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進まない自己紹介

「いったい何があったんだ。今?」

 部屋に垂れ込めた沈黙を破って、大塚さんの戸惑ったような声がした。他の三人の表情から緊張が取れたのを見て、質問タイムに入ってもよいと判断したみたいだ。

「いずみちゃんには見えなかったんだ……」

 柳井さんが捕らえどころのない微笑を見せながらそう呟いた。

 その言葉で、今この部屋で起きたことが大方察せられたらしく、大塚さんが「やっぱり出たのか」と悔しそうな顔をする。

「せっかくオバケが出るっていう部屋に来たのに、私には見えないんじゃ意味がない」

「なんだ。野次馬なのかよ」

 弟さんが、大塚さんのコメントに呆れたようなリアクションをした。

「まあな。だから言ったろう? 祈祷師はそっちだって」

 なぜか得意気にそう言いながら、大塚さんがボクの方にアゴをしゃくる。

 いつの間にか本当に祈祷師にされていた。今さら否定するわけにもいかないし、ホント話の流れってコワイ。

「まあ、でも確かに本物みたいだな。あいつらがあんな反応するなんて初めてだしよ」

 弟さんがついさっきまでとはうって変わったグデッと緊張感のない姿勢で欠伸を漏らす。

 あんな反応?

 今の言葉の真意を問おうと口を開きかけたとたん、さっきも聞いた覚えのあるボンッ、という破裂音が部屋中に響き渡った。

「いいから。あんたはさっさと顔を洗って着替えなさい」

 クッションを手にした柳井さんが、再び低い声で弟さんにそう命じた。




柳井(やない)史輝(ふみき)だ」

 テーブルを挟んで向かいに座る弟さんが、面倒くさげに自己紹介をする。

「どうも、棚橋ようす……」

 そこまで言いかけたところで、ボクの自己紹介が三度みたび鳴り響いた破裂音に遮られた。同時に、史輝さんの頭部がスパイクされたバレーボールみたいな勢いでガクンと傾く。

 さっきからろくすっぽ喋れてないな、ボク。

「史輝ぃ~? こ、と、ば、づ、か、い~」

 お気に入りウェポンであるクッションをポンポン叩きながら、柳井さんが一音づつ区切られた警句を垂れた。

「っっってえな、姉ちゃん!」

 頭を擦りながら抗議する史輝さんは、先程柳井さんによってユニットバス内に追いやられ、洗顔と着替えを済ませたところだった。

 こうやって身なりを整えたところをあらためて見ると、精悍な印象を受けるなかなかのイケメンだ。姉である柳井さんも、メガネと地……、おとなしめのファッションによる迷彩に騙されずに観察すれば、かなりの美人であることはすぐに分かる。しかもこうして二人並んだところを目の当たりにしたら、滅多にはお目にかかれない高スペックな姉弟だということを認めないわけにはいかなかった。

「別に構わねえだろ。こっちの方が歳上なんだから」

「歳は関係ないわ。わざわざ私が頼み込んで、時間を割いて来てもらったお客様よ」

 道ばたでヒョッコリ出くわした二匹の猫みたいに睨み合う姉弟をハラハラしながら見守っていたボクは、なんとかヒートアップを抑制しようと横合いから口を挟む。

「まあまあ柳井さん、史輝さんの言う通りですよ。ボクから見たら史輝さん先輩なんですから、ざっくばらんな感じで……」

 だが柳井さんは、ボクのその言葉に厳しい顔つきで首を横に振った。

「ざっくばらんなのは構わない。だけど、史輝の態度はざっくばらんとは言わないわ。ただ横柄なだけ」

 そう断じると、彼女は目線を自分の弟に戻して続ける。

「史輝。棚橋君に敬意を欠いた言動をすると、かなりおっかないことになるわよ。彼が許してくれても、後ろのお二人は許してくれないから、きっと」

 史輝さんがヒクッと身を震わせた。ついでに、なぜかボクの隣に座る大塚さんまでが居ずまいを正す。

 史輝さんはちょっと目を細めてボクの背後に視線を漂わせると、ホゥッと一つ溜め息をついた。

「分かったよ」

 入学式早々、はしゃぎ過ぎで担任の先生に怒られた小学一年生みたいな顔をしながら、史輝さんはボソリと言葉を吐き出した。

「さっきのヤツが変な行動してたのも、その二人が居たから、ってワケだ」

「……もしかして、史輝さんにも見えるんですか?」

 ボクは思わず目をパチクリさせながらそう尋ねる。

「始めは気づかなかったけど、姉ちゃんに言われて分かったよ」

 この姉にしてこの弟ありか。

 柳井さんほどではないにしろ、弟の史輝さんも「見える」人みたいだ。

「じゃあ、あらためて。柳井史輝だ。ヨロシクな」

 相変わらずそっけない挨拶だが、表情はさっきまでと違って柔らかい。叱責がないところを見ると、柳井さん的にも合格点らしい。

「……で、そちらは?」

 史輝さんの視線が横にスライドして、大塚さんにピタリと焦点が合った。

「陽輔の彼女の大塚いずみ。よろしく」

 待て。

 待て待て待て。

 大塚さん、今サラッと嘘ついた。しかも真顔で。

 当然柳井さんはツッコミを入れてくれるんだろうと期待して目を向けたが、彼女も特に反応することなく、何事もなかったようにズレたメガネをちょっと押し上げただけだった。

「へー。ヨースケって高校生じゃねえの? 彼女、歳上なんだ。しかもかなりいいオンナだし」

 史輝さんの言葉、奇しくも何一つ間違ってない。ボクの彼女は歳上で、かなりの美人だ。

 ただ、それは今ボクの横に座っているこの人じゃないけれど。

 けれど、柳井さんですらそれを指摘しないこの場面で、わざわざ大塚さんの申告を否定するのがもう何か面倒くさかった。

 何か害があるわけでなし。いいやもう、それで。

「ところで史輝さん。さっき『あいつらがあんな反応するなんて初めてだ』って言ってましたよね?」

 ボクは大塚さんの偽称ぎしょうを暴くことよりも、ここに来たそもそもの用件の方が気になった。


「ああ。……そうだな、そもそもの最初から話した方がよさそうか」

 史輝さんは脚を組み換えてアグラをかくと、春先この部屋に入居してからの出来事を話し始めた。

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