柳井結実の召喚
上機嫌だ。
非常に上機嫌である。
由美子さんのカフェを出た後「ショッピングに付き合え」とのご下命を賜ったボクは、何故かカフェに入る前と打って変わって機嫌がすこぶる上向いた大塚さんの後について、あちらの店、こちらの店と次々に連れ回されていた。
しかも、どの店に入っても大塚さんが重点的に手にするのは何故かスカート。
あれほどスカートを穿くのを嫌がっていた彼女が如何なる心境の変化なのかと訝しんでいると、そんなボクの様子に気づいたのか、大塚さんがちょっと苦々しげな表情になった。
「ヒトに無理矢理スカートを履かせておいて、その上昔好きだった男のことまで思い出させたクセにそんな顔をするな」
「い、いや。別にボクは何も……」
慌てたボクは、首を左右にブンブン振りながら弁解する。
そんなボクを見て何を感じたのか、彼女はきゅっと口をへの字に引き結んだ。
「……やっぱり変か? 私がこういう店でスカートを見たりしてるのは」
その言葉を聞いて、ボクは鼻から抜ける微かな溜め息をそっと漏らす。
女の人を誉めるというのは、男達が迂闊にも思い込んでいるほど簡単なことではないらしい。本人がその美点を認識していない場合は、辛抱強く何度も繰り返して誉め続けなければならないのだ。
「さっきも言ってジゴロ呼ばわりされたので、もう一度これを言うのは気が進まないんですが……。大塚さんのスカートルック、とっても素敵ですよ。そんなあなたがお店でスカートを見てるのだって、もちろん全然変じゃありません」
ボクが噛んで含めるようにゆっくりとそう言っても、大塚さんの表情は晴れない。
「うーん……」
彼女は手にしていた商品をラックに戻すと、さっさと店の出入口の方へ歩き出した。
「……まあ、お世辞も二回言われれば、何となく自分でもそんな気がしてきて悪くはない」
まったくもう、この人は。
世の女性達がこぞって羨むほどの美貌を持ち合わせて生まれてきたというのに、よりによって本人評価額がとてつもなく低すぎる。
その時、前を店の出口に向かって歩いて行く大塚さんの背中を見つめながら、ボクはふとあることに思い至った。
さっさカフェで由美子さんから聞いた話。大塚さんが中学時代、好きだった男の子についに告白できなかったという甘酸っぱいエピソード。
大塚さんはそのことについて、競争率の問題じゃなく勇気の問題だと言っていた。
つまり、大塚さんは当時から自分の女性としての魅力に自信が持てなかったのだ。だから恭也さんという人に自分の想いを伝える踏ん切りがつかなかった。
だけどどうして? これだけ綺麗な人が、今まで一度も男の人から好意を寄せられたことがないなんてことあるはずないのに。
まったくもって、この人の恋愛遍歴ときたら謎だらけだ。
そんなことを考えながら、大塚さんの斜め後ろに付き従って通りを歩いていると、突然彼女が手にしたバッグから軽やかなメロディーが流れてきた。
大塚さんは道の端に寄って立ち止まると、バッグからスマホを取り出して耳にあてる。
「もしもし? どうした。珍しいな、結実」
どうやら友達からの電話らしい。
ボクは話の邪魔にならないよう少し大塚さんから離れて、通りの左右に立ち並ぶ店を何とはなしに眺めていた。
距離を取ったのは通話のプライバシーを侵害しないようにという配慮も含んでいたのだが、大塚さんの方は一向に気にかける様子もなく、ボクの耳にまで届く普通のボリュームで話している。
「……いや、連絡も何も……。陽輔クンなら、今私と一緒にいるんだが」
……?
今、なんかボクの名前が聞こえたような気がする。
さっき大塚さん、電話に出た直後に「結実」って言ってたような気がするが、それってもしかして……。
「はぁ!?」
突然の大塚さんの大きな声が、ボクの思考と記憶の遡行を妨げた。
「これからって、もしかして今日、これからか?」
多分間違いない。結実さんって、この前ボウリング場で紹介された柳井結実さんだ。
大塚さんの友達で、ボクのことを知っている「結実」さんと言えば他にはいない。
「い、いや。別に用事らしい用事はないんだが……。え? 何で陽輔クンと一緒にいると言われても……」
柳井さんの質問攻めにあっているらしく、大塚さんの言葉がへどもどとさ迷う。
「……わ、分かった、分かった。じゃあ、二十分後に由美子姉さんの店で……」
大塚さんは何か色々諦めたような声でそう締め括ると、通話を切って悲しげな顔でボクの方を振り返った。
「どうしたんです?」
言葉の端々から大方の内容は把握できていたものの、こういうシチュエーションの常でボクは大塚さんにそう尋ねた。
「陽輔クン、柳井結実って覚えてるか?」
憂鬱そうな大塚さんの言葉に、ボクはコックリと頷き返した。正確に言えば、ついさっき思い出したばかりなのだが。
「その結実がな、キミに会いたいんだそうだ。何でも頼みたいコトがあるとかで」
そう言われた瞬間、首の後ろ側にヒヤリと冷たいものが走った。
柳井さん。
普通の人には見えないものが見える人。
心霊的な側面からボクに興味を持ち、神仏に対する信仰や家系に関する質問をした彼女がボクに会いたいという。
それってやっぱり、今回の話もソッチ系ってことですよね。




