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そしてやはり、廣沢彩音も再び……

「陽輔? よ~すけぇ~?」

 スマホから大井川先輩の声が漏れている。

「どうした陽輔。なんで電話口に出ないんだ?」

 余裕のある優しい口調から、ちょっと咎めるような色を含んだ声色に変わっていく。ボクの頭の中に点滅を始めた青の歩行者信号のイメージ画像が浮かぶが、どうしてもスマホを耳と口の高さまで持ち上げることができない。

 なぜか。

 土曜のもうすぐ昼という時間、居間でくつろいでいたボクのスマホが鳴り始めた瞬間に、ボクの右腕に飛び付いて通話を妨害した人物がいる。

「陽輔。電話は繋がってるぞ? からかってるのか?」

 マズい。先輩の声の高さが危険域まで下がりつつある。

 スマホを持った腕を持ち上げることを断念したボクが、顔の方からスマホを迎えに行こうとした瞬間、ボクの右腕にしがみついていた人物の方が先にそれを実行した。

「大井川さん!? 毎週毎週陽ニィを連れ出して! もういい加減にして下さい!」

 スマホが一瞬沈黙した。

「……お前、彩音あやねか?」

 わあい。先輩の声が危険域に突入したあ。

「そうですよ。他に誰がいるんです? 陽ニィの横に付き添う資格を持った女の子が?」

「ここにいるぞ。『陽輔の横に付き添う資格を持った唯一の女の子』が」

 それを聞いた彩音ちゃんがフッと鼻にかかったそしり笑いを漏らす。

「それはどうですかね? 話を聞く限り『陽ニィに介護してもらう資格を持った唯一のオバサン』という感じみたいですケド?」

「なんだとぅ!!!?」

 彩音ちゃんの頭越しでも耳に響く程の大音量がスマホから飛んできた。ボクでさえそうなんだから、通話口に耳をつけていた彩音ちゃんにしたらたまらない。弾かれたように仰け反った彩音ちゃんの頭がボクのアゴにガチン、と勢いよくヒットした。

「「あいたぁ!」」

 ボクと彩音ちゃんの悲鳴がキレイにシンクロする。それでもボクの腕を抑える手を離さない彩音ちゃん、いっそ見上げたもんである。

 スマホからは音声のみでおおよその状況を悟ったらしい大井川先輩の勝ち誇った声。

「はあ~っはっはっはぁ~! 無様だな彩音。天罰テキメンだ!!!」

「ちょっと先輩! 謂われのないボクまで巻き込まれる天罰って何ですか?」

 ボクは思わず大声で抗議する。

 納得いかない。これは絶対に天罰じゃなくて悪魔の仕業だ。大井川里美という名の悪魔の。

「ふーーーんだ!!! 要介護認定が悔しかったら陽ニィを取り戻しに来てみろ! 今日は絶対に陽ニィをそっちにやらないから!」

 予想外の痛手にムキになった彩音ちゃんが、ボクの右手のスマホに向かって大声で叫んだ。

「……虚勢にしてもよくぞ言った。ならばこちらから出向いてやろう。首とほっぺたを洗って待ってろ、彩音」

 意味不明なわりに意外とスゴミのある先輩の捨て台詞を最後に、ボクのスマホの通話がプツンと途切れた。ツーッ、ツーッという虚しい音を発するスマホを、ボクと彩音ちゃんが茫然と見つめる。

「敵襲ぅ~~~!!!」

 ボクの腕を放した彩音ちゃんが、突然ガバッと身を起こしながら叫んだ。

「陽ニィ、敵襲だよ! 第一戦闘配備だよ!! 左舷、弾幕薄いよ!!!」

 え!? 戦闘配備!? 弾幕!? え、何!?

