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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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なんかチグハグな返答だ。俺に対するその信頼度の高さはなんだろう。素直にうれしいけど、あっけらかんに言われるとピンとこない。

結局槇原はそのヘッドフォンを買った。買ったその場で槇原はすぐに箱を開けた。空き箱と一緒に中に入っている説明書や保証書まで捨てようとしたのはさすがに止める。

槇原はヘッドフォンのBluetoothをスマホに登録し、すぐに首元にヘッドフォンをかけた。案外気に入ってくれたのか、心なしか上機嫌そうだ。意外と槇原は表情を変えない。  

話し方の癖と同じように、いつも上の空を見ているような表情をしている。何を考えているかわからないと、演劇部の後輩に怖がられることもあるらしい。

さて、槇原の買い物は思いのほか長引き、時間は昼の1時になっていた。

「腹減ったなー。なんか食おうぜー」

「そうだな。何食べたい?」

「なんでもー。あ、ゆっくり腰を落ち着けられる場所がいいや」

映画を見ることを忘れているんじゃないか。俺が午後5時ごろには帰ると言っている以上、映画を観る時間は少なくなりつつある。そもそも映画を観ようといったのは槇原だし、本人がよければ別に構わないのだが。

俺は槇原を連れて豊洲方面の裏路地に入る。槇原のオーダーに合う店に心当たりがあった。そこはうらぶれた純喫茶だった。3,40年はここで営んでいそうな歴史を感じさせる。コーヒーが売りだが、料理もイケる。軽食と書いてあるがここで提供されるパスタやカレーは結構ボリューミーだ。学生の胃袋も満足させてくれる。

「よさそうじゃん」

槇原は気に入ってくれたようだ。

俺は槇原と店の中に入った。店の中は空いていた。特別なランチタイムを設けているこの店は客でいっぱいになることはあまりないようだ。今の時間帯も人こそ多いが、席の3分の2は空いている。

俺と槇原は適当な席に腰掛けてメニューを見た。俺はナポリタン、槇原はエビフライカレー。加えて俺はコーヒー、槇原はミックスジュースを注文した。

「おしゃれなとこ知ってんだなー」

「そんなおしゃれか?」

「都会の喧騒を離れて一服みたいな?」

「お前の方がそういうとこ知ってそうだけど」

槇原はよく下北沢に遊びに行く。俺もついていったことがあるが、槇原のような人受けしそうな店を知っていた。

「んーそうでもない」

とりたてて興味なさそうに槇原は出されたお冷を一口飲んだ。一応褒めたつもりだが響かなかったようだ。槇原は褒め甲斐のない奴でもある。前に槇原が出ていた演劇を観た時に、好評にも等しい感想を言っても槇原は「ありがとー」と返しただけだった。喜んではいたのだろうが、そこに表情を使うつもりはないといった具合に。舞台で散々感情を使いつくしたようにも見えた。

世間話をしているうちに料理が来た。俺と槇原はそれぞれ食べ始める。

「うん、うま」

槇原はゆっくり咀嚼しながらエビフライカレーを味わう。もちろんおいしいと言っているが破顔一笑してくれるわけではない。食べる時だから食べているといった風に食事をしている。いつものリアクションなので俺は気に留めずに自分のナポリタンを食べる。

うん、レトロな感じでおいしい。レトロに実感を覚えるほど俺は長く生きてはいないが。多分年齢に関係なく「レトロな感じ」というのは一貫して共通しているのだろう。

「そーいやさー、真田」

「何?」

「彼女いるっしょ?」

ナポリタンを吹き出しそうになった。

「あ、やっぱホントなんだ」

俺の反応で確信を得た槇原だが、表情に変化はない。いつもののんびりした目つきで俺を見つめている。

「まことしやかに噂が広がっててなー。お前が見慣れない女の子と一緒にいたーみたいな。しかも明らかに外国人の女の子みたいな。お前んち高校からわりかし近いだろー?補習帰りの奴とか部活帰りの奴に見られてんぜ」

それもそうか…。

彼女のことは誰にも言っていないが徹底的に隠しているわけでもない。補習で学校に行っても誰も質してこなかったのは、俺の記憶喪失の事情もあって直接色恋沙汰を問い質す気になれなかったのだろう。

「隠したいんならこれ以上何も訊かないけど」

付け合わせのサラダを牛のように頬張りながら槇原は言った。出し抜けに質問してくる図太さはあるが、プライバシーに干渉するほど野暮じゃない。

「いや、別に…隠すようなことじゃないけど…」

しかし返答に困る質問でもある。ペラペラの話す気にはならないが、ひた隠しにするほどでもない。答えの加減が難しい。

「まぁ、短期留学の時に知り合った子で…一応彼女…みたいな?」

とりあえず核心をぼやかしたままで答えた。彼女の事情を全て把握しているわけではない俺が、あまりペラペラ話すのも気が引ける。


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