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いや、アプローチを変えよう。彼女が好きなものを作る方向でいくんだ。それなら成功率が高いし、やりようもやりがいもある。
ただここで問題発生。彼女の好きな食べ物がわからない。今まで共にした食生活を思い返す。思えば彼女は俺が食べたいものを作ってくれるか、俺が食べに行こうと言ったものを食べているかのどちらかだ。
彼女が自分から何かを食べようだとか、これが好きだから食べようなんてことはなかった。いつも彼女は俺に合わせてくれていた。
それを思い出すと申し訳なさが湧き立ってくる。俺はどれだけ迂闊なんだ。やってもらうことがいつの間にか当たり前になっていた。
俺なりに彼女のことを知ろうとしていたつもりだったけど、違う。俺は過去の自分を探していただけだ。彼女を通じて自分を探していただけだ。それじゃあダメじゃないか。彼
女自身を見ていない。どこまでも自分のことだけだ。
反省をしつつ、俺は彼女が好きそうな料理を考える。
彼女はそれなりにグルメのようだ。マスカルポーネチーズが入っていないティラミスに文句を垂れているところを見ると、ちゃんとした調理工程を踏む必要がある。手抜きが嫌いなのかもしれない。ますますレトルトやカット済み野菜を作るのはやめた方がいいだろう。
それ以外の彼女の特徴…。
彼女はわりとジャンクフードは食べる。ニンニクを気にするといいながらも餃子は平気だし、ペペロンチーノも作る。意外と濃いめ、ハッキリとした味付けが好きなのかもしれない。
それ以外には…。
ふと、俺はある料理を思いだす。初めて彼女が作ってくれた料理。
ガンボ。
聴いたことがない料理で目新しく、とてもおいしかった。確かアメリカ南部の料理。なんでも作ってくれと言った時に彼女はそれを作った。自信ありげに作ってくれた。
思えば単純に
そうか、あれがルーツか。
あれが彼女に届く料理なんだ。
ガンボの作り方をスマホで調べてみる。材料は多いが、スーパーで揃えられる。どうにか自分でも作れそうだ。
よし、決定。俺は目当ての材料を探し、スーパーを巡った。
材料を揃えた俺は家に戻った。彼女はソファで寝っ転がってテレビを見ていた。彼女は寝巻を着替えていた。薄い生地の、ネイビーブルーのマキシ丈のスカートをはき、無地のオリーブ色のTシャツを着ている。
ある程度体調が回復したらしく、心なしか元気そうな顔をしている。それでも彼女自身を取り巻く倦怠感のようなものはまだ残っていた。
「お帰り。映画楽しかった?」
「映画…見なかったな。買い物付き合って、飯食って、ゲーセン行っていた」
「何それ。大分ランクダウン」
「気まぐれな奴なんだよ」
俺は肩を竦めてテーブルの上に買ってきた食材を置いた。彼女はソファの背もたれ越しにテーブルを見やる。
「本当に作ってくれるんだ。メニューは何?」
「秘密。出来上がってからのお楽しみってことで」
「へぇ、気合が入っているじゃない。楽しみにしていればいいのかしら?」
「そりゃあ、な。ハードルは低めがありがたいけど」
とりあえず、やれるだけやってみよう。
俺はエプロンを腰に巻き、袖をまくった。
完成したガンボは…なんというか、微妙な仕上がりだ。見た目こそそれっぽいが味見すると何かが足りない。コク…まろやかさ…酸味…わからない。俺の貧相な舌とボキャブラリーではこのガンボに足りないものを暴き出せない。
ガンボの鍋の前で腕を組んでいると、後ろから彼女が覗き込んできた。
「あ、ガンボ…」
「作ってみたんだ。前に作ってくれただろ?俺もやってみようと思って」
思いの外彼女は驚いているようだった。ジッと鍋を見つめている。
「…やっぱ変かな。なかなか作らない料理だから、自信なくて」
「あ、ああ。そんなことないよ。見た目は完璧」
彼女は俺がもっていたおたまについていたガンボを指で取って舐めた。
「んー…悪くない、おいしい」
「そうか?前に作ってくれた時となんか味が違う気がするんだよな…」
「ああ、じゃあスープかな。チキン使ったでしょ?私はエビでやっていたから」
「エビ?」
「エビでスープを作るのよ。ハーブとか入れて、じっくり煮込んで…。手間がかかるけどね」
味の違いはチキンとエビだったのか。自分の味覚もあてにならない。ただネットのレシピを見るだけじゃダメだ。




