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すでにその恰好を慣れた俺は帰り際に寄ったスーパーで買った食材の入ったビニール袋をイリスに渡して靴を脱いだ。
イリスにもらったチョコバーを食べながら俺はソファに座った。イリスもそれとなく隣に座る。
1週間も経てばイリスが近づくことにもうドキドキしなくなる。何だかんだ一緒に暮らしているわけだし。ここまでくると家族のような感じがしてくる。
もし結婚したらこんな感じ…と考えると気恥ずかしくなるのでやめた。
「今晩何食べる?」
「任せる」
「そろそろ和食に挑戦しようかなー。カリフォルニアロールとか」
「それは、ちょっと違う」
「え?あれはお寿司じゃないの?」
「日本にはないよ。あれは和食じゃない」
「エビチリが中華になっている国なのに、そこは違うんだ」
「見た目のイメージで決まるからなぁ。それっぽかったら、オリジナルと違っていても関係ないんだよ」
イリスは「そうなんだ」とだけ答えてテレビを点けた。去年やっていたドラマの再放送が流れている。平和な生活を送る主婦が突然国家レベルの陰謀に巻き込まれるサスペンスものだ。俺はリアルタイムでその作品を見ていた。確か主婦の正体が記憶を失った公安の刑事とか、そんな設定。
フィクションながら妙に親近感が沸いて、俺は思わず見入ってしまった。
「平凡な人生なんて存在するのかしら」
ふと、イリスが呟いた。主人公の主婦を指しているのだろうか。
「平凡の定義なんてあやふやだわ。誰の人生にも大なり小なりドラマ性というか、特異性みたいなのがあるのに」
「そうかな」
「和嵩だってそうじゃない。お母さんが…」
そう言ってイリスはバツの悪そうな顔をした。
「ごめん、失言だった」
「いいよ、別に」
母の事を指しているのだろう。
四年前に自動車事故で死んだ俺の母、真田聡里は物理学者だった。それも世界的な再生可能エネルギー関連の権威であり、よく海外の学会にも参加していた。IQ180ともいわれている、俗に言う天才だ。俺の前ではグータラで放任主義な母親だったけど。




