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「4年も前のことだし。あの時は辛かったけど…もう慣れた」
母が死んだ時死にたくなるくらい悲しかった。母は気心の知れた親友みたいな間柄だった。
「素敵なお母さんだったんだよね」
「ちょっと変わった人だったけど…。好きだったよ。親として、尊敬している」
心からそう思える。
『私はこんなんだけど、和嵩は和嵩でいいから。ってか私の背中を追うな。その瞬間お前は私の敵だ』
物騒な物言いだけど、自分の息子として生まれて、周りから注目される俺を気づかっていたのだろう。おかげで今の俺は気楽に学生をやっている。
そんな母が死んだことは俺に大きな空白を作った。きっと父さんにも。
何にも埋められない、とても大きく深い空白。今となってはいつも通りの生活を送っているけど、まだどこかに残っているのだろう。
「…私にも欲しかったわ、そんな親」
イリスが悲し気に言った。
「イリスの親は…どんな親なの?」
「うちも父親だけなの。もっとも、私は母親に会ったこともないけど。シングルファザーって奴よ。私は父の仕事を手伝っているの」
「そうなんだ」
「まぁ、よくある話よ」
イリスがソファの肘おきにもたれかかった。イリスは俺にあまりベタベタしてこない。
「和嵩を見ていると不思議ね。変に落ち着くっていうか。余計な口出ししてこないから、気楽に過ごせる」
「甲斐性がないだけだよ」
「確かに。未だに私を押し倒そうとしないし」
「イ、イリス…」
「いいの。大切にされているのって感じるから」
狼狽する俺を見て、イリスはおかしげに笑った。そのなごやかな笑顔に俺の胸が少し熱くなる。
「…本当に俺は、イリスを大切にしていたんだな」
「どうして?」
「俺、自分の事あまり話さないんだ。母さんの事とか、特に。正直俺、母さんと比べて出来が良くないしさ。比べられるの、正直辛いんだ。でもイリスはそれをしない。ありのままの俺を見てくれるっていうか…。だから、俺はイリスを好きになったし、付き合えるんだなって思う」
イリスが目を伏せた。表情が読み取れなくて、俺は首を傾げる。
「急に恥ずかしいこと言わない」
イリスは立ち上がって台所に向かった。冷蔵庫から新しいアイスを手に取る。
照れていたのか。イリスが照れる所は初めて見た。意外な感じがする。いつも自信を持っているような態度だし、想像がつかない。
思えば、それはイリスなりの強がりだったかもしれない。俺の記憶喪失を知って、胸の内が不安や心配で一杯になっただろう。それでも俺を支えるために頑張っていたんだ。
そんなイリスに俺は何が出来るんだろう。俺はイリスに何をしてきたんだろう。
新しく出したアイスをパクつくイリスを見て、俺は思い立つ。
「ねぇ、イリス。明日、出かけないか?」
「デート?いいわよ」
「連れていきたい所があるんだ」
「へぇ、どんなプランかしら?」
「もうちょっと詰めてからだけど…まぁ、明日のお楽しみで」
「わかった。楽しみにしている」
イリスはニッと笑った。
こんな笑顔になってくれたら。
俺は頭の中でプランを組み立てながら、心からそう願った。




