女装のようです。
こんにちは、画ビョウ刺さったです!
ちょっと遅くなりましたが4話になります。
服の描写は難しいですね、頑張らなくては。
「じゃあ少し待っててちょうだい」
僕の即答を聞いたアテナさんは、すーっと静かに消えていった。
それを見送った僕は、そわそわし出した。
なぜなら、これから試着するのは女神様のおさがりだ。そう、女神様のおさがりである。
しかも自らを美しいと自称している女神の服だ。
一体どんな服が出てくるというのだろうか。
やっぱり良く絵画で描かれるキトンだろうか。あの一枚の純白の布を巻き付けたようなどこかエロスを感じる神々しい姿は一度見た者の目に焼き付いて生涯忘れないだろう。それを着れると思うと胸がドキドキする。それとも舞踏会に出るようなドレスだろうか。かつて貴族の舞踏会では色鮮やかなドレスを纏った貴婦人たちが男爵たちと音楽に合わせて踊り、一夜を楽しんだという。今では物語の中ぐらいでしか拝めないが、もし着れるのであれば是非着てみたい。というか着たい。あるいは変化球として踊り子が着ているような衣装も考えられる。いや、それともーーー。
僕の頭の中でどんどんと想像が膨らんでいく。
あれか、それか、それともこっちか?いやこちらという意見も捨てがたい。
そんな想像に終止符を打ったのは帰ってきたアテナさんだった。
「お待たせ。持ってきたわよ」
キタァ!
背後から聞こえてきたアテナさんの声に、僕のテンションが最高潮に達した。
心臓の音がとてもうるさい。バクバクと音を発て、早く後ろを見ろと訴えてくる。
そんなに慌てるな。むこうは逃げたりしない。ゆっくり、そうゆっくり振り返るんだ。
僕は自分に言い聞かせながら、ゆっくりと振り返る。
「おお…」
少し、いやかなり予想外の代物だ。なるほど、そういう手もあったのか。
意外と言えば意外。少なくともそういう発想には至らなかった。
驚きを隠すことなく、僕は目の前のそれを眺める。
アテナさんの力か何かだろうか。それはアテナさんの右隣にふわふわと浮かんでいる。
全体的に黒い色をしているが、服の袖や胸元の一部分は白い色をしている。胸元と腰には細く赤いリボンが巻かれており、それがかわいいアクセントになっている。スカートは膨らんだ形状をしており、表面に施された螺旋模様がスカートに絡み付いているように見える。浮いているせいか、スカートの裾はひらひらしており、風が吹いたらめくれてしまいそうだ。
そのどこか幻想的で、その場所だけ世界が違ったような印象を与える服装を、僕は知っている。
ゴシックアンドロリータ。通称ゴスロリと呼ばれる、魔女が着ているようなデザインの服装だった。
「驚いているみたいね、それとも見とれてるのかしら?」
アテナさんの言葉に、僕はゴスロリから目線を外すことなく頷く。
「…そうですね。驚いてますし、見とれてもいます」
「もしかして着たことがないとか?」
意外そうに聞くアテナさんに、僕は苦笑しながら言う。
「ないですよ。姉さんが着てもおかしくない物を選んでましたから。こんな服、姉さんは
絶対着ないですし、着ないのに買ったら母さんが怪しみますから」
「バレないようにするのも、中々大変なのね」
「バレるくらいなら着ない方がいいですよ。僕の趣味はそういうものですしね」
「でも今ならいいんじゃない?文句をつける人はここにはいないもの」
アテナさんの言葉に、確かにと僕は思った。
家では母さんや父さんがいたけど、ここには僕とアテナさんしかいない。僕が着るには最適な状況だろう。
僕は視線の先に浮かんでいるゴスロリに近づく。
コツ。コツ。コツ。
