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殺してくれる人、募集中です。  作者: ほうじ茶
2/2

シシー

大学構内の一画にある慎ましやかながら清廉された雰囲気を持つ小さな教会。日曜日のミサを終えて、一人、また一人、と信者たちがしずしずと退席していく。

「二条要」なる青年も自分の聖書と讃美歌をカバンにしまって帰宅の支度をしていた。小さな子供やご老人、教会にはいろんな人が来るが長く通っていることもあってほとんどが顔見知りになっている。挨拶を返しながら、顔を上げると、席の最前列に見かけない少女がいた。いつからいたのだろう。

気になってもっと顔が見える位置に移動すると、少女は祭壇の十字架、またその後ろにある聖人たちの描かれたステンドグラスを何の感情も込めてない眼でじっと見つめていた。横顔だけだが、彼女が恐ろしく美しいのが見て取れる。灰がかった濃紺の髪、鮮やかすぎる緑の瞳。肌は陶磁器のように真っ白で触れたらキュッキュッと磨いたような音がするのではないだろうか。

もう少し顔がよく見える位置へ…、と思ったが「カナ兄ちゃん!」最近やたら懐いてくる少年が遊ぼうと催促してくるので、その日は結局、声をかけることも顔をちゃんと見ることもできなかった。


その次の日曜日も彼女は最前列に座っていた。自分はわりと早く出席する方だがそれよりも早く来るのか、と少し驚いていた要に気づいたのか彼女は後ろを少し向いて一瞥すると、また前を向いてしまった。新しい信者なのだろう、たいして珍しくもない事なのに要はそわそわしていた。ほんの少し横顔を見ただけだ、なのになんでこんなに興味がわくのか。いや、興味とは少し違う気もする。例えるなら、久しぶりに会った友達を街中で見かけて声をかけるか迷っている時の緊張感だ。もっともあんな美人、初対面のはずなのだが。意を決して要は彼女に話しかけてみた。

「あの、よろしいでしょうか?」畏まりすぎだ。恥ずかしい。

「お隣、座ってもいいですか?」思春期の少女みたくもじもじとしている自分の状況を思うと、恥ずかしすぎる。大学生だろうがバカ、と自分に説教をしていると、件の少女がこちらを見た。

少女…いや少女というよりもあか抜けているから女性?わかいのに年齢不詳といった様子の人だった。

やはり髪も瞳も美しかったが、正面から見ると彼女の容姿の美しさが恐ろしいほど感じられた。第一印象は「聖女」だった。同じ空気を吸っているのも恐れ多いといった風貌。

彼女はびっくりしたのかしばらく無言でこちらを見つめていたが、すこし口元を緩ませて微笑むと「どうぞ」と一言放った。落ち着いていて、少しハスキーな声だ。

要はしばし横でモジモジしていたが、沈黙に耐えられなくなって彼女に話しかけた。

「先週も来てましたね。見かけない方だなって思ったんですけど、最近こちらに通い始めたのですか?」

「旅行で先週こちらに来たんです。この大学の教会はとても綺麗で一般人も入れるって聞いたので。」

「そうですか。この教会は観光ガイド本に載っているらしいですね。東欧風の建物らしいですよ。」彼女はずっと微笑んで聞いていたので、要もなんだが少し安らいだ。

いい人そうだな、やさしい人みたいだし癒しオーラっていうのかな、マイナスイオンとか出てそうだな、とぽわぽわしていたら

「貴方はここによく通っているのですか?」彼女が顔を覗き込むように訊ねてきた。エメラルドグリーンの瞳にびっくりした顔の自分が映っていた。

「それもあるけど、僕はここの学生なんです。薬学部なんです。」

「へぇ、頭良いんですね。」たわいもないことを2人してダラダラと話していた。なんだかひどく懐かしい気がした。


礼拝が始まると、そこそこの人数が教会内にいた。神父が礼拝を取り仕切り始め,

皆で讃美歌を歌い始めると、彼女に違和感を覚えた。

多人数で歌っていたら判別なんかできないと思うのだが、隣に座っているなら別だ。彼女は歌っていなかった。ちゃんと讃美歌を開いているし、伴奏にだって耳を傾けているのに一言も発さなかった。

聖書の言葉を聞き、神父の説教を口元に微笑みを浮かべている時と同じように、讃美歌を歌うときも微笑んだまま口を開こうとはしなかった。

「なんで歌わなかったんですか?」礼拝が終わって聞いてみた。気づかれちゃいましたか、と彼女は恥ずかしそうに話す。

「私、すごく音痴なんです。歌うのは嫌いじゃないんですけど、聞かれるのが恥ずかしくて。それに日本語だし。」陶器の肌に桃色が浮かんで可愛らしい。

「そうなんですか、すいません。でも皆歌っているし気づかれないと思いますよ。」

「でも貴方は気づいたじゃないですか。」プクッと頬をふくらます彼女。さっきからとてもかわいいが何歳なんだろう。

「そろそろ行かないと。連れを待たせているんです。」彼女はそういうと借りていた聖書と讃美歌を棚に戻していた。

「あの、名前を教えてもらえませんか?」彼女の背に向かって話しかけた。ここでちゃんと名前を聞いておかないと、もう会えない気がするのだがなぜだろう。

「また会ったときに名前を呼べないのも寂しいし、何かの縁だと思うから友達になれたらなって。」今日の自分は始終乙女くさくて恥ずかしい。モジモジシしないで堂々と言え!

「友達ですか?」考えるポーズをとって、それじゃあ、と彼女は一言つぶやくと。

「シシーです。ハンガリーから来ました。貴方の名前も教えてください。」

「二条要です。また来週も会えますか。」

また来ます、シシーは嬉しそうに今日一番の笑みを見せた。


「…ていう事があったんだよ。」平日の大学のカフェで腐れ縁の親友に先日のシシーの話をした。

「えー、いいな、俺も教会行けばよかった!ズリィよ!」心底悔しそうに、いいなーいいなーと連呼している。

「昴は誘っても来ないじゃん。俺は何度も誘っているのに。」

「だって神父の説教って長いじゃん。俺なら絶対寝るね。讃美歌もめんどくさいから歌いたくない。」えっへんと威張った様子だが威張れるものじゃない。

でもさ、と昴は姿勢を戻すと続ける。

「次の日曜日は俺も教会行くよ。だからそのシシーちゃん?俺にも紹介して。」

「昴が教会に?シシーのこと聞いて信仰心が芽生えたの?」違うよ!と昴はムキになった。

「課題で礼拝について書かなきゃいけないの。礼拝に一回以上参加しなくちゃいけないんだよ。」へえ、と適当に相槌を打つ。

そんな事だろうとは思った。いくらかわいい子がいたからって、このめんどくさがり屋が休日に教会に来るためだけに電車に乗るとは思えない。

「前から思ってたんだけどさ、なんで要は家の近くの教会に行かないんだ?大学までわざわざ来なくてもいいじゃん。」

「父さんたちが行くからだよ。あの人たちと休日の朝から一緒に行動とかしたくない。」嫌そうな顔から察したのか、昴はそれ以上追及してこない。

「じゃあ仕方ないな。だけどやっぱりご褒美は必要だよな。繰り返すけどシシーちゃん紹介してよ!」絶対だからな、と念を押してくる親友の勢いに負けてはいはい、と苦笑いしながらシシーの顔を思い出した。



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