彼方の地のガールズトーク
「陽輔。……よーすけってばぁ~!」
「なぁに? ちゃんと聞いてるよ、もう……」
「だから、みかっちがふれあい牧場の馬にニンジンをやろうとして、あやうく手まで噛まれそうになったって話だ」
スマホにつないだイヤホンから聞こえてくる里美の群馬旅行譚を聞かされながら、ボクは自分の部屋の机でノートパソコンとにらめっこしていた。
一泊での群馬旅行に出掛けている里美から掛かってきた報告電話に付き合わされること小一時間。これじゃあ、自由な時間を満喫できると内心ホクホクしていたボクの目論みも、見事にあてが外れたとしか言いようがない。
だいたい里美、なんで友達との旅行中にわざわざ電話してくるのさ?
昼間、史輝さんのアパートで気づいたあの部屋で起きる奇妙な出来事の原因を、ボクは引き続き調査している真っ最中だった。正確に言えば、史輝さんの部屋で気づいたのは「原因の半分」で、ボクは残り半分のピースを見つけられないまま悪戦苦闘しているのだった。
史輝さんの部屋を横切って行く何人もの幽霊達。その方向が、常に北西から南東に向かうことに目をつけたボクは、マップアプリを使ってアパートから北西方向に位置するある施設を見つけ出した。
「セレモ千草」
その名前を見た時にピンと来た通り、検索してみると間違いなくそれは葬祭場だった。通夜や葬儀が頻繁に行われる葬祭場がアパートからどんぴしゃり北西の位置にある。これは間違いなくビンゴだろう。
だが、ボクの推理もここで行き詰まった。
幽霊達の出発点は分かった。だが、目的地はどこだ?
スマホよりずっと大きいノーパソのディスプレイに表示された地図はさっきとは比較にならないほど見やすいが、それでも史輝さんのアパートの南東に位置すると予想される幽霊達の目的地の見当すらつかない。
「陽輔……?」
いったいどこだろう? 幽霊達がこぞって目指す場所だというのなら、さだめし霊的なイメージが強いところなんだろうが。
「よ・う・す・け……?」
最初はお寺だと思った。なぜかあの界隈、やたらとお寺が多いからだ。
だが、地図で確認できた四つのお寺は全て、史輝さんのアパートより西側にあるか、南東に向かって延びるライン上から外れるかしていた。
「よおーーーすけぇ~~~! 聞いてんのか、ごるあぁぁぁーーー!!!」
考え込んでいたボクの脳に、イヤホンと耳を通して里美の大音響の怒号が叩き込まれる。キーンと鳴る耳を思わず手で押さえるが、嵌めたイヤホンの上からなのでまったく意味をなさない。
「ちょっと里美、もう少しボクの鼓膜に優しくしてよ! あと心臓にも!」
「陽輔が私のハートに優しくないからしょうがない!」
そんなこと言われたって、里美のハートなんて、この目で見たこともないようなものに優しくできるワケがない。あ、それはボクの鼓膜と心臓も一緒か。
「人の話も聞かないで、さっきから何を考え込んでるんだ。返事だって上の空だし……」
里美の声が途切れると、代わりに内野先輩を含む何人かの女性が談笑するのが小さく聞こえてくる。
“あはは。ヨーちゃん、電話でまでさっちゃんに怒られてる~”
“ねえねえ。「ヨーちゃん」って誰、みかっち?”
“ん~? さっちゃんの彼氏だよ~。高校のいっこ下の後輩だったの”
“あー。そう言えばみかっち、さっちんと高校同じだったんだよね。へ~。さっちんの彼氏って歳下なんだぁ”
里美、なんか「さっちん」とか呼ばれてるみたいですが、それってどうなんですか? ボクからすると、かなり違和感バリバリな感じなんですケド……。
まあ、そんなことはともかくとして、早く里美との話を切り上げて、この奇妙な怪奇現象の原因を突き止めてしまいたい。けれどそんな内心を気取られでもしたら、また「ぞんざいに扱われた」とか言って、里美がツノを生やすのは目に見えている。
「いや、実はね……」
しかたなくボクは今日の朝からの顛末と、史輝さんから聞かされた奇譚を里美に語った。
「ふぅ~~~~~ん?」
ボクの説明をひとしきり聞いた里美が、やけに機嫌の悪そうな相づちを返してくる。
「そーですかそぉ~~~ですか。自分の彼女が旅行に行ってるあいだに、他の女に呼び出されてデートですか。それはさぞかし楽しい一日だったことでしょ~~~ねぇ。さすがはナチュラルジゴロさんですねぇ?」
これだけ奇妙な幽霊話を聞いておいて、反応する部分がまずそこ?
しかもボクに反論する間も与えず、内野先輩にまでいらぬ報告をする。
“なあみかっち。私、これから千葉に帰ってもいいか? 彩音の騒ぎが収まったと思ったら、陽輔のヤツ今度は大塚先輩と浮気してるんだ”
“ふにゃ。大塚先輩? まっさか~! いくらヨーちゃんが相手でも、大塚先輩が男の人となんて”
あ。内野先輩、しらばっくれてる。今日の大塚さんとのランデブーを仕組んだの、そもそも自分のクセにぃ。
この人、ホンワリポワポワしてる割りに意外と黒いな。
“嘘じゃない! 大塚先輩、今日はスカートルックだったらしいぞ!”
“““え、ええぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!”””
何重にも重なった絶叫が電話の向こうから聞こえた。大塚さん、普段どんだけスカート穿かないのさ。
“ち、ちょっと、それ一大事!!!”
“さっちん、やばいよ。それ、絶対に大塚先輩本気だよ!!!”
誰ですか、無責任に里美の不安を煽ってるのは。
“だ、だよなぁ!?”
「だよなぁ」じゃない! 少しは自分の彼氏を信じたらどうなのさ!?
それにしてもマズい。里美のヤツ、こんな話の流れじゃ、ホントに今からでも千葉にすっ飛んで帰ってきかねない。電車がなくなったらタクシーをつかまえてでも。
その場合、もちろん里美自身はお金を持っていないだろうから、膨大な額のタクシー料金を支払うのはきっと……。
……ボクだ(泣)
「……ねえ、里美」
最悪のシナリオだけは回避しなければと、ボクは電話の向こうに必死に呼び掛けた。
“でもさっちん、大塚先輩が恋敵って、かなりヤバイよ?”
“そ……、そうだな。何とか手を打たないと……”
“ていうかさ、さっちんのカレって大塚先輩だけじゃなくて、あ……あやね、だっけ。そのコとも浮気してたんでしょ? ヤバくない? 別れた方がイイって!”
「さあ~~~とおおお~~~みいぃーーーーー!!!!!」
遥か群馬の地で繰り広げられる、的外れかつ白熱した議論から里美を呼び戻すべく、ボクは電話に向かってありったけの声で叫ぶ。
けれど里美が返事をするより早く、隣の両親の寝室からの壁ドンと「こんな時間に何騒いでんの、陽輔!」という母親の声が聞こえてきた。