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見解の相違、さまざま

「だけど大塚さん、どうして今日だったんですか。里美や内野先輩が旅行だからちょうどいいって言ってましたけど……」

 前をズンズン歩いていく大塚さんの背中にそう問い掛けると、突然その足がピタリと止まった。

「陽輔クン。キミ、今なんて……?」

 そう言いながら振り返った大塚さんの顔にはもう怒りの色はない。むしろ目を見開いて驚いたような表情をしている。

「え? ですから、何で今日だったのかなって……」

 大塚さんの反応の意味が掴めず、ボクはただ単純にさっきの質問を繰り返した。

「そうじゃない。今、キミ『里美』って言ったか?」

 ……ああ、そこか。

 昨日、内野先輩相手にやらかしたことを、性懲りもなく大塚さん相手にも繰り返してしまったわけだ。

「いやまあ……、はい。ちょっとこの前、そんなきっかけがありまして」

 だけど大塚さん、そのもともとの引き金は、それこそあなたとのビリヤード勝負の賭けだったじゃないですか。

「ふーん?」

 そもそもの経緯を思い出して納得いかない気分のボクに、大塚さんは何とも分類しがたいたぐいの笑いを向けてくる。

「そうかそうか。それなら私が今日受けたこのペナルティも、あながちまったくの無意味ではないというところか」

 なんか急に大塚さんの機嫌が上向いた。

 大塚さんはクルリとボクに背を向けてまた歩き出すと、さっきとはうって変わった明るい声で話し出す。

「まあこんな格好、なるべくキミ以外のやつらには見られたくないからな。」

「どうしてです? すごく綺麗なのに」

 今度は立ち止まりこそしなかったが、大塚さんはその言葉に少し歩調を落としてボクの隣に並んだ。そして横目にチラリとこちらを見ると、感心したような呆れたような、変な溜め息を漏らす。

「はぁ、なるほど。里美が言ってたことの意味が何となく分かった」

 出た。特に女性に多い、この秘密めかした言い回し。こうゆう時、つられて深追いすると、大概自分に関する不本意な評価を聞かされる羽目になるんだが……。

「大塚さん。もし差し支えなかったら、里美が何て言ってたのか教えてもらえませんか?」

 わざとらしい丁寧な言葉でそう質問するボクに、大塚さんはしれっとした何気ない口調で答える。

「いやなに。前に里美から真剣な顔で忠告されたことがあるんだ。『先輩、気をつけて下さいね。陽輔のやつ、ナチュラル・ジゴロなんで』って」

 ……里美め。あの的外れ評価を、大塚さんにまで吹き込んでたか。

「ちょっと待って下さいよ。何でその里美の忠告に納得しちゃってるんですか? ボクのどこらへんがジゴロなんですか?」

「女性相手に躊躇なく『綺麗』なんて言える時点で、もう十分にジゴロの素質ありだ。そこらへんの自覚がないから、里美に『ナチュラル・ジゴロ』とか言われるんじゃないのか?」

 からかうような口調での大塚さんの指摘が、ズバズバと容赦なくボクのやわなハートに突き刺さる。しかもご丁寧に「ナチュラル」の部分の解説までついてきた。

 それにしても、綺麗なものを綺麗と評価しただけでジゴロのレッテルを貼られるなんて、何てこの世界は生きにくいんだろうか。

「うむぅ~」

 反論かなわず唸るボクを見て、大塚さんがふっと表情を弛めた。

「まあ気にするな。別に悪い評価をしたつもりはないんだ」

 いや、悪い評価ですから。『ジゴロ』って単語自体が悪い評価を含んでますから。




「大塚さん、気づいてます?」

 ボクは自分の隣を並んで歩く大塚さんにそっと小声で囁いた。

「……何にだ?」

 大塚さんはまったく心当たりがないと言わんばかりに、間髪入れずそう切り返してくる。

 今の大塚さんの反応、芝居じゃないのか? この人、さっきからすれ違っている何人もの男の人の視線に本当に気づいていないのか?

 差し当たりの目的がないボクと大塚さんは、どこか落ち着いたところで今日の予定を立てようと、以前里美や柳井さんと行ったカフェを目指して歩いていた。

「男の人達の視線ですよ。さっきからすれ違うたびに皆あなたのことを見てます」

「……そうか……」

 大塚さんが渋い顔になって大きな溜め息をついた。

「……そんなにおかしいか、今日の私の服」

「あの……」

 今の大塚さんの反応に、ボクはもうほとんど本気で笑い出す直前だった。

「それ、わざとですよね? 冗談で言ってるんですよね?」

 そう言われてキョトンとする大塚さんを見て、ボクは彼女がまったく真剣なのに気づかされる。

「いや、あの……」

 これは困った。この人、もしかして家に一つも鏡が無いのでは?

「……違いますよ? 皆あなたに見とれてるんですよ」

 実際、駅からここまで大塚さんが一度も男性に声をかけられていないのは、ひとえにボクが彼女の横に付き従っているからに他ならない。もし彼女が一人で歩いていたら、いったい今まで何人の男に声をかけられていたことか。

 一方、意図せずに大塚さんの盾となったボクは、物欲しそうな目の男達から何度となく敵意の込もった視線を向けられて居心地の悪い思いをしていた。

 けれど大塚さん本人の見解はボクとはまったく違うらしく、急に口をへの字にして歩調を速めた。

「……そんなことあるわけないだろう。バカなのか、キミは」

 そう言って大塚さんがスタスタと歩いて行ってしまったせいで、けっこう距離があったはずの目的のカフェまでかなりあっという間に到着してしまった。

 店の前に着いても大塚さんは行動速度を落とさず、まるでボクを置き去りにしようとしてるみたいにさっさとドアを開いて店内に一人で入ってしまう。

 半ば本当に置き去りにされかけたボクは、慌てて大塚さんの後を追った。

 そのボクがドアをくぐるのと、金属質な「あらまあ!」という女性の声が店内に響いたのはほぼ同時だった。

 何事かと声のした方を見やれば、目を丸くしたエプロン姿のこのカフェのオーナーと思われる女性が、手を口に当てながら大塚さんを凝視している。

「いずみちゃん。どうしたの、いったい?」

 女性の視線を追うと、その向かう先は大塚さんが穿いた紺のスカート。どうやらこの人、大塚さんのスカート姿に驚いているようだが、いくら珍しいと言ってもちょっと驚きすぎじゃないだろうか。

「あなたがこの店に来るようになってからかなり経つけど、スカートを穿いてるのなんて初めて見たわ!」

 ……は、初めて?

 ここはそもそも、大塚さんが馴染みだという理由でいつぞやのビリヤード勝負の後に来た店だ。その時もこの女性とのやりとりから察するに、大塚さんはかなりの常連なんだろうと当たりをつけていたのだが、それにも関わらずスカート姿を初めて見たとは……。

「まあ、事情はだいたい察しがつくけどね」

 女性はそう言いながら、口元を弛めてチラリとボクに視線を走らせた。


「まあ、そうよね。女の子が変わるきっかけって、そういうことよね」

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