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柳井史輝、登場

 電車に揺られ、各駅停車で一駅。

 西千葉駅で下車したボクら三人は、柳井さんの先導のもと彼女の弟さんのアパートを目指した。

 駅前にデンと広がる国立大学のキャンパス横を通り過ぎ、信号を1つ渡ると比較的静かな住宅街に入る。家族向けのマンションの他、古くからあるらしい一戸建てに混じって、学生向けのアパートらしきものもチラホラ見られた。

 周囲にはコンビニや生鮮スーパーだけでなく、昔ながらの個人経営の商店もいくつか残っていて、生活するにはなかなか便の良さそうな場所だ。

「こっち」

 辺りをキョロキョロ見回すボクにそう声をかけて、柳井さんは車の多い大きな通りから一本の細い路地へと入っていく。

 その路地は左右に一戸建てが立ち並ぶ静かな場所で、一つ一つの家も今まで見てきたものよりさらに古く見えた。

 ボクはその並びの中に、周囲の一戸建ての中で一際目立つ、箱形の真新しい建物が混じっているのに気づく。

「あそこよ」

 ボクが目に留めたその建物を、柳井さんが静かに指差した。

「まだかなり新しいでしょ。あの場所に住んでいた人が、高齢で身体がきかなくなったので息子さん夫婦と同居を始めたんですって。それで土地を寝かせておくのは勿体ないからって、去年アパートに建て替えて学生たちに貸してるってわけ」

「コーポ岩井」と書かれたプレートの埋め込まれた門の前に立つと、ボクはあらためて建物をしげしげと見つめた。

 明るい昼間の陽ざしの中で静かに佇むその外観は、どこから見ても普通の学生向けアパートで、幽霊だの妖怪だのが出そうな不健康な印象など微塵も感じられない。

 ここまで連れてきた柳井さん自身ですら同じことを感じているのか、ボクの隣で建物を見上げながらしきりに首を捻っている。

「いいところじゃないか。学校やコンビニにも近いし、大通りから一本入ってるから周りも静かだ」

 周りの町並みを見回した大塚さんが、ボクや柳井さんとはベクトルの違う感想を漏らした。しかも直後に「空き部屋あるかな?」という呟きまで加わる。

 まあ確かに。

 ここなら大塚さん達の通う修明大学にも程近く、自転車でも使えばせいぜい五分程度というところだ。

 だけど……。

「大塚さん」

 ボクはちょっと呆れながら大塚さんの方に振り向いた。

「部屋探しもいいですけど、幽霊騒ぎの顛末てんまつ確認してからの方がイイですよ。柳井さんの弟さんの部屋以外にも出たらどうするんです?」

 それを聞いた大塚さんは、ヒクッと変な具合に息を飲んでそれきり押し黙った。

「そうね。空きは二部屋くらいあったと思うけど、陽輔君の言う通りでしょうね」

 そう言うと、柳井さんはアパートの敷地に入り一階の真ん中の部屋へ向かう。

 その後を追って彼女の隣に立つと、部屋のドアには「102」と彫られた金属製のプレートが嵌められていた。その下に取り付けられたフレームには、いかにも間に合わせのように「柳井」とぞんざいな字で手書きされた画用紙が差し込んである。

「ズボラなのがまる分かりでしょ?」

 じっと手製の表札を見つめるボクに気づいたらしく、柳井さんが言い訳するように苦笑いしながらドアを静かにノックした。

「は~い?」

 ドアの向こうから、いかにもだるそうな男の人の声が返ってくる。

「私よ。開けて史輝ふみき

「開いてるよ。勝手に入ってきて~」

 だるそうとか言うより、何かもう投げやりな言いようだった。

 柳井さんは溜め息をつきながらノブに手をかけると、ちょっと乱暴な手つきでドアを開け放つ。そしてツカツカと部屋に踏み込むと、ボクと大塚さんをかえりみて「入って」と告げる。

 おそるおそる覗き込むと、中はキッチン付きの六畳部屋という、典型的な学生向けアパートの間取りだった。

 キッチンと部屋を仕切るスライドドアは開け放たれていて、玄関に立つボクからも部屋の向こうまで全て見渡せる。右にある磨りガラスの扉の向こうはきっとユニットバスだろう。

 柳井さんは靴を脱ぐのもそこそこに六畳部屋まで入り込むと、両手を腰にあててテーブルの前に座り込むこの部屋の主らしき男性を見下ろしていた。

「史輝。お客様が来てるっていうのに出迎えないってどうゆうつもり?」

 厳しい目つきで睨まれているのも意に介していない様子で、その男性は寝癖だらけの頭をガリガリと掻いた。

 どうやら寝間着がわりにしているらしいTシャツは首回りがヨレヨレになっているし、下半身を覆うスウェットも毛玉だらけ。シワだらけのシーツに覆われたベッドは、今しがたまで人が寝ていた様子がありありと見て取れる。

 アグラをかいて座り込んでいるため判然としないが、パッと見かなり背が高そうだ。ただ、腕も脚もものすごく細い上に青白く、間違えてもアウトドア派には見えないタイプな点には誰も異論を挟むまい。

「あんたが祈祷師?」

 姉の苦言をまったく無視して、彼はこちらに向かって横柄な口調で問いかけた。だが、彼の視線の向かう先はボクの顔から微妙にズレている。

「……残念だが、私じゃあないな」

 背後から大塚さんの声がして、ボクはやっと彼の視線がどこに向かっていたのか理解できた。

「じゃあ……?」

 不躾ぶしつけな視線が、部屋に入って以来初めてボクに向く。

「あ……、えっと……」

 言外になされた質問に、ボクは肯定も否定もできずに口ごもった。

 次の瞬間、思わず「ボクも違います」と真実を口にしそうになったが、そう答えれば「じゃあ何でここにいるんだ」という流れになるのは目に見えている。

「ちっ、男なのかよ……」

 黙り込んだのを勝手に肯定と受け取ったらしく、いかにも不満げな口調で、彼がボクの性別に不服を唱えた。

 理不尽だと感じつつも、初対面の相手の部屋に入り込んでいるというアウェーの感触がおのずとボクの腰を低くする。


「す、すいませ……」

 思わず口から出かけた言葉が、空気の一杯に詰まったビニール袋を破裂させたような音に遮られた。

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