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そして柳井結実は現れる

「そんな……。なんで?」

 大塚さんが何に驚いているのかはよく分かった。

曲撞き(トリック・ショット)です」

 ボクはふうっと息を吐き出しながら大塚さんの方を振り向いた。

「前にパソコンの動画でプロがやってるのを見たことがあるんですよ」

 普通、密着している二つの球の片方に手球を当てた場合、もう片方の球は二つの球のそれぞれの中心を結んだ直線上にしか動かない。だが手球にヒネリを入れて回転を与えると、最初に触れた球に摩擦で正反対の回転が加わり、さらに同様の原理で二つ目の球にもそれが伝わる。結果、二つ目の球は羅紗らしゃとの摩擦によって本来のコースとは違う方向に転がるのだ。

 そういった一見攻略不可能に見える配置を特殊な撞きかたでクリアしてみせるアトラクションを「曲撞き(トリック・ショット)」と言い、けっこう数多くのパターンが考案されている。

「私の負けか……」

 大塚さんがテーブルを見つめながら下唇を噛んで悔しそうに呟いた。そしてチラッとボクを横目に睨むと、急に威圧的な口調になって言い放つ。

「陽輔クン。キミにうちのサークル『イエロー・ストライプ』への入会を命じる!!」

「…………え?」

 一瞬何を言われているのか分からず、反応がたっぷり三秒ほど遅れた。

「大塚先輩!?」

 大井川先輩も大塚さんの意外な言葉に目をパチクリさせている。

 ちょっと待って。待って、待って。そもそも前提がおかしい。

「待って下さいよ、大塚さん。ボクが大塚さんや先輩の大学のサークルに入れるワケないじゃないですか」

「うちのサークルは学外オープンだ。実際、メンバーには他の大学や短大の者も数名いるよ」

 パチッとウインクして見せながら大塚さんが指で髪を鋤く。

「もっとも高校生がメンバーになるのというのは初めてだがね。まあ、別に問題はなかろう」

「問題ありまくりですよ!」

 ボクは思わずそう反論して、次々と頭に浮かぶ問題を順不同、敬称略で並べ立てた。

「ボクのビリヤードの腕前なんて大したことないし……、それにボクは受験生です。サークル活動に時間をくなんて無理ですよ。そもそもボクの意志も聞かずに『入会を命じる』って……」

「たった今しがた、ハンデありとは言え私を負かした腕前は入会の資格十分! 受験生である事情については最大限考慮し、来年三月までは本格的活動への参加は猶予を与えよう。あと、キミの意思についてはこの件に関する判断材料とはならない」

