23
場違いで、傍から見たら頭がおかしくなったと思われても仕方ない光景だったと思う。
でも、本当に楽しかったから笑っていた。
今でも胸の奥に感触が残っているくらいに。
結局管理人に釣り竿を救ってくれたものの、俺達は鯉を一匹も釣れなかった。釣り堀で一番つまらないパターンだ。
でも、なぜだか俺も彼女も平気だった。むしろ楽しかった。鯉が釣れなくても、この空間を、時間を共有できたことがよかったのかもしれない。
文句を言いながら釣り竿を拾ってくれた管理人さんには申し訳ないけど。
釣り堀から出た俺達はひとまず近くファストフードの店に入った。残り金額は少ないから、注文はSサイズのドリンクとポテト一つだけ。
質素で侘しいブランチだ。
「気にしないで。元々お肉はあまり食べないの。あんまり食べると太っちゃうし。」
「ありがとう…でもごめん」
「謝ってばかり。もっと自分のやることに自信を持たないと。女の子を楽しませられるポイントって、案外プライスレスなんだよ?」
つくづく彼女の言葉は大人びている。俺なんかよりずっと多くを知っていて、経験したことがある人の言葉だ。含蓄があるって奴。
「今度はもっと、ちゃんとできるようにするよ」
「今度があるんだ?」
「あ、そっか…」
次会える保障なんてない。会ってまだ数時間しか経っていないのに、次また会えるなんて考えるのは図々しかった。
「いいよ。私も今度があればいいと思っている」
その口ぶりから、彼女も同じことを考えているのはそれとなく伝わった。
「もう日本に来ないってこと?」
「日本に来る可能性はあるわ。でも自由時間ができるかはわからない。私は今12歳だからできないことが多いけど、あと何年も経てばできることが増える。やらなないといけないことも。大人は大人だからこそ必要なことが多いものだから」
「しっかりしているな」
「普通だよ。君もそのうち同じようになる。でもね、大事なのは未来に何を思い描くか」
おもむろに、少女はテーブルに着いた水滴を指でなぞりだした。
「君に将来の夢はある?」
「将来の夢…」
スーパー戦隊のヒーローとか、パイロットとか。子供の頃に紙にクレヨンで描かされたような夢を思い浮かぶが、口には出さなった。12歳でもある程度の現実は見えてくる。
「夢」と言われて夢をまんま書くのは幼稚だ。将来の夢がこの先の進路を、人生設計を意味することは俺にだってわかっていた。
「…わからない。普通に中学校に行って…高校…大学…どっかの会社でサラリーマンになって…って感じかな」
「夢」が抜けた将来はただのテンプレートだ。面白くもないありきたりな予想図。夢と言うには味気なくて、つまらない。
「それは君自身の夢?それとも与えられたもの?」
「うーん…。一応、俺のだけど…」
痛い質問だ。確かに自分のではあるだろう。でもその流れは他の人もやっていること、いや世間があらかじめ用意したものをなぞっている。そのまま転用しているといってもいい。
借り物の進路を自分の夢と言えるだろうか。
12歳の俺には難しい問いだった。
「ごめん、変な質問だったね」
彼女は話を打ち切り、ドリンクのストローに口を付けた。
「君はいつもそんなことを考えているの?」
「まさか。でも考えさせられる…ううん、考えなきゃいけないとは思っている。そんな立場だから」
「立場?」
「怒られるけどね、こんなこと口に出したら」
自嘲気味に少女は笑い、ポテトを口に運んだ。
「でも今はチャンスだから。同い年で、全く別の環境に生きている子供と会うのはそんなにないことだから」
「学校に行っていないの?」
「行ってない」
俺は素直に驚いた。日本で暮らしているのもあるが、学校に行っていない同年代の子供と会うのは初めてだし、考えられないことだ。
「そんな顔しないで。別に学校が世界の全てじゃないし、学校に通っていないからといって人生が終わりになるわけじゃない。こう見えて私、頭いいんだよ?」
彼女は得意げに話してはいるが、瞳はどこか寂し気だった。
「だけど、時々思うんだ。今以外の生き方があったらどうなんだろうって。もし私が学校に通っていたり、別の家に生まれていたり…自分で好きなように生きてもいいってなったら、どうなったんだろうって」




