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柳井結実の心霊診断

「このコ、私と同じ国文科の二年生なんだが、いわゆる『見える』人らしくてね」

 大塚さんが隣に座る柳井さんの方にクイッと首をかしげて見せる。

「この前の胆試しの報告を強制されたと思ったら、話が終わるなり『その大井川さんと彼氏さんに会ってみたい』って食いつかれたワケだ」

 ボウリング場から大塚さん御用達ごようたしだというカフェに場所を移したボク達は、窓際のボックス席に陣取って銘々オーダーを済ませたところだった。

 さっきのゴミゴミした繁華街にあるボウリング場から数分しか離れていない場所にこんなオシャレなカフェがあるとは意外だったが、この雰囲気の中で「見える」とかそんな話をするなんて、なんか場違いな気がしてしかたがない。

 それよりさらに気になるのは、ボウリング場で初めて顔を合わせた時に始まって、向かい合わせに座っている今この時も、なぜか柳井さんに穴が開きそうな勢いでジッと見つめられていることだ。

 ライトブルーのワンピースに白いジャケット姿の柳井さんは、くいっ、と眼鏡を押し上げながらジロリと横目に大塚さんを睨み、子供のいたずらを叱るお母さんみたいな調子で口を開いた。

「いずみちゃん、沢村総合病院はホントにアブナイからやめておきなさいってあれほど言ったのに聞かないから。結局コワイ目に逢って慌てて逃げ出して、その上そこの大井川さんを置き去りにするなんて……」

「うっ…………」

 柳井さんの容赦ない非難に大塚さんが呻いた。

「そのことはもう何度も謝っただろう。こんなところで蒸し返すなよ」

 スラリとした長身を縮こまらせながら居心地悪そうにする大塚さんを放置したまま、柳井さんが再びボクをジッと凝視する。

「ところで棚橋君……」

「は、はい?」

「キミのおうちって、神社かお寺?」

 なんだ、この突拍子もない質問は? ボクの家が神社か寺?

「いえ、ただのサラリーマン家庭ですけど……」

 質問の意図が掴めないまま、ボクは面食らってそれだけ答えた。

「そう……」

 なぜだか柳井さんの顔が意外そうだ。

「キミ、神社やお寺にはよくお参りする?」

 この人、いったい何なんだろう。

 胆試しのエピソードに興味を持っていると大塚さんから聞いた時には単なるオカルトマニアかと思ったが、見えるとか見えないとか言われると、そんな甘いもんじゃないんじゃないかという気がしてくる。

「まあ、結構よく行く方だと思います。うちの父親がそういうの厳しいんで。自分の産土神うぶすなには毎月掃除とお参りに行きますよ」

「へえ~! じゃあ、お寺の方は?」

「お彼岸とお盆にご祈祷してもらいます。それからお墓参りして……」

「なるほど。それでなんだ……」

 柳井さんが何やら得心げに頷く。

 そしてボクから先輩に視線を移してニッコリと笑った。

「大井川さん、幸運だったね。彼氏が棚橋クンみたいな人で。胆試しの時、もし棚橋クンが迎えに来てくれなかったらホントに危なかったかもよ」

「それって、どういうことですか?」

 先輩が怯えたような顔で柳井さんに質問する。

「あそこね、ちょっと危ない霊がたくさん憑いてるのよ。棚橋クンがいたから彼らも手を出せなかったみたいだけど、もし一人だったら連れてかれてたかもね」

 そう答える時の柳井さんの顔が、えも言われぬ凄みがあってちょっと怖かった。

 何が怖いって、ニッコリ笑顔のままなのが怖い。こういう時って、ちょっと嚇かしてやろうみたいな顔をされた方が返って恐怖が中和されるものだ。

 しかも「連れてかれてた」って何? どこに連れて行かれちゃうの? なんで連れて行かれちゃうの?

「どうして陽輔クンがいると手が出せないんだ?」

 横あいから大塚さんが質問を挟む。

「分かりやすく言えば、棚橋クンって神仏やご先祖様の加護がスゴく強いのよ。私も今まで見たことがないくらいに。きっと真面目に神社仏閣やお墓をお参りしているからだと思うけど……」

 そこで柳井さんは口をつぐむと、手をアゴにあてて少し考えるそぶりを見せた。

「……でも、それだけじゃないような気がする」

 期せずして訪れた沈黙の中、柳井さんばかりか、大塚さんと先輩にまでじっと目を向けられてなんとも居心地が悪い。

「そう言えば棚橋君。キミって自分の家の家紋って分かる?」

 突然柳井さんが思い出したように口にした。

「家紋ですか?」

 自分の家の家紋なんて普段気にしたこともないし、急に尋ねられてもパッとは思い浮かばない。

 ええっと。……あ、そう言えばお盆の時に使う提灯ちょうちんに描いてあったような気がするな。

「確かこんな……」

 宙に指でふよふよと見えない図を描こうとするボクを見かねて、柳井さんがバックから取り出したボールペンとメモパッドを差し出してくれる。

「すいません」

 ボクは受け取ったメモの上にヨレヨレの線で図を描きつける。あんまり複雑なヤツじゃなくて良かった。

 円の中にオタマジャクシが三匹、同じ方を向いて泳いでいるような図。確かオタマジャクシは白抜きで、円内の他の部分は黒く塗りつぶされていたような気がする。

「左三つ巴なんだ……」

 ボクが描いた至極いい加減な図を見た柳井さんが感嘆したような声を漏らした。

「棚橋君。キミ、一度ご両親に家系図が残ってないか聞いてごらん」

「家系図ぅ!?」

 なにか聞き慣れない単語がいきなり飛び出してきた。わざわざ両親に尋ねるまでもなく、そんなもんが我が棚橋家にあるはずがない。

 だいたい家系図なんてものは、重要文化財に指定されている築何百年なんて木造家屋から出て来るものと相場が決まってるもんじゃないのか。ボクの住んでるボロいマンションから出て来るのなんて、せいぜい何年か前の古新聞くらいのもんだ。

「左三つ巴は八幡宮の神紋だしね。何代かさかのぼってみたら、やんごとなき血筋にたどり着くかも知れないよ?」

 柳井さんがフッと柔らかい微笑みを浮かべてそう言う。

 そしてその直後、急に表情をあらためて辛うじて聞き取れるくらいの声でポソッと呟いた。


「そうでもないと、キミのその桁外れの神気、説明がつかないんだよね……」

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