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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
22/112

22

ここで計算外が一つ。

小学生二人分の釣り堀の料金と竿とエサ代を合わせると2千円のほとんどを持っていかれるということ。

貴重な二千円札があっという間に小銭に分解されたのを見て俺は内心唖然としたが、平静を装って彼女と人工池に向かった。

「ここには何がいるの?ブルーギル?アリゲーターフィッシュ?」

「そんな魚は…。せいぜい鯉じゃないかなぁ」

「鯉?大きい奴はいるの?」

「普通くらい」

少女は心なしか舞い上がっているようだ。楽しんでくれているならそれに越したことはないけど。

適当な場所を見つけ、俺達は並んで座る。針にエサをつけて水面に放った。

「私、釣り初めて。それもこんな都会の真ん中でやるなんて、ちょっと新鮮だね」

改めて彼女を見ると、とてもきれいな子だった。外国人という属性も手伝って、なんだか神秘的な雰囲気がある。品もあって、やっぱり年上の女の人に見えた。絵に描いたような、テレビで見るような、模範的なお嬢様って感じ。

だけど話し方はやっぱり同年代って感じがして、年相応に子供っぽくて。

そこがアンバランスでどこかおかしかった。

「どうしたの?マジマジとみてきて」

少女が俺の視線に気づいた。俺は咄嗟に顔を逸らすが、見ていたことはバレている。俺はとりあえず当たり障りないことを聴くことにした。

「どうして…日本に来たの?」

「それは聞いちゃダメ」

当たり障りあった。地雷がどこにあるかわからない…。

「ごめんね。あんまり人に言えないことなの。少なくとも観光ではないわ」

「そうなんだ…」

「一人でいたのは時間が空いたから。でも何をしたらいいかわからなくて」

「どっか食べ物屋さんに行くとか考えなかったの?」

「普通ならそうするでしょうね」

少女は他人事のように言った。目線は浮きに向けられている。

「でもそれって、ホテルのカフェで朝ご飯を食べるのと同じ感覚じゃない?場所が違うだけで、やっていることは同じじゃない」

「そういうものかな。食べるものによって違うと思うけど」

「せっかく一人でいて、周りにうるさい人もいなくて、違う国にいるのなら…そこでしかできないことをしたいじゃない」

その気持ちはちょっとわかる。でも、「そこでしかできないこと」に釣りを提案した俺って…。

「なんか、ごめん。もうちょっと日本らしいものにすればよかった」

「気にしていいよ。ゲイコとかザゼンとかを求めているわけじゃない。住んでいる君が当たり前のようにやっていることが私には新鮮なことなの」

その価値観は俺にはよくわからなかった。当時の俺は好奇心旺盛で真新しいことにすぐ手を出すタイプだった。母が俺にさせていた「冒険」のおかげもあっただろうけど。

「よくわからないって顔している」

「ごめん…」

「ううん。それでいいの。むしろ変に理解される方が嫌。そう考えると君って不思議だね。変に訳知り顔で接してくるわけじゃないし、ペラペラくだらない話してくる訳でもない。黙ったまんまつまらない感じでもないし…なんか、聞き上手って感じ」

「そうかな…」

あんまり自覚はなかった。初めて言われた誉め言葉は少し戸惑うし、照れる。

「あっ、来たっ!」

イリスが勢い良く立ち上がった。竿がしなっている。イリスは一生懸命釣りあげようとするが手元がぎこちない。

「手伝うよ!」

俺が竿を置いて少女の手を握った。思ったより引きが強い。こんな元気な鯉いたか?俺は少女と一緒に引っ張り上げようと努める。

「あっ!ちょっと、君の竿も!」

「え?!」

俺の竿が引っ張られている。それを見た俺は咄嗟に少女から手を放してしまった。

すると力が抜けた反動で少女の釣り竿が池に落ちてしまった。

俺がそれに気を取られている内に釣り竿は池に引っ張られていった。

「…あちゃあ」

俺は呆然としたまま水面に浮かぶ竿を見ていた。周囲で釣りをしていたおじさん達がくすくす笑う声が聞こえてくる。最悪な展開だ。俺は顔が青ざめる心地がした。

「プッ、ククククク…」

でも、黄色い笑い声が俺の傍らで聞こえた。

「アハハハハハ!!おっかしい…。台無しじゃない、台無し‥‥アハハハハ!」

涙を滲ませながら大笑いする彼女に俺は呆気に取られていたけど、気づいたらつられて笑っていた。


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