10
理性で脳を冷やしていると、イリスが呼び掛けてきた。
「ドライヤーの場所わかんなかった?」
「違う」
イリスの声音がさっきと違う。俺は耳を澄ませた。
「今更だけど、急に押しかけてごめんなさい。和嵩に甘えていた」
「そんなことない。心配してくれたんだろ?」
「でも君からしたら私は訳の分からない女だよ。記憶がない君からしたら、急に押しかけて恋人だって名乗って居座ってくる…詐欺師か何かじゃない。不用心よ、和嵩は」
「確かにそうかもな。って、それを君が言う?」
「…うるさい」
自分のやり口を反省したのか、イリスはツンとした態度で突っぱねる。
「和嵩は押しに弱すぎなのよ。流されやすいというか、すっとぼけているというか…優柔不断が一番合っているかも」
「うーん…否定できない」
苦笑いする俺に、イリスは吹き出す。
「優しいんだね、和嵩は」
俺は思わず振り返った。イリスは姿を消していて、すぐ後にドライヤーの音が鳴っていた。
噛みしめるような、万感の思いがこもった、悲し気な声だった。
きっと、イリスは俺をずっと心配していたんだろう。不安になっていたんだろう。俺と再会するまで、気が気でなかったのだろう。
気丈で、ユーモラスで、明るい彼女だけど、イリスは心の奥底に不安を押し込めて行動していたんだ。
冷静に考えて、炎天下でいつ帰ってくるわからない相手を、連絡が取れない相手を健気に待ち続けるなんて並大抵じゃできない。
イリスが俺を想ってくれたのならなおさら。
応えなくてはいけない。イリスの想いに。
多分、記憶を失くす前の俺もそうしただろうから。
真夜中。
彼女はベッドの中である男と通話する。
『首尾はどうかね?』
「潜入に成功したようです」
『曖昧な表現だ』