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恋愛談義、白熱

「じゃあ、キミに逆にこうか」

 大塚さんの低い声に、ボクは思わずハッと身を硬くした。

「人間はどうして彼氏や彼女を作らなければならない? 何歳になったら作らなければならない? 作らないとどんな不都合が起きる?」

 根本的な問い掛けというものは、車のライトに照らされた野良猫みたいに人間の心理を硬直させるものらしい。大塚さんのあまりにシンプル過ぎる質問に、ボクは言葉を返せずにうっ、と絶句した。

「彼氏や彼女なんて、作ろうとして作るものじゃないだろう。誰かに出会って、どうしようもなく好きになって、その想いを向こうが受け入れてくれて初めてできるものじゃないのか?」

 ごもっとも。彼氏や彼女というのは、いないと変だから作るというものじゃない。恋愛というものは、ある異性に出会って、理由も分からずその人のことで頭がいっぱいになって、そうやってどうしようもなく始まるものだろう。

 そういう意味では、彼氏、彼女ができるか、恋愛が始まるかどうかはすべて神様が決めているということになる。

「だいたい、周りにあおられて義務みたいに作った彼氏に意味があるのか? そもそも相手にだって失礼じゃないか」

 この話題に関する議論はし尽くしてきたとでもいうように、大塚さんは立て板に水の勢いで持論を淀みなく並べたてた。

「キミも自分のことを考えてみろ。なんで里美と付き合ってる? 周りの誰かに勧められでもしたのか? 『高校生になったことだし、そろそろ彼女でも欲しいなあ』とか思った時に、たまたま里美がそばにいたとかか?」

 自分ではそんなつもりはなかった。まったく意識もしていなかった。

 だがその時ボクは、自分でも気付かないうちに顔をしかめていたらしい。

「……そんな顔をするな。ホントにキミがそうだと言ってるワケじゃない」

 大塚さんは顔の前で右手をハタハタと振って見せながら、溜め息まじりにそう言葉を吐き出す。

「ただ、自分がそう受け取られたらムッとするような浅はかな理由で、みんな他人ひとの恋愛の世話を焼きたがるってことだ」

 反論できなかった。

 誰もが「本当は好きでもない相手と付き合ってるのか」と言われれば否定し、腹を立てるクセに、人には「恋愛って素晴らしいものだから、早く相手を見つけろ」と「恋愛」という形式ありきの勧め方をする。

 しかもさらにショックだったのは、さっきの大塚さんの言葉に出てきた「みんな」の中にはこのボクも含まれていることだった。

 大塚さんの中傷なんかじゃない。ボクが確かに自分自身の意思でその「みんな」の中に入ったのだ。

「すいません……」

 ボクは不意に居たたまれなくなって謝罪の言葉を口にした。

 大塚さんの表情を見る限り、彼女も本気で怒っているわけじゃないみたいだった。片側の眉をひょいと吊り上げてニヤリとするその様子は、どちらかと言えばボクをやり込めた満足感に浸っているように見える。

「いずみちゃん。あんまり後輩クンをいじめちゃだめよ。彼がMなら別だけど」

 テーブル脇で突然聞こえた声に顔を上げると、ボクらのオーダーしたドリンクとケーキが載ったトレーを持った由美子さんがいつの間にか立っていた。由美子さん、さっきまでと何か違うと思って注意を向けると、着けていたエプロンが無くなっているのに気づく。

「はい、そっちつめてつめて」

 由美子さんはベンチソファに座る大塚さんをお尻で奥に押しやると、空いたスペースにストンと腰を下ろした。そしてボクらの前にドリンクとケーキを並べると、モンブランとコーヒーを自分の前に置いた。

「由美子姉さん、お店は?」

 その様子を見た大塚さんが、由美子さんに不審げに尋ねる。

「大丈夫よ。カナちゃんがいるから」

 店内に目をやると、確かにもう一人、二十代前半と思しき女性のウェイトレスさんがレジの前に立ってこちらをニコニコしながら見ていた。お客は今のところ、ボクらの他は中年の男の人が一人いるきりだし、これならお店の運営は大丈夫そうだ。

「……別に陽輔クンをいじめてたワケじゃない。彼も別にMじゃな……」

 そこまで言いかけた大塚さんが、なぜか不意に言葉を濁らせる。

「……いと思うんだが、もしかしてそうなのか。陽輔クン?」

 ちょっと待って下さいよ。どうしてその点に疑いを差し挟むんです?

「そんなワケないじゃないですか。今までにMっぽいところなんか無かったでしょ?」

 ボクはゲンナリしながら大塚さんの疑惑を否定した。

「いや、里美と付き合ってるって、よく考えたらMっぽいと思ってな」

 大塚さんがごくごく真面目な顔でボクの胸の内を容赦なくえぐる。

「……いや、別にいじめられたくて里美と付き合ってるワケじゃないんですけど……」

「あら。棚橋クンの彼女って、そんなにSなの?」

 ボクらのやりとりを笑って見ていた由美子さんが、興味津々のていで話に割り込んできた。

「いや。別にそういうわけでは……。ただまあ……、すごく変わってるのは確かです」

 里美の人となりを何と表現したものかと、考え考えしながらそう答えたものの、結果的にはすごくありきたりな言葉にしかならなかった。

 だがまあそれも、ボクの表現能力に問題があるとかじゃきっとない。ただ、大井川里美という人間を的確に表現する形容詞が日本語に存在しないというだけのことなんだろう。もっと言えば、世界中のどの言語にもそんな形容詞は存在しないに違いない。

いてもいいか?」

 唐突にそう口にした大塚さんが、自分の前のコーヒーカップを手に取ってブラックのまま一口(すす)った。

「キミは、里美のどこが好きになって付き合い始めたんだ?」


 …………。


 何てストレート、かつシンプルな質問。

 とぼけようも、はぐらかしようもありゃしない。コースが外れていることを願って見送るか、一か八かでフルスイングするかの二者択一しかないというくらいの直球全力勝負に来られた。

 これは困った。「訊いてもいいか」と言われて「ダメです」と答えたヤツも見たことないし。

「……急にそう言われても。言葉で説明しろと言われると何て言っていいのか……」

 一球目。取り敢えず見送ってみた。

「ゆっくり考えていいぞ」

 ボクの返事に、大塚さんは至極しごく落ち着いた声でそう返してくる。

 ダメだ。どうやらこの打席は終始直球勝負らしい。もしかしたら全打席そうなのかも。

 もしかしたら助け船が出るかもと、一縷いちるの望みをかけてチラリと由美子さんに目線を送ってみるが、助け船どころか、由美子さん自身がワクワクしたような顔でこちらを見ていた。

 しかたない。

 ここはそれなりに説得力のある回答をしないと、この店を出してすらもらえなさそうだ。


 ……それって、よく考えたら拉致監禁じゃないのか?

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