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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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「もうちょっとさりげなくできないの?」

「ごめん」

おかんむりのイリスはおしぼりで口元を拭った。

水族館でもそうだけど、イリスが家にいる時と違う感じがする。気難しくて、気位が高くて、どこか物憂げで。

心を開いてくれている証拠だろう。もっとも、恋人同士で「心を開いてくれる」なんてちょっと変な感じがするけど。

いつもと違うと意識すると軽い戸惑いを覚えた。最初に会った時の印象、6年前のイメージ、どれとも食い違う。

初めて見せるイリスの表情。本当の、本物の。

記憶にない俺もこんなイリスの表情を見ていたのだろうか。どう接していたんだろう。どう触れていたんだろう。

初めて、イリスがわからなくなった気がする。

これまで持っていた確信めいたものが一気に頼りなくなった気がする。その認識は俺に不安を募らせた。

いや、ダメだ。彼女が労わってくれているのに俺が弱気になってどうする。俺のために見知らぬ土地まで来てくれたイリスと比べれば、俺は甘え過ぎている。

ちゃんとイリスを受け止めなきゃ。

「次、行こう、イリス」

俺が立ち上がるとイリスは目をパチクリさせた。

「何、急に」

「次だよ次。ほら、もう2時を回っている。混んじゃうから、行こう」

餃子もそこそこに、俺はイリスの手を引いた。

予定は修正。俺達は再び有楽町線の電車に乗って移動を開始する。

次に行く場所は決まっている。6年前に俺達が出会った場所、俺達の始まり、俺達の起点。

市ヶ谷だ。


6年前の話をしよう。

小学6年生だった俺は母に連れられて市ヶ谷に行っていた。母が仕事仲間に会うということだった。ちょうどゴールデンウィークで学校が休みだった俺が家でゴロゴロしているのが嫌だった母は俺を外に連れ出したのだ。父はその時は東南アジアに単身赴任にいっていた。

母は俺に2千円札(今思えば珍しい)を握らせて駅周辺に放っておいた。子供を街中に放っておくなんてなかなか薄情だけど、俺にとっては別に珍しいことじゃなかった。携帯があるから連絡はいつでも取れるし、仕事を終えた母は必ず俺に好きなものを食べさせてくれるからだ。

「一人でやる冒険が一番の勉強」

母の言葉だ。俺の「冒険」は時折危ないこともあったけど、俺にとってはそれなりに思い出深いものだった。

市ヶ谷は何度が来たことがあった俺はまず駅前の地図で行先を考えた。あんまり遠い場所にいると母がGPSで探知して連絡してくる(こういう所はちゃんと監視している)。だから行く場所はある程度限られる。

ひとまず靖国神社かな。

当時の俺はまっすぐ靖国神社へ向かった。東京は駅ごとに微妙に様相が違う。

単に建物が群れているわけではない。店とか看板とか、印象的な建物とか、それらが微妙に異なっている。その違いが街の印象を作る。

それぞれの街の違いを作るのはそこにある情報の違いだ。どんな施設があるか、どんなスポットがあるかだけではない。

他の街と違うという事実それ自体が街の印象を作るのだ。

もちろん当時の俺がそんなことを真剣に考えていたわけではないけど、漠然とそんなことを感じていた。

彼女との出会いは、俺が靖国神社から出てからの段になる。

文系とはいえそこまで歴史に関心がない俺には靖国神社は退屈だった。とりあえずお参りだけして出ていく。

すると入り口付近で目につく少女がいた。

白いパーカーに赤と黒のチェックのミニスカート。電信柱で身を隠すように辺りを見渡している。外国人であることは人目で分かった。どこの国の人かまではわからなかったが。

俺は一度その子の前を通り過ぎた。気にはなったが、話しかける度胸まで持てなかった。

だけどその子の前を通った時、目端に彼女の表情が映った。

虚無感。

自分がここにいる理由がわかっておらず、かといってこれからどうしようかさえも考えていないような。

眼は開いているのに眠っているような。

どこへ行くべきか、どこへ行ったらいいかさえもわからないような、そんな様子だった。


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