足音と共に、僕の耳にはドクン、ドクンと心臓の拍動が聞こえる。
今まで着たくても諦めるしかなかった憧れの服を目の前に、僕はとても興奮していた。
そのせいで、そこまで離れていないはずなのに随分歩いた気がした。
僅か数歩を移動した僕は、目の前のゴスロリにゆっくりと触れる。
さわさわ
「っ」
すごい。柔らかい。何の素材だろう。絹とかコットンとかじゃない気がする。
袖から胸元、腰、スカートと手を移動していく。
触りながら、僕はこれがアテナさんのおさがりだということを思い出す。
すごいなぁ。神様って、こんなに良い服を着てるんだ。うらやましいなぁ。
若干思考が乙女になりだした僕に、アテナさんは声をかける。
「良い感触でしょ?人が着ている物とは素材が大分違うから、驚くのも無理はないわ」
アテナさんの言葉に、僕はやっぱりと思う。
「何の素材なんですか?これ」
「ペガサスのたてがみと翼の羽。見たことないでしょ?」
それは流石にないね。ペガサスなんて伝説上の生き物だもん。見たことなんてあるわけない。
でも素材としてあるってことは、実際に存在してるってことかな。異世界半端ない。というか、確かペガサスって白馬だったような気がーーー。
「それより、そろそろ着てもらってもいいかしら?」
「あ」
そうだ。これからこれを着るんだった。あまりの興奮ですっかり忘れていた。
そう考えていると、僕は思い出したかのように自分の前髪の先をいじる。
せっかく着るんだったら、髪を長くしたかったなぁ。そうすればもっと良かったのに。ちょっと残念かも。
髪をいじっている僕に、アテナさんは声をかける。
「髪がどうかしたの?」
「どうせ着るんだったら、髪を長くしときたかったなぁって、思いまして。」
「出来るわよ?」
「え」
何かとんでもない言葉を聞いた僕は、アテナさんを見る。
「伸ばせるんですか?」
「髪くらいなら一瞬で伸ばせるわよ。性別を変えるとかじゃないなら別にすぐ出来るわ」
神様だもの、とアテナさんは言った。
それを聞いた僕はさすが神様、と納得するしかない。
「それで、どれくらい伸ばせばいいのかしら?」
アテナさんの言葉に、僕は自分の要望を正直に話した。
「そうですねぇ、後ろ髪は腰までの長さでお願いします。ストレートで大丈夫です。あ、前髪の長さは眉毛よりもちょっと上のところで揃えてほしいんですけど、そういうのってお願い出来ますか?」
「出来なくはないけど……。なんか私を美容師か何かと勘違いしてない?」
ジトッとしたアテナさんの視線に対して、僕は笑顔でそんなことないですよ、と答える。
そんなこと考えてないよ。ホントだよ。
念が通じたのか、アテナさんはしばらく僕を眺めた後、ため息をつきながら何かをつぶやく。
「※※※※※※※※」
何を唱えたのか分からない。そこまで小さな声ではなかったが、なぜか聞き取れなかった。
もしかしたら魔法とか、そう言った人の理解に及ばない呪文なのかもしれない。
そんなことを考えていると、アテナさんの呪文が終わり、僕に声をかけてくる。
「はい、出来たわよ」
「え?」
アテナさんの言葉に、僕は驚きの声をあげる。だって、まだ何もされていない。触れられてすらいないのだ。確かに一瞬とは言っていたが、呪文を唱えただけでそんな簡単に髪を伸ばせるものだろうか。
僕は恐る恐る、後ろ髪を触るために右手を首の後ろに持っていく。僕の髪は短めにカットしてるから、毛先が触れるはずだがーー。
さわさわ
「!?」
僕はばっと手のひらを見返し、自分の手の感触を疑う。
おかしい、今のは明らかに毛先の感覚じゃない。まだ途中、というかまだ髪が続いている感触だ。……まさか本当に?
