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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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「なー真田。ちょっとビックカメラ寄っていい?ヘッドフォン買いたい」

「いいよ」

映画と言っておきながら早速予定変更。これもいつものことだ。前なんて「釣りに行こう」といって訪れた町で夏祭りがあるのを見たら、釣り道具を全てコインロッカーに預けて夏祭りに参加したことがある。

槇原は目の前のエサに食いつく魚みたいな奴だ。後先考えずにうまそうだと思ったエサに食いつくのが槇原である。

「そーいや真田さ、記憶は戻ったん?」

「まだだな」

正確にはあの手紙の破片に関する「実感」を思い出しているが、説明するのも難しいのでそれは言わなかった。

「大変だなー」

「じっくり思い出すさ」

「のんき過ぎじゃね?」

「そうかもな」

「まぁ人生全部忘れちゃったわけじゃないもんね」

槇原は大きくあくびした。

「俺のことまで忘れられていたらどーしよーって思ったもん、実際。1ヶ月分だけでよかったよな」

「…そうだな」

その1ヶ月で悩んでいる以上、そこは気軽に同意できない。槇原も俺の内心を悟ったようで、それ以上は何も言わなかった。

ビックカメラのヘッドフォン売り場に到着してからも、槇原はまた見事に予定を狂わせていった。豪華なラインナップを見てあーでもないこーでもないとじっくり吟味し始めたからだ。

「槇原…あらかじめ何か欲しいものがあったんじゃないの?」

「見ようと思ったけどさぁ、実際店で見た方がいいと思ってやめたー」

語尾が微妙に延びるのは槇原の癖だ。何ともない言葉でも槇原が口にすると独特なイントネーションになる。目の前の相手に無関心で、自分の世界に閉じこもっているような感じ…といえばいいだろうか。

でもそれが槇原らしい「緩さ」を作ってもいる。シリアスな話でも何ともない話でも、この口調で話す槇原が入ると場の空気が変わる。シビアな雰囲気の時は和らぎ、明るい雰囲気の時は和やかになる。

そんな槇原だが、演劇部では役者だ。こんな頭も心も緩そうな奴に芝居が?と思うかもしれないが、演技をしている時の槇原は別人だ。俺は芝居に詳しくないけど、槇原が素質を持っているのはわかる。その一変ぶりは正直見ものだ。

去年の文化祭で寺山修司の「毛皮のマリー」を上演した時はヤバかった。槇原は年増のオカマを演じたが、10代とは思えない貫禄と妖しさをしっかり表現していた。童顔なので見た目こそ年増ではないが、エロスの漂うオカマの雰囲気はばっちり作れていた。

「もー全然決まんねぇ…。目を閉じて指さそ」

買い物一つテキパキやれない今の姿からは想像もつかないが。

「ど、れ、に、し、よ…」

「槇原、それだとわざわざ店まで買いに来た意味がないぞ」

「あーそっか。じゃあ真田が選んでくれよ」

また無茶ぶりを…。俺は頭を掻いて目の前にあるヘッドフォンの列を見やる。

「コード付きとコードレスどっちがいい?」

「どっちでも…あーでもBluetoothがいいかなー。俺のスマホはヘッドフォンつなぐ穴がないんだよー」

「そんな前提があるなら適当に選ぶなよ」

「何が来ても俺は大切にしてやれるかんねー」

「なんだそれ」

プライベートの槇原にいちいちツッコんでたらキリがない。槇原は一見無軌道だが一応自分のポリシーに忠実に従っている。

槇原はただ答えにこだわらないだけなのだ。だから他の答えでも構わないように振舞う。

まぁどう言い繕っても、結局は意外と優柔不断、正確にはそこまで真剣に答えを選びとろうとしない人間なわけだが。

「これは?」

俺が選んだのはコードレスタイプのヘッドフォン。本体の色は白で、スカイブルーがアクセントのように差し込まれている。我ながらセンスのあるチョイスだ。値段も手ごろさを重視している。

「おー。いいんじゃね。これにしよ」

選んでおいてアレだが、あっさり決められるのも微妙な気分だ。もし別のヘッドフォンを選んでいても槇原はOKしただろう。

「本当にそれでいいのか?」

選んだ手前、念を押す。一応槇原の日常生活に必要なものだし、使い続ける以上は選ぶ俺にも責任はある。…もちろん俺の勝手な考えだけど。

「んー?俺はいいぜ。だって真田が選んでくれたんだし。何を疑うんだー?」


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