
「なぁ、ナイトクラウドってなんだ?」
彼女が瞳に陰を宿した。
「…思い出したのが、それ?」




