20
彼女の前を通り過ぎて、少し歩いて行ってから、俺は立ち止まった。
放っておけない。最初に閃いたのはその言葉だった。このまま放っておいたら、よくない気がする。悪い大人の餌食になりそう。
じゃあどうするべきか。
とりあえず、話しかけよう。迷子の可能性だってあるし。
心を整理する。緊張をほぐして、なけなしの勇気を必死にかき集めた。
よし、まずは「こんにちは」だ。とりあえずスタンダートに行った方がいい。いや、待て。明らかに相手は外国人だから英語の方がいいか。えーっと「こんにちは」は英語で「ハロー」だ。・・・待てよ、フランス人だったらどうしよう。フランス語の「こんにちは」ってなんだ?どうしよう、結局何ていえば…。
考えながらも俺は足を止めなかった。普通答えを決めてから動くものだが、当時の俺(今もかもだけど)は残念ながら考えなしで行動する典型的なタイプだった。
答えが出る前に俺は少女の前に立っていて、少女は完全に俺を認識していた。
「あぁ~…ファイッ!!」
ボクシングかよ。「Hi!」って言いたかったけど、思いっきり噛んだ。
少女のリアクションは困惑一色。当たり前だけどここまで引かれるとは。引ききっている。後にも先にもあんな引いた顔を見たことはない。
「…ごめん」
俺は肩を落として謝罪した。謎の絡み方をしてきた上にすぐ謝罪をかましてくる男子。
少女は開いた口が塞がらない表情をしている。
そして少女は怪訝そうに言った。
「…何?」
日本語喋れるんかーい。と内心ツッコんだのはさておき、俺は恐る恐る顔を上げた。
「あの…迷子…?」
「別に…」
予想も外れ。
何もかもを失敗してしまった俺は固まってしまった。少女は困ったように俺を見上げている。当然の反応だろう。
「お、親は…」
「ナンパ?」
やっと絞り出した言葉を彼女は瞬時に返した。
ナンパ。
当時の俺からしたらナンパなんて現実感の無い異次元の言葉だ。女の子に積極的に言葉をかけること自体タブー視されるような年頃だし、ましてや人を恋愛的な意味で好きになるなんてことも、まだよくわかっていなかった。
「ナンパ…」
そんな俺にできるのはバカみたいに言葉を繰り返すことだけだった。
「何その感じ」
俺が無害(毒にも薬にもならないという意味で)だと分かった少女は少し気を許したのか、少し姿勢を崩した。
「女の子を誘ってお茶とか…ごはんとか…とりあえずデートがしたかったんじゃないの?」
「その、そういうんじゃ、ない…」
「じゃあ何?まさか本当に迷子だと思ったの?」
少女は吹き出した。初めて見せた笑顔だった。彼女が笑ったので、俺も気が楽になった。
「うん。観光か何かで…家族とはぐれたのかなって…」
「そんなわけないじゃない。私、12歳よ?」
「えっ、同い年…」
正直15歳くらいかと思っていた。それだけその子は大人びていた。
「年上に見えた?」
はい、そうです…とうなずくのはギリギリで止めた。母にあまり女の人を年上扱いしない方がいいと教わっていたからだ。
「いや、そんなこと、ないです…」
「図星じゃない。でもなおさら迷子だって思わないでしょ?」
それもそうだ。自分の安直な判断に俺は耳を赤くする。
「ヒマだったの。手持ち無沙汰って事」
「ヒマ…」
「お父さんの仕事の手伝いで日本に来て、時間が空いたから出てみたけど…。特にやることないなーって」
「そうなんだ…」
同い年くらいなのに仕事の手伝い…。当時の俺はしっかりしているなぁとしか思わなかった。
すると、少女がジッと俺を見てきた。
「で…どうするの?」
「え?」
「私が迷子じゃないとわかったら、ここでさようなら?」
「あー…」