「凛君、こっちを向いてもらえるかしら」
混乱している僕に対して、アテナさんは声をかけてきた。
なんだろう、と手のひらから前を向くとーー。
「……」
目の前に、美少女が立っていた。
学ランを着たその少女は、じーっと僕の事を見ている。
眉毛の上できれいに揃えられた前髪は、一寸のズレもなく揃っていて、肩越しに見える黒く長い髪は、腰まで伸ばしているように見える。いわゆる姫カットと呼ばれる髪型だ。
もし学ランではなく、セーラー服を着ていたらもっとかわいいだろう。街中を歩いたら十人中八人くらいは振り向くであろう美貌だ。
そんな彼女を見ながら、僕はアテナさんに声をかける。
「アテナさん、これ本当に僕ですか」
「まごうことなくあなたよ。正直ここまで変わるとは思わなかったわ」
目の前の美少女、正確には鏡の中に映った自分の姿を見ながら、僕は首を傾げる。当然鏡の中の僕も一緒に首を傾げる。
確かに女装した自分は中々捨てたものじゃない、とは内心思っていたがここまで変わるとは思わなかった。ていうか、誰この子っていうくらいのレベルだ。
恐らくアテナさんがちゃんと髪が伸びている事を教えるために気を効かせて鏡を持ってきたんだろうけど、もはや髪のことなどどうでも良くなってしまった。
姉さんが毎回毎回かわいい!かわいい!と騒いでいた理由がやっと分かった気がする。髪は伸ばしていなかったから分からなかったけど女装した僕はすげぇ美少女だった。この姿姉さんに見せたらすごい事になりそうだ。
「なんか、僕自分が本当に男なのかどうか心配になってきました」
「それはあなた以上に私が思っているわ。一応聞くけど凛君は男の子よね?実は凛ちゃんでした、とか言わない?」
「間違いなく凛君のはずです。ちょっと自信なくなってきましたけど……」
てか凛ちゃんはやめて。金髪の双子の姉を想像しちゃうから。
♪♪♪
それから、アテナさんのおかげで髪が伸びた僕は、アテナさんに促されるまま、着替えることにした。
流石に女神様とはいえ着替えを誰かに見られるのは嫌だった僕は、少しの間アテナさんに退出してもらうことにした。
その際、アテナさんはこれも似合うだろうと追加で黒のブーツと黒のハイソックス、黒のミニハットを用意してくれた。
いきなり目の前に現れたそれらをどうやって出したのか聞くと、アテナさんは『魔法』を使って出したと教えてくれた。ついでにさっきの髪が伸びたやつも魔法の一種らしい。
魔法について聞きたかったが、今は着る方が先だと思い、アテナさんにお礼を行って退出してもらい、着替えを始めた。
初めて着るゴスロリには大分苦戦してしまったが、なんとか着終えることが出来た。次にハイソックスとブーツ、ミニハットを試着することにした。このニーハイは黒一色で特にデザインを施されていないシンプルな物だった。ブーツも側面に鎖のアクセサリーがついている事を除けばシンプルな物だ。大きさは服はぎを覆うくらいの物で上げ底になっている。背が急に伸びた気がして違和感を覚えるが、慣れれば大丈夫だろう。ミニハットはカチューシャのように装着するのだが、頂点ではなく少し斜めにミニハットが付属しているのがとてもかわいい。
一通り着替え、アテナさんが用意してくれた鏡で自分を確認すると、我ながら随分女の子になったなぁと感心してしまった。
鏡の中には、まるでおとぎ話から出てくるような少女が映っていた。元々肌が白かったせいか余計ゴスロリの黒が目立ち、ゴスロリに似合う姫カットと斜めにかぶったミニハット、黒のハイソックスとブーツも合わさって幻想的な姿を醸し出している。
うん、どうみても女の子だ。男には見えない。
「着替え終わったらかしら?」
丁度のタイミングで、アテナさんが僕の後ろに現れ、完全武装した僕を見て、
「なんかもう……見れば見るほど女の子ね」
感心したような呆れたような声で言った。
「もういっそ女の子になる?少し時間かかるけど出来なくはないわよ?」
「いえ、遠慮しておきます。僕はあくまで女装が好きであって、女の子になりたいわけじゃないので」
アテナさんの提案に、僕はNOと言って断る。
女装は男子がやるから面白いのだ。女の子が女装しても、何も面白くない。それは僕の摂理に反する。
僕の返答に、アテナさんはそっか、と頷く。
