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クライマックスは突然に

「さあ彩音ちゃん、何が観たい? 先にチケットを買って、先輩に見つからないようにどこか他の場所で上映時間まで待ってよう」

 ボクは発券機の上のスクリーンに表示された上映スケジュールを見上げながら、まだ隣で鼻をスンスンいわせている彩音ちゃんの手をキュッと握った。

 ざっとスクリーンを見渡してみると、十二のシアターにかかっているタイトルは七つ。幾つかのタイトルは字幕、吹き替え、3Dのうち複数が上映されているものもあり、今一番の話題作と言われているタイトルなどはその三つすべてが上映されていた。

「……私、あれが見たい」

 彩音ちゃんがちょっとしゃくり上げながら指差したのは、何とバトル少年マンガの劇場版。何を隠そう、ボクも小学生の頃からずっと大好きで、今でも単行本が発行されるたびに本屋に足を運ぶ人気マンガの実写映画化作品だった。

 いや、だけどこれ、どう考えても中学生の女の子が見たがるジャンルとは思えないんだけど?

「あ、彩音ちゃん、こういうの好きだったっけ?」

 首をほとんど九十度近くまで傾けたボクは、目尻の涙の跡も乾ききらない彩音ちゃんにそう尋ねた。

 彩音ちゃんはフルフルと首を横に振ると、ボクの手をそっと握り返しながら小さな声で呟く。

「でも陽ニィは昔から好きだったでしょ? この『デュエル・レベル0』」

 あ、このタイトルチョイス、もしかしてボクのため?

「そりゃそうだけど……。でも彩音ちゃんの好きなの観ていいんだよ? せっかくここまで苦労して映画を観に来たんだから」

 ボクが遠慮してそう言うものの、彩音ちゃんは再び首を振ってニッコリ笑った。

「私はいいの。ただ陽ニィと一緒に映画を見たかっただけだから、映画のタイトルは何でもいい。それに、あの時のお返しまだしてないし、今日は陽ニィの好きな映画にしよ?」

「お返し?」

 ボクは彩音ちゃんの言葉の中に不意に現れた意外な単語に思わず反応する。

「そ、お返し……」

 そう短く返した彩音ちゃんが、ふと寂しげな表情を見せた。

「う~ん。そっかぁ、陽ニィは覚えてないかぁ……」

 その呟きを最後に、ボクらの間に沈黙が垂れ込める。

「……あのぅ~」

 背後からの躊躇ためらいがちな声にはっと振り向くと、そわそわしながらボクらを上目遣いに見る一組のカップルと目が合った。

「あ……、ご、ごめんなさい」

 券売機の真ん前で彩音ちゃんと話し込んでいたせいで、他のお客さんたちの邪魔になってしまっている。

 ボクは急いで次の上映回のチケットを二枚購入し、彩音ちゃんを連れて券売機の前を離れた。

 軽く頭を下げながら待っていたカップルの横を通り過ぎた後、背後から「さっきのカップルの彼女ちゃん、ちっちゃくてカワイイだったね」「え。オレ、仲のいい兄妹だと思ってたぜ?」とかいう会話が耳に入ってきた。

「陽ニィ」

 彩音ちゃんがフロア内のスクリーンに表示された上映スケジュールを見ながら、ボクのシャツの裾をクイクイと引っ張った。

「上映まで、まだかなり時間あるね……」

 言われて、チケットに書かれた上映時間とスマホのディスプレイを見比べる。確かに彩音ちゃんの言う通り、上映時間まで小一時間ほどの時間があった。

「そうだね。入場できるのが上映開始の十五分前からだから、それまで隣のゲームセンターにでも行ってようか。ここで上映を待ってると、また先輩に見つかりそうな気がするし……」

「うん、そうしよ」

 合流して以降、やっとのことで彩音ちゃんが笑う。

 このベイ・ハーバー・シティには、シネコンとすぐ隣り合って巨大なゲームセンターがある。その大きさたるや、土地のあり余った地方の学校の体育館二つ分くらいはありそうだ。

 しかも最近になって気づいたが、このゲームセンターは二階にも同じ大きさのフロアがもう一つあって、その気があるなら一日中でもここで時間を潰せるに違いない。

「ふわぁ……」

 イルミネーションでやたらとピカピカ光る入口をくぐった彩音ちゃんが、内部のあまりの広さに驚いてその場で立ち止まったために、ボクは危うくその背中に勢いよく追突しそうになった。

「すっごーい。なあに、この大きさ」

 ボクらが入った入口は建物のほぼ中央にあって、そこから右側半分はコインゲームやプリクラのコーナー、左側は小さな子供向けのカードゲームやクレーンゲームが並んでいる。格ゲーやレーシングなどのアーケードコーナーはきっと二階にあるんだろう。

 もちろん彩音ちゃんは左側のクレーンゲームコーナーに一目散だ。

「フムフム」

 何やら見たこともないような真剣な顔でズラリと並ぶ筐体を見回すと、彩音ちゃんは一台のマシーンにピタリと視線をロックする。

 彼女が小走りに駆け寄ったのは、何とも表現しがたい奇妙なタヌキとおぼしきキャラクターのビーズクッションが山と積まれた筐体だった。

「陽ニィ、これ! これ欲しい!」

「へえ……?」

 彩音ちゃんに手招きされてマシーンに近寄ったボクは、積み上げられたクッションをガラス越しに見つめながらキレの悪い返事を返す。

 クッションに印刷されたキャラクターは、吊り上がった目と振りかざした鋭い爪で、もはやタヌキだかハイエナだか分からない。いや、ひょっとしたらオオカミなのかも知れないな。

「ふわぁ、カワイイ~」

 彩音ちゃんが漏らした嘆声に思わず首を傾げそうになるのを、すんでのところで何とか自制する。

 クラスの女子達もそうだが、彼女らが「カワイイ」と評するものは、往々にしてボクの目には「コワイ」とか「キモイ」ものに映ることがある。この感性のズレは時として向こうが期待していない反応をボクに促すらしく、しかるべくアウトプットを修正しないとそこそこ深刻なトラブルに発展しかねないのだ。

「ねえ陽ニィ、これ取れる?」

 コイン投入口を確認すると、このマシーンはワンプレイ二百円らしい。しかもクッションの一つはいい具合にシュートに向かって傾いていて、千円札を一枚崩せば十分にゲットできそうだった。

「ちょっと待ってて」

 ボクは彩音ちゃんにそう言い残して両替機に向かう。クネクネとマシーンの間を縫うような通路を右往左往し、ようやく見つけた両替機で千円札を百円玉に崩した。

 手の中で十枚のコインをジャラジャラ言わせながら彩音ちゃんのところに戻ったボクは、次の瞬間目に飛び込んできた光景に、危うくコインを取り落として床にぶちまけそうになった。


「やあ陽輔、遅かったな」

 見ようによっては慈しむようなしぐさで彩音ちゃんを背後から羽交い締めにした先輩が、ボクを見つめて不敵に笑っていた。

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