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ゴースト・ハイウェイ

「なんで? どういうこと?」

 メガネの奥で目を丸くした柳井さんが、テーブル越しにボクの方へ身を乗り出した。

「だって実際、さっきの人だって棚橋君を見て出て行っちゃったじゃない」

「そうですね。さっきの男の人の幽霊はきっともう出ないでしょうね」

 ボクはそう柳井さんに答えて、すっかりぬるくなったコーヒーに口をつける。それから、犬だか猫だかの足跡がプリントされたやたらカワイイ柄のカップをテーブルに置くと、ふっと息を吐き出してから話を続けた。

「でも、ボクが居ようと居まいと、同じ幽霊が二回出ることは始めからないんですよね?」

 言葉の後半から、ボクは視線を柳井さんから史輝さんに移した。史輝さんは、ボクと目が合うと黙ったままコクコクと頷く。

「しかも、幽霊は必ず西側の壁から現れて、東側に向かって横切って行く……」

 その言葉に、またしても史輝さんがコクコク。

「つまりこの部屋に出る幽霊は、ここに憑いているわけじゃなくて、ただ『通過してるだけ』なんじゃないですか?」

 他の三人が、いっせいにハッとしたように目を見開いた。

「だから普段柳井さんがこの部屋に来ても、何の気配も感じなかったんですよ、きっと」

「通過してるだけ……。なるほど」

 頬に手をあてて得心げに頷く姉を横目に見ながら、史輝さんの方は今一つしっくり来ないような顔をする。

「けどよ、壁を通り抜けて通過してるってことは、ヤツラ両隣の部屋も通ってるってことだろ? 西側の103号室は空き部屋だけど、そんなことがあったら反対側の101号室の奴は騒ぐんじゃねえのか?」

「お隣の部屋の人、大塚さんと同じで見えない人なんじゃないですかね。というか、『見える』人の方がよっぽど珍しいような気がするんですけど……」

「はあ、なるほどな……」

 そんなボクと史輝さんのやり取りの中、柳井さんが向かいに座る大塚さんにニッコリと笑いかけた。

「いずみちゃん。隣の部屋、空いてるらしいわよ? 良かったわね」

 大塚さんは、それを聞くとギョッとしたように目を丸くして飛び上がる。

「い、いや。やっぱりやめとく」

「あら、どうして? さっき『部屋空いてないかなあ』って言ってたじゃない」

「いや、普通やめるだろ。幽霊が通るって分かってる部屋、普通入らないだろ」

 オタオタと胸の前で手を振る大塚さんは、普段の彼女に似つかわしくない怯えたような声を出した。

「えー。そうかなあ? 『見えない』んだったら、居ても居なくても、どっち道同じでしょ?」

「そういう問題か! ていうか、見えなくて気配だけ感じたりしたら、その方が余計怖いわ!」

 そんな姉と大塚さんのコントを横目に、史輝さんが呆れた顔で溜め息をついた。

「二人とも。実際ここに住んでるヤツの前でそういう話をするかね、普通?」

 その言葉を聞いた大塚さんが気まずそうな顔をする一方、柳井さんはまったく悪びれた様子を見せない。

「それはともかく、この部屋に居着いてるワケじゃなくて、ただ通過してるだけだというのなら、確かに棚橋君に頼んでも効果はないわね。この部屋から棚橋君が居なくなったら、また他の幽霊が通って行くってことだもの……」

「ともかくって何だよ……。まあ、それはともかく、ってことはこの話、根本的には解決しないってことなのか?」

 やっぱりともかくなんですね、というツッコミは置いておいて、話の本質は史輝さんの言う通りだということになる。

 この幽霊騒ぎは、史輝さんが住むこの部屋自体に問題があるわけではなく、偶然ここが幽霊の通過場所であり、さらにはたまたまそこの住人が『見える』人だったことの方にある。つまりこれは、幽霊達の通過線上ならどこでも起きうる現象というわけだ。

 そんなことを頭の中でつらつら考えていると、ふと今の「通過線上」という言葉が意識に引っ掛かった。


 その線って、いったい何と何を結んでるんだ?


 突如として浮かんだその疑問に、ボクはポケットからスマホを取り出す。そしてグ~ルグルマップのアイコンをタップすると、この近辺の地図を表示した。

 あった。この建物だ。

 地図の表記を見るとこのブロック、区画を仕切る線が綺麗に東西に延びていない。そのため、この部屋の窓も真南じゃなくて、僅かに東寄りを向いているらしい。

「史輝さん。この部屋に出る幽霊って、いつも真っ直ぐ部屋を横切って行くんですか?」

「……真っ直ぐ?」

「つまり、この南側の壁と平行に通過して行きますか?」

 ボクは光が燦々(さんさん)と差し込む窓の方を指し示しながらそう問い直した。史輝さんはというと、腕を組んでちょっと考え込むと、ややあって小首を傾げながら天井を見上げた。

「そうあらたまって訊かれると……。いや、ちょっとナナメって通ってく気がするな」

 彼は西側の壁に目を向けると、クローゼットが作りつけられた北寄りの部分を指差す。

「出てくる時はだいたいそこら辺からで……」

 それから部屋の床に対角線を描くように、指先を東側の壁、窓際に近い南寄りの部分に向けた。

「……消えてくのはいつもその辺だった気がする」

 ボクは手にしたスマホの画面上に、今史輝さんが指先で引いたラインを延長して仮想で重ね合わせた。

 史輝さんの観察が正確ならば、幽霊達の移動方向は西から東ではなく、北西から南東という方が近い。

 いったい何だ? この北西と南東を結ぶ線に何か意味があるのか?

 ボクはじっと押し黙って、地図が表示されたスマホのディスプレイとにらめっこタイムに突入した。

 ピンチに合わせて拡縮する地図を睨みながら、ボクは脳ミソをスペックが許す限りのスピードで回転させる。

 史輝さんの部屋に現れる幽霊は、常に北西から南東に向かって通過して行き、逆戻りすることはないと言う。そもそも、幽霊が現れる側の北西に何かあるのか?

 地図上、このアパートの北西方向にあるのは……。

 そう意識をもって見た地図上に、ボクの目がある気になる単語を見つけた。


「……これって」

 間違いない、きっとこれが正解だ。少なくとも北西側の。

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