「まあ、あなたがいいならいいわ。その服はあげるし、あなたの服はこちらで回収させてもらうわね。…それにしても、過去に何回か転生させた事はあるけど、凛君はその中でもかなり特殊な例ね。異形と言ってもいいくらいよ」
「偉業ですか?というか、他にもいたんですか?」
「言葉違いだけどある意味そうね。転生させた事は過去にも何回かあるわ。でも流石に女装して異世界に転生する人なんて、過去にはいなかったわよ?」
未来でもいないわ、というアテナさんの言葉に僕は苦笑いする。
「あはは。まあ、それは僕だから仕方ないという事で」
「そういうことにしておくわ。……さて、そろそろ転生するわけなんだけど、もう一度おさらいしておくわよ」
アテナさんはそう言って、僕の前まで移動してくる。
「さっきも言ったとおり、あなたには異世界に行って、世界を救ってきてほしいの。向こうの世界は、あなたが読んだ小説みたいに剣や魔法、それに魔物と呼ばれるモンスターが存在するわ。あなたのいた世界よりも危険なの。気をつけないとすぐにバッドエンドになるから注意しなさい」
「分かりました、気をつけます。それであの、世界を救うって具体的に何をすればいいんですか?魔王を倒せばいいんですか?」
「それには答えられないわ」
どこか強い調子で、アテナさんは僕に言った。
それに少し気圧されながら、僕はアテナさんに聞き返す。
「それは…、なぜですか?」
「それはあなたが決めることだからよ、早乙女凛君。もし私が魔王を倒せば世界が救われるって言ったら、あなたは魔王を倒すために旅をするでしょう。でもね、それが本当に正しいかどうかは凛君が決めることなの。私が命令したからっていう理由じゃダメ。正しい世界の救い方を考えて実行するのは凛君であって、私じゃない。だから私が答えることは出来ないの」
「僕が、ですか?」
「ええ、だってーーー」
アテナさんはそこで言葉を一度切る。
すると、今まで真っ白で何の音もしなかったこの空間に、何処からか風が吹き始めた。長くなった僕の髪が風に揺れ、僕は思わず右手で髪を押さえる。
一体どこから?
そう考えた瞬間、正確にはアテナさんが言葉を発した瞬間にーーー。
「世界をこうすれば救えるなんて、これから世界を救う人にしか分からないのだから!!」
世界が変わった。
「うわぁ!!」
今までとは段違いの風が吹き荒れる。轟轟と耳元で空気が走り、顔にぶつかる。
思わず目を閉じようとしたが、周りの景色が視界に入った瞬間にその目が開かれる。
そこには真っ白な死んだ世界ではなく、色鮮やかな生きた世界が広がっていた。
吸い込まれるような蒼い空、大きな白い雲、雄大な緑の森、広大で深く青い海、真っ赤に染まった巨大な火山、荒れた黄色の砂漠、どこまでも黒い大地。
まるで高速移動でもしているように、様々な風景が見えては消え、消えては見えてを繰り返す。
この風の轟音は高速移動のせいか!
「うわぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
それが理解出来ても僕にはどうすることも出来ず、ジェットコースターの数倍の衝撃に僕は倒れこんで耳を塞ぎながら訳も分からず叫び続ける。服がバタバタと大きな音を立てるが気にしてはいられない。
しかし、なぜか。なぜかこんな状況においてもアテナさんの声だけは。風の轟音を物ともせずに。まるで頭の中に語りかけられているように。はっきりと聞こえていた。
「凛君、これから先あなたには多くの困難が待ち受けるわ。世界を救うのは簡単な事じゃない。その困難の前に、あなたは挫けるかもしれない、挫折するかもしれない。もしかしたら、最悪の結末を迎えるかもしれない」
でも、とアテナさんの言葉は続く。
「それでも早乙女凛君。あなたなら。あなたなら世界を救える可能性がある。なぜなら、古のシステム選ばれて、私という神に出会い、祝福されてこの世界に舞い降りるのだから!」
一際大きく、アテナさんの声が頭に響く。
「この女神アテナがあなたを認めたのだから!勇気と希望を抱いて世界を救ってきなさい!早乙女凛!!」
その激励を最後に、アテナさんの声は聞こえなくなり、何処かに体が着地した感触を最後に、僕は意識を失った。
こうして、女装好きな少年『早乙女凛』の、異世界を救う物語が、幕を開けた。
ようやく異世界に旅立ちました。
次は少し戦わせたいなぁ、頑張れ凛君。