 ボクの言葉が終わらないうちに、大塚さんが有無を言わせぬ口調でこちらの反論を各個撃破する。

 しかしボクの意思が判断材料にならないって……。早い話が「四の五の言わずに言うこと聞きやがれ」ってコトじゃないですか。


 ……暴君だ。この人、先輩以上の暴君だ。


「里美だって、自分の彼氏が同じサークルだったら嬉しいよな?」

「…………え?」

 ことの成り行きに茫然としていた先輩が、大塚さんの同意を半分強制するような問い掛けに辛うじて反応した。

「いやまあ……、はい」

 なにやら先輩の返事の歯切れが悪い。目も伏せがちだし、あんまりボクの入会には乗り気じゃないみたいだ。

「よし、じゃあ決まりだ!」

 ボクの反論も先輩の気乗りしない様子もサクッとスルーして、大塚さんが一人元気イッパイに宣言した。




「先輩、なんか元気ないですね?」

 いまだぎこちない動きでキューを操る大井川先輩に、ソファーに座ったままの姿勢で声をかけた。

 当初の予定に戻って先輩のゲームの相手を大塚さんから仰せつかったボクは、何とか接待プレーを敢行しながら数ゲームをこなしていた。

 その間、始終しゅうし眉間に皺を寄せっぱなし、黙りっぱなしの先輩は、ボクのその言葉にも返事をせずにジロッと横目でこちらをすがめただけだった。

 なんか先輩の機嫌が悪い。

 きっとボクが本気で大塚さんのスカート姿を見たがってるとまだ誤解してるんだろう。

 当の大塚さんはと言えば何やらスマホで誰かと通話中で、入口から昇って来る階段の方をしきりに気にしながらキョロキョロしていた。

 先輩が四番を外してソファーに戻って来ても、ボクは立ち上がらずに先輩が隣に座るのを待った。

「先輩。ホントに誤解ですからね、さっ……」

「陽輔。モテ過ぎだろう、お前」

 目を合わせないまま、ボクの言葉を途中でさえぎって先輩が不機嫌な声で唸った。

「はい?」

「イヤな予感はしてたけど、やっぱり大塚先輩まで……」

 そこで言葉を切り、いきなり顔をこちらに向けてギロリとボクを睨む。

「このナチュラルジゴロめ!」

「なに言ってるんです、先輩?」

 ポカーンとしたボクの顔がお気に召さなかったのか、先輩の目がさらに細められた。

「大塚先輩はな、普段あんなに男と気軽に話をする人じゃないんだ。それなのにお前にはなぜだか……」

「まさか先輩、大塚さんがボクのことを気に入ったとか思ってるんですか?」

 ボクはその先輩の深読みに思わず笑いを漏らす。

「先輩、いくら何でもそれは……。大塚さんから見たらボクは年下だし、ちょっとからかいやすいってだけですよ、きっと」

「サークルにも一年の男子が何人かいるぞ。大塚先輩から見たら年下のな」

 先輩の言葉に、思わずうっ、と返事につまった。

「なのに先輩、お前に対してはサークルの後輩より親しげに話すし、その上サークルに誘いまでしたじゃないか」

 そう言われると、確かになんとも反論しがたい。

 今日ボクが呼び出されたのは、もともとこの前のトラブルの謝罪をしたいからという理由だったはず。そこまではまあ、何とかギリギリ納得できる。

 だけどその相手を、あんなに強引にサークルに引き込もうとする目的はよく分からない。

「もしかしたら先輩のためなんじゃないですか? さっき大塚さん『彼氏が同じサークルだったら嬉しいよな?』って先輩に言ってたし……」

 自分の頭に突発的に浮かんだこじつけとも思える発想に、ボクは一()の望みをかけてすがった。

「なんで私だけなんだ。サークルのメンバーには他にも彼氏や彼女持ちがいるのに?」

 ダメだった。まったく取りつく島がない。

「あ!」

 その時、ボクと先輩の間の重苦しい雰囲気に割って入るように大塚さんの声がフロアに響いた。

「おーい、こっちこっち!」

 何事かと目をやると、大塚さんがスマホをジーンズの尻ポケットにしまいながら受付カウンターの方向にブンブンと手を振っている。

 カウンター前にはかなりの数の人がいて、大塚さんが手を振る相手が誰なのか見分けがつかない。

 だが、やがてカウンター前の局地的な人混みから一人の小柄な女性が苦労して抜け出してきた。その人は一度立ち止まってズレた眼鏡を直すと、大塚さんに胸元で遠慮がちに手を振り返しながらこちらに近づいてくる。

「キミに会いたいと言ってたもう一人の人物が到着したぞ、陽輔クン」

 こちらを振り向いた大塚さんが、明るい声でボクにそう告げた。

 ああ、この前の胆試しの話に興味を持ったっていうあの人か。先輩がヘソを曲げているこんなメンドクサイ時に、何とまあ間の悪い。

 ……それにしても、あの人がそうなのか? 数メートルごとに他の人とぶつかっては、そのたびにペコペコ頭を下げながらこっちに近づいてくるあの女の人が。

 その人はようやっと大塚さんのところまでたどり着いて「お待たせー」と申し訳なさそうに言うと、ボクと先輩に向き直ってペコリと頭を下げた。


「はじめまして。大井川さんと棚橋君ですよね。私、柳井やない結実ゆみと申します」

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