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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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真夜中。

彼女はある男と通話する。

「記憶はまだ戻りません。記憶が回復する前兆も確認できません」

『思いの外手をこまねいているようだ。一時的なショックだからすぐ回復するかと思ったが…予想以上に長引いている』

「6年前の再現を申し出てきた時は見込みがあったかと思いましたが」

『それは前兆ではなかったのかね?』

「ええ。彼なりの努力ではあるのでしょうが。律儀な性分ですから、彼は」

『肩入れするように見受けられたが?』

「…つ、そんなことは…!」

『否定せずともいい。彼はあの子を絆させたからね。あの子は2か月前までは彼女に一番近い存在だった。あの子が絆されたのだ。彼が彼女のアウラを完成させる因子を持つ可能性は高い。もっとも、裏を返せば彼女のアウラを破壊する因子を持っている可能性もあるわけだが。あの子は彼のために自らを捨てたのか、それとも元々彼女が失敗作だったのか…そこを見極める必要がある』

「心得ています」

『なら結果を早く知りたいね。時の流れは悠久といえども私達の時間は有限だ』

「…彼をアメリカに連れ戻します。説得して、すぐに…」

『ならば5日以内に彼をアメリカに連れ出したまえ』

「え…?なぜそんなに早く…?」

『きな臭い動きが見えてきてね。どうやらビュロウが動き出したらしい。事故の件を探っている者がいる。あらかじめ証拠をもみ消しておいたのが功を奏しているが、時間稼ぎにも限度がある。このままでは君の尻尾が掴まれるだろう』

「…もし、連れ出せなかった場合は」

『記憶が戻る兆候はないようだが、個人的な興味はある。ぜひとも懐柔には成功してもらいたいが…。もしできなかったのなら、まぁ仕方がない。パージしたまえ』

「…っ!」

『証拠も遺体も残さず、きれいにやりたまえ。あの子のように。多少は巻き添えがあっても構わん』

「…私が接触していたことはすでに目撃されています」

『君の渡航記録は消去できる。人の記憶に残っていても記録上存在しなければ辿ることは誰にもできない』

「彼の遺伝子に興味があったわけではないのですか?」

『無論な。私も彼と語らってみたいし、色々試してみたいことはある。だが背に腹を代えられない状況になったのなら致し方ない。最悪、死体からでもサンプルは取れるのでな』

「それでも、彼を…」

『よもや君も肩入れし始めているわけではあるまい』

「そんなことは…!」

『まだアレは見せていないのかね?』

「…彼の人間性を観たかったですから。すぐに記憶のヒントを与えると懐柔が難しくなりますし…」

『出し惜しみが過ぎるな。確かに懐柔は命じたが君の行為は別の意図を感じさせる。まるであの子に代わって彼をものにしようとしている』

「違います!そんな意図は…!」

『ならばよろしい。ならば使えるべきものを使い、君の務めを果たしたまえ。彼女なら問題がなくやれるはずだ』

「…承知しました」

『君はあの子を越える。私はそれに期待する』

通話を終え、彼女は携帯を投げ捨てた。

枕に顔をうずめ、歯噛みする。

どうして私が。

どうして私がアイツを…!

憎悪、苛立ち、不快感、躊躇。

様々な感情が入り乱れる。どの感情も際立ち、自身を主張している。アクリル絵の具が決して混ざらないように。

あの子のせいだ。あの子の身勝手がこんな事態を招いた。

なんであの子は私を苦しめるんだろう。口ではきれいなことを言って、私を想っているような態度をとって。

実際は私を苦しめている。

あの子は死んで当然だ。死んで当然なんだ。

あの子が大切にしていたものなんて全部壊れればいい。あの子を駆り立てた全ては消えてしまえばいい。

なのに、どうして。

彼女の心が憎悪に染まりきらないのは。

あるラインで留まってしまっているのは。

憎悪以上に何より彼女を苛んだのは。

アイツを殺したくないと主張する自分だった。

あの子を駆り立てた、アイツだった。


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