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内野美佳子も、再び……

 ピンポーン


「せんぱ~い。誰か来ましたよ?」

「うむぅ~?」

 テーブルに突っ伏した先輩が終電間際しゅうでんまぎわの酔っ払いみたいな唸り声を出す。


 ピンポピンポーン


「先輩、お客さんですってば」

「うにゃあ、眠いぃ~。代わりに出てくれ、陽輔」

「先輩の家でしょ、ココ」

 まったく、テーブルに突っ伏したまま居眠りなんかして。


 ピンポーン ピンポピンポピンポーン


 容赦なく連打される呼び鈴(チャイム)に仕方なく腰を上げた。

 それにしても、この客もまるで子供のイタズラみたいな呼び鈴(チャイム)の鳴らし方をする。さっき先輩がTELしてたし、正体はだいたい予想がつくんだけど。

「はい。どちら様ですか?」

 ドア越しに来訪者に向かって誰何すいかする。

「私だ!」

 この相変わらずポワポワした可愛らしい声。やっぱりあなたでしたか。

「お前たちは完全に包囲されている! 武器を捨てておとなしく投降しろ!」

 お? なんだなんだ。TEL受けた時、ハリウッドのアクション映画でも見てたんだろうか。

「ふ、強がるな。突入してきたところで痛い目を見るのはそっちの方だぞ?」

 面白そうなのでこっちも調子を合わせてみる。

「そんなコトより、こちら側の要求はどうした」

 ドアの向こうからフフフ、という低い笑い声が聞こえる。なんかノリノリだ。

「『内野美佳子を三日三晩好きにさせろ』なんて、そんな嬉し恥ずかしな要求がのめるか!」

「そ、そんな要求をしたおぼえはまったくない……」

「ならばこちらから要求する!!!」

「話の構造がおかしくなってる!?」

 ドアの向こうの人物、知り合った頃と比べると随分ずいぶんはっちゃけた感じになったなぁ。

「さあどうする!? 内野美佳子に三日三晩付き合わないと、このドアを破って突入するぞ!」

 さて、そろそろか。

 ボクは音がしないようそっとサムターンを回してドアを解錠した。

「三つ数える。決断しろ!」

 ドアの取っ手に手をかける。

「三……、二……」

 取っ手のスイッチをそっと押し込む。

「一!」

 ドアを勢いよく手前に開く。

 次の瞬間ドアに肩で体当たりをしようとしていた内野先輩が、たたらを踏みながら勢いよく玄関に飛び込んできた。

「きゃあ!?」

 ボクは前にのめった姿勢の内野先輩を右腕で抱き止めると、左手でそっと玄関のドアを閉じた。

「お久しぶりです、内野先輩」

「ヨーちゃん、ひっさしぶり~」

 コアラみたいにボクの右腕にしがみついた内野先輩が、にへっと笑いながら挨拶を返す。

「じゃあ、早速さっそく行こう!」

 内野先輩は身体を起こすと、ボクの右腕をつかんだままドアの取っ手に手をかける。

「ど、どこへ行くんですか?」

「『内野美佳子・三日間レンタルラブラブツアー』へ!!!」

「内野先輩、だんだん大井川先輩とキャラがかぶってきましたね?」

 その一言はさすがに効いたらしい。ノリノリでハシャいでいた内野先輩がピタリと固まる。

「ホ、ホントに? じゃあ私もヨーちゃんの彼女になれる?」

「いや。そんなコトの前に心配するべき点はありませんか?」

「さっちゃんの履修届けについて!?」

「いやまあ。本来の用件はそこなんでしょうケド……」

 ボクなら「大井川先輩とキャラがかぶってる」なんて言われたらきっと人生をはかなみたくなると思うが、内野先輩はそのあたり大丈夫なんだろうか。

「まあとにかく上がって下さい。爆睡中の家主は今叩き起こしますから」

 ボクは内野先輩を招き入れると、床に転がっていた小振りのクッションをつかみ上げてテーブルに突っ伏す大井川先輩目掛けて放り投げた。

 クッションは狙いあやまたず先輩の頭にボスン、と命中するが、当の先輩はまったく動じた様子もなく睡眠を継続する。

「さっちゃん、相変わらずだねえ」

 周囲の様子など我関せずと言わんばかりに惰眠だみんむさぼる大井川先輩を見て、内野先輩がクスッと笑いを漏らす。

「相変わらずどころか、更に拍車がかかってる気がしますよ」

 ボクは箱からティッシュを二枚ほど抜き出しながら内野先輩に向かって苦笑いした。

 ティッシュを丸めて二つの小さな固まりを作成したボクは、テーブルに突っ伏す大井川先輩の頭を九十度回して鼻の穴に栓をする。

「フガ……」

 鼻からの呼吸を阻害された大井川先輩が、苦しそうに顔をしかめながら口を開く。

「ヨーちゃん、大丈夫なの。それ?」

 様子を見守る内野先輩が心配そうな顔をする。

 まあまだ(・・)大丈夫ですよ。今のところ口は開いてますから。

 寝苦しそうにしながらも大井川先輩が目を覚まさないのを見たボクは、軽く開いた先輩の口を親指と人指し指で軽く閉じた。

「フグ。フグググ…………!!!!」

 完全に口を閉じたワケではないにしても、わずかに開いた口の左右の部分からしか呼吸ができないのはさぞかし辛いだろう。

「フグフグ!!! フグググゥ~!!!!?」

 電気椅子に座らされているみたいに身体をビクンビクン跳ねさせ始めた先輩が、クワッと目を見開く。

「こ、殺す気か、陽輔ぇ!!!?」

 ガバッと勢いよくテーブルから跳ね起きながら、先輩が声の限りに叫んだ。

「こっちから電話で呼んだ相手がわざわざ来てくれてるんですよ? 死んでる暇はないです、先輩」

 ボクにそしらぬ顔で非難をかわされると、鼻からスポンッ、とティッシュの栓をはずしながら、大井川先輩がまだハッキリしない眼を内野先輩に向ける。

「ああ、みかっち。来てくれたのか」

「おはよー、さっちゃん。久しぶりだね」

 内野先輩がテーブルに頬杖をつきながらニッコリと大井川先輩に笑いかけた。

 そうか。大学のオリエンテーションは英・仏文科と国文科は日程が違ったから、この二人はしばらく顔を合わせていないんだ。

「履修計画表、苦労してるんだって?」

「うむ。一般教育科目とか専門科目とか、選択科目とか必修科目とか、まったくもってワケが分からん」

 そうブツブツ呟く大井川先輩の顔は、寝起き直後であることもあいまってものスゴく不機嫌そうだ。今この部屋に先輩と二人きりじゃなくてよかったと思うくらいに。

「一般教育科目は学科をまたいで共通だから、なるべく同じ講義取ろ。専門の選択科目は、英文科の先輩達に国文科の知り合いがいないか聞いてみる。国文科の先輩が見つかれば色々情報もらえるでしょ?」

 いまだ健在のホンワリポワポワ笑顔を顔いっぱいに浮かべながら、内野先輩がバックから大学の資料を取り出す。

「内野先輩、それはあんまり甘やかし過ぎじゃないですか? 学科内の先輩のツテを作るくらいは自分でやらせないと……」

 あまりに至れり尽くせり過ぎる内野先輩の申し出に、ボクは思わず異論を挟んだ。きっと大井川先輩のことだから、他人ひとの力で何とかなると味をしめればズルズルと際限なくそれに頼るのは目に見えている。

「別にいいじゃない。その代わり、ギャラとして『ヨーちゃん一日レンタル権』を要求します」

 あ、なんか不穏な交換条件が提示された。

「なんだ、その『一日レンタル権』って!?」

 警戒心もあらわに大井川先輩が眉をしかめる。

「読んで字のごとく。ヨーちゃんを一日レンタルして、自分の彼氏にできる権利です! その一日の間は甘え放題、食べ放題!」

「『食べ放題』って何だ!? 誰がそんな権利を認めるかぁ!!!」

 内野先輩が打てば、大井川先輩が響く。

 この二人、なんだかんだ言いながらやっぱり息ピッタリだ。さすがは小学校以来の幼馴染おさななじみ。

「そんなコト言っていいのぉ、さっちゃん? 同じ学科の先輩と早く知り合っとくと、後々(のちのち)楽だよぅ?」

「うぐぅ、みかっち。この試合巧者しあいごうしゃめ……!」

 あ。そんな真剣に悩むくらい検討の余地ありなんだ、そこ。

「だがいくら私だって、目先の利益に流されて大事なモノを見失うような愚か者ではないわあ!!!」

「ふうむ。意外と意志が固いね、さっちゃん。なら思いきって譲歩の『B案』だよ。『ヨーちゃんに一日好きなだけチューできる権』を要求します!」

「却下! 却下却下却下却下却下ぁーーーー!!!!!」

 ちょっとちょっと、二人とも。今さりげなくボクのコトを物扱いしてますよね?

「まだ不満なの? なら『さっちゃんに一日好きなだけチューできる権』では!?」

「あえ!? ……いやまあ、それならまだなんとか……。じゃない! ダメだ!!! むしろダメだぁぁぁ!!! むしろも何も全部ダメだあぁぁぁぁ!!!」

「さっちゃん、私が三通りも案を出してあげてるのにちょっとワガママ過ぎるよ! 今の三つの中から早く選びなさい!!!」

「え、ワガママ!? 私がワガママなのか、これって!!!?」

 内野先輩、見事。大井川先輩コントロールスキルにみがきがかかってる。

「ワガママだよ! 欲張りだよ! 大学の先輩もヨーちゃんもどっちも手に入れたいなんて、この上ない強欲さんだよ!!!?」

「なんか違う意味に聞こえる!?」


 ああ、今日も世界は平和です。

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