「お、落ち着いて彩音ちゃん」

「落ち着いてらんないよ! 彩音の首とほっぺたの危機なんだよ!? 大井川さん、きっと通常の三倍の速さでやって来るよ!!!」

 廣沢ひろさわ彩音(あやね)ちゃん。ボクの四つ年下の従妹いとこ

 ボクが通う水澤学園の中等部、二年生の女の子で、ただ今学校に近いボクの家に居候いそうろう中である。

 小さな頃の「将来お嫁さんにする」というボクの言葉をずっと覚えていて、ボクが大井川先輩と付き合いはじめてからも敗北を認めず、先輩に闘いを挑み続けるファイターだ。しかも対戦成績はあの大井川先輩を相手に間違いなく勝ち越している。最近は戦略をそれなりに練っている大井川先輩に押され気味ではあるけれど。

「はっ! こうしてはいられない。各種装備の準備、急げ!」

 そう叫ぶなり、彩音ちゃんがバタバタとキッチンへ走って行く。

 なんか彩音ちゃん、どことなくノリノリで楽しそうなのは気のせいか?


 ピンポーン ピンポーン


 彩音ちゃんがキッチンへ姿を消すのと同時に、呼び鈴(チャイム)の音がリビングに響き渡る。どうやら彩音ちゃんの宿敵到来だ。

 ボクは玄関の方に一歩踏み出してから、一瞬躊躇(ためら)って足を止めた。

 彩音ちゃんの出撃準備は完了したか? もう少し時間を稼いだ方がイイか?


 ピンポピンポピンポピンポピンポピンポーン


 まったくもう。小学生のイタズラみたいな呼び鈴(チャイム)の鳴らし方しない!

 ボクがキッチンの方をうかがって彩音ちゃんの様子を探っていると、寝室のドアが開いて母さんが姿を現す。

「なにやってるの陽輔。お客さん来てるんでしょ?」

 母さんはそう言いながら、ボクが制止する間もなくインターホンに歩み寄って応答ボタンを押した。

「はい、どちら様?」

 聞くまでもないだろ、そんなこと。あんな呼び鈴(チャイム)の押し方するような人、サラ金の取り立てか大井川先輩以外にいない。

「あ、突然お邪魔してすいません。大井川です」

 インターホンから、二の腕の毛がいっせいに逆立つような猫なで声がする。

「あらあら里美ちゃん、いらっしゃい。どうぞ入ってきて」

 言い終わらないうちに、母さんの指が解錠スイッチに伸びていた。

 ガチャリ、というカギが開く音に続いて、ドアが開く音が玄関から聞こえる。

「失礼します」

 取り澄ました大井川先輩の声に、ボクは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。

 やがて玄関から通じる廊下に姿を現した先輩は、母さんに満面の笑顔でペコリと頭を下げるや、一転して射抜くような鋭い目をボクに向ける。


 “陽輔、彩音はどこだ? かくまうならお前も容赦しないぞ”

 “いくら先輩が相手でも、従妹いとこを売るようなマネはできません”

 “ほう、信念と矜持きょうじに殉ずるか。まあ、それもよかろう”

 “かなわないまでも、せめて一矢報います。先輩”


 一、二秒の間にボクと先輩の間で飛び交ったアイ・コンタクトによる意思疎通は、まあだいたいそんな内容だったんじゃないかと思う。ボクもエスパーじゃないので、先輩の考えてることまではハッキリしないが。

「陽輔。母さん、里美ちゃんに出すお菓子買って来るから、あとお願いね」

「あ、おば様。そんな気を使わないで下さい」

「おば様」という言い回しも、使う人次第だと思う。大井川先輩がそんな言葉を使っているところを目の当たりにすると、特に切実にそう思う。

 先輩ににっこりと笑いかけた母さんが玄関に向かい、ドアがバタンと閉まる音がした瞬間、先輩の表情が一変した。

「さあ陽輔、彩音はど……」

 先輩が言いかけたとたん、キッチンから飛んできた輪ゴムがバチンと見事に彼女のオデコを捉える。

「あぃっっったぁ!」

「食らえ! 輪ゴムバルカン!」

 彩音ちゃんの声とともに、輪ゴムの弾丸が次々と先輩に襲いかかった。

 指で輪ゴムを飛ばしながらキッチンから出てきた彩音ちゃんは、手で顔をかばう大井川先輩に容赦なく攻撃を加える。

「彩音! こんなバルカン砲ごときで私の装甲を破れると思っているのか!」

 そう叫んだ先輩が、彩音ちゃんの装弾のスキをついて突進した。

「くっ! 白兵戦か!」

 彩音ちゃんはそうつぶやくと腰の後ろに両手を回す。次の瞬間、彩音ちゃんの左手には鍋のフタ、右手にはオタマが握られていた。さっき言ってた「各種装備」ってそれのコト?

「たあっ!」

 気合いとともに放たれた先輩の手刀を鍋フタシールドで受け止めた彩音ちゃんが、右手のオタマを振りかぶる。

「いっけぇー! レードル・ホーク!!!」

 だが大井川先輩は柔術の達人。接近戦に持ち込まれた時点で彩音ちゃんの勝機は事実上消えていた。

 先輩は降り下ろされるオタマを彩音ちゃんの右手首をはっしと掴んで止めると、右腕でその体をグイッと引き寄せた。

「くっ、放せ卑怯者!」

「フッフッフ……、卑怯?」

 大井川先輩の顔に残忍な笑みが広がる。

「今のは正々堂々、尋常の勝負だったろう。それに敗れた以上、それなりの覚悟はしてもらおうか」

 先輩は彩音ちゃんの耳元でそうささやくと、彼女の細い身体に両腕を回してヒョイと抱き上げた。

「な!? や……!!!」

 相手の必死の抵抗も意に介さず、先輩はそのまま彩音ちゃんの身体をリビングのソファーに押し倒す。

「どうだ彩音。電話で言った通り、首と()()()()は洗ったか?」

「ちょ……、大井川さん!?」

 次の瞬間、動揺する彩音ちゃんの左のほっぺに、大井川先輩の唇がむちゅっと押し付けられた。

「い、いやあああああぁぁぁぁぁーーー!!!」

 リビングに彩音ちゃんの断末魔の悲鳴が響き渡る。


 ピンポーン


 あまりに予想外の展開にボクがオロオロしていると、家の呼び鈴(チャイム)が呑気に鳴った。

「はい、どちら様?」

 ボクまで動揺して、思わず声が震えた。

「あ、ヨーちゃん、私~」

 この声、内野先輩だ。どうして内野先輩がここに?

 だが次の瞬間、ボクの頭にある考えがひらめいた。

 そうだ。内野先輩なら、今ボクの目の前で絶賛展開中のあの惨劇を何とかしてくれる。

「内野先輩! 入って下さい! 急いで入って下さい! カギ開いてます!!!」

 ドアが開き、パタパタという足音と共に内野先輩がリビングに姿を現す。だがソファーの上の光景を見たときの彼女の反応は、ボクの予想とはまったく違っていた。

「あ、やっぱりやってた~」

 え? 「やっぱり」って何? どうゆうこと?

「今日、何となくそんな気がしてたんだ~。さっちゃんと彩音ちゃんが仲良く遊んでる予感。だからヨーちゃんの家に来てみたの」

 なんだろう、この人。もしかして、ボクと違って本物のエスパーなんだろうか。

「さっちゃん、私も入れて~」

 内野先輩がソファーの上でもみ合う二人に向かってダイブしていく。そして彩音ちゃんに抱きつくと、心底嬉しそうな顔で空いた右のほっぺたにプチュッとキスした。

「いやああああぁぁぁぁーーー!? 内野さん!? 内野さんまでぇーーー!!!?」

 彩音ちゃんがジタバタと足をばたつかせるが、大井川先輩と内野先輩はまるでヒルみたいにひっついたままだ。

「た、助けて陽ニィ!!! 陽ニィの