棚橋陽輔は反撃する
「分かりました。やりましょう、先輩」
ボクは一番から九番までのカラーボールを選んでボールシュートから取り出し、木枠を使ってテーブル上にダイヤモンド形に並べた。
だって大塚さんの狙いがすでに達せられてしまった今、ゲームをするコト自体を拒否しても意味はない。しかも先輩の腕を見る限り三対一のハンデがあっても負けるとは思えないし。
まあ偶然という要素が大きく介入するナインボールで勝負という部分にリスクはあるが、さほどの脅威にはならないだろう。であれば、勝負を拒否してこれ以上話をこじらせる方がボクにとってはよほど面倒だ。
「だけど……」
ジロリと横目で大塚さんを睨みながら木枠をシュートにしまう。大塚さんのなすがままにされてばっかりでいられるか。
「まだボクが勝った場合の条件を聞いてないんですけど?」
大塚さんがニコッと笑い、先輩がピクッと身体を震わせた。
「よし。キミが勝った場合は、特別に私のコトを『いずみ』と呼ばせてやろう」
それ、さっき無条件で許可が出てたじゃないですか。しかもボク「ムリ」って言いましたよね。
しかもこの成り行き、そもそもの最初からボクとしては非常に納得が行かない。
突然サークルの部外者であるボクにキューを握らせて先輩との勝負をけしかけた揚げ句、ちょっとした賭けに見せかけた飛んでもない爆弾を投下してくれた大塚さん。しかもその爆弾ときたら解体不可能の上、時限式でいずれ必ず爆発するというシロモノなんだから。
こんなイタズラと呼ぶにはあまりに巧妙で深刻な罠を仕掛けてくれた以上、大塚さんにもある程度のプレッシャーを背負ってもらわなくてはなるまい。
「いえ、それはイイので……」
何か捻り出せ、ボク。
けして陰湿ではないが、大塚さんにとって相当のダメージがある条件を。
その時、拗ねて反抗する子供を苦笑しながら見守る保母さんみたいな顔の大塚さんを見ていると、突然ボクの頭に天から何かが降りてきた。
カーキのタイトなシルエットのブラウスにスキニージーンズ姿の大塚さん。
きっとコレは効く。間違いなく効く。
ボクはフウッと息を吐き出すと、一言づつ区切るようにゆっくり言葉を送り出した。
「もしボクが勝ったら、大塚さんのスカート姿が見てみたいです。なるべくフリフリの、レースとか付いたヤツ」
さすがだと思った。
すぐに取り乱す先輩と違って、大塚さんは保母さんみたいな包容力タップリの微笑を崩さない。けれど、口の右端と左のこめかみがピクッと引き攣るのはさすがに抑えられなかったみたいだ。
「陽輔!? まさかお前大塚先輩のコト……」
ほらね。当の本人より先にこの人が取り乱した。
こちらを射抜かんばりに睨み付ける先輩の背後に、燃え盛る紅蓮の炎が見えた。
きっと今の要求を聞いて、ボクが大塚さんに個人的な興味を持ったと誤解したんだろうが、今はその誤解を解いている場合じゃない。大塚さんを駆け引きに巻き込むことの方が先決だ。
「どうですか、大塚さん?」
大塚さんの瞳の中に、先輩の背後に見えたのと同じ光景が広がる。
「陽輔クン。キミ、私が思ってたよりずっと油断ならない男みたいだな」
やったぞ、今の大塚さんのセリフ。どうやらボク、大塚さんの唯一と言っていいウィークポイントを探り当てたらしい。
大塚さんの服装、髪型、言葉遣い。彼女はもはや、中性的を通り越してかなり男っぽいキャラクターだ。その大塚さんがガーリッシュな服装を強要されるというのは、本人にとってはかなりダメージが大きいはず。
「だがもしその条件でやると言うのなら、キミの相手は里美というワケにはいかないぞ?」
いつの間にか、大塚さんの顔から微笑が消えていた。
コワイ。もしかしてボク、寝ているトラの尾を踏んだか?
「キミの相手は私がする。もちろん多少のハンデはつけてあげるが……。そうだな、五対三。その条件なら、キミの要求をのもう」
大塚さんの目がスッと細まるのを見て、ボクは思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
「どうする? この勝負、受けるか?」




