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矛先は意外なところから向けられる

「あはは。ほったらかしにして悪かった、里美」

 ソファーから軽やかに立ち上がった大塚さんが愉快そうに笑った。

「じゃあ、今度は先球の狙い方を教えよう」

 大井川先輩の背後に覆い被さるようにしてビリヤードのレッスンを再開した大塚さんをボーッと眺めながら、ボクはさっき彼女に言われたことを頭の中で反芻はんすうしていた。

 後からここにやって来るという、大塚さんがボクに会わせたい人っていったいどんな人なんだろうか。あの胆試しの時の話でボクに興味を持ったと言っていたが、ということはソッチ関係に傾いてる人か?


 あんまり会いたくない。


 その時真っ先に頭に浮かんだ感想がソレだった。

 だいたいボクがあんな目に逢ったのも元はと言えば先輩に巻き込まれた事故みたいなもので、本来ボクは胆試しどころか、そういう噂のある場所にわざわざ自分から近寄るような趣味はない。

 もしその辺りに誤解があるようならキチンと解いておかないと、下手に心霊マニアか何かと勘違いされたら色々面倒なコトに巻き込まれそうな気がする。

 そんなことを陰鬱な気分で考えながらガシガシと頭を掻いた。

 こんな面倒事に巻き込んでくれた張本人である大井川先輩はと言えば、何かとてつもなく苦いものでも噛みしめているかのような顔で真剣にテーブルの上に屈み込んでいる。

 先輩。そんな強ばった顔で構えるからストロークまでガチガチになるんですよ。

「あー、里美。もう少し肩の力を抜いて構えろ」

 ボクと同じ感想を持ったらしい大塚さんが先輩の両肩をポンと叩いた。

「力を入れるのは肘から先だけでいい。それもキューが手球に当たる瞬間だけだ」

 そう言われても大井川先輩にはなかなかピンとこないらしく、入れるべき所の力が抜けたり、抜くべき所に力が入ったりとフォームがなかなか安定しない。

 それ以前にそもそもこの人、ビリヤードみたいな繊細な競技に性格上向いてないような気がする。

「どうもうまく行かないな」

 額に手を当てた大塚さんが口をへの字にしながらボソッとつぶやいた。

「里美、もういい。身体の一部分に気を回すな。それより陽輔クンとキスしてるところでも思い出しながら構えてみろ」

 ちょっと。なんてコト言うんだ、この人。

「ふえ!?」

 大塚さんの根拠不明な指示に、大井川先輩もリストラを告げられたサラリーマンみたいに困惑した顔で目を丸くする。

 しかも先輩の構え、そう言われたとたんに目に見えるほどガチガチ具合が増した。まったくの逆効果だ、これ。

「……おいおい」

 両方の人差し指でこめかみの辺りを押さえながら、大塚さんが盛大な溜め息をつく。

「彼氏とのキスを思い浮かべて返って固くなるとか……。陽輔クン、キミもキミだ。いったい二年も何をしてたんだ? まったくだらしがない」

 あれ。なんかよく分からないが矛先がこっちに向いたぞ?

「二年も付き合ってたら、キスなんて食事や睡眠と同じくらい当たり前になってるモノだろうが?」

「「え!?」」

 ボクと先輩が同時に発した驚きの声に、大塚さんが腕を組んでわずかにボクの方に向き直った。

「そ、そういうもんなんですか……?」

「し、食事や睡眠と同じ……」

 動揺を隠せないボクと先輩の様子を見た大塚さんが、突然フッと相好を崩す。

「いや、よく分からないがな。私は彼氏持ちじゃないし。そうなんじゃないかと勝手に想像しただけだ」

「……ちょっと大塚さん」

 目を細めて睨んでみるも、ボクとしてはキスに関する所見より大塚さんに彼氏がいないという情報の方が気になった。

 飛び抜けた美人に彼氏がいないという現象は、周囲の男性達の気後れという要因でしばしば発生するものだが、大塚さんの場合もそうなんだろうか。それとも大塚さんくらいの美人になると、本人の理想が高すぎるという可能性もあり得る。

「分かった、分かった。なら陽輔クンと二人きりで食事をしてるところを思い浮かべてみろ」

 大塚さんが出した譲歩案に、先輩の顔がまたしてもヒクッと固まった。

「ええ!? それでもまだダメなのか?」

 言葉自体は先輩に向けられたものだったが、大塚さんのあきれたような視線は明らかにボクの方に向いていた。

 いや。だからこっちに矛先を向けないで下さい、大塚さん。




 手を変え品を変えの大塚さんによる必死な指導の結果、小一時間ほどでなんとか大井川先輩もそれなりに球を撞けるようになってきた。

 あんまりレッスンが長引くと、大塚さんの的はずれな非難がまたこっちに向くんじゃないかとヒヤヒヤしていたボクもちょっと胸を撫で下ろす。

「よし。里美もけっこう撞けるようになってきたし、ちょっとゲームでもしてみようか」

 肩を回しながらコキコキと音をさせる大塚さんが、フウッと息を吐き出しながら言った。

 それを聞いて一区切りついたらしいと感じたボクは、三人の飲み物でも調達してこようとソファーから腰を浮かせる。

「ああ、陽輔クン」

 受付脇の自販機に足を向けようとしたボクを大塚さんが呼び止めた。

「キミはビリヤードの経験、あるのかい?」

 ありゃ。先輩の前でその質問をされてしまった。

 実はボクも中学の時、何人かの友達としばらくビリヤードにのめり込んだ時期があった。それを先輩に知られると、また練習に付き合えだの何だのとまとわり付かれそうな気がして内緒にしてたんだが。

「中学の頃、ちょこっと遊び程度にやっただけですけど」

「ふーん……」

 大塚さんはそう答えるボクを少しの間見つめると、ハウスキューが掛けられたラックに歩み寄って一本抜き出した。それをテーブルの上で転がして反りがないことを確認し、ボクに向かって差し出す。

「どれ、ちょっと撞いて見せてくれ」


「え? ボクがですか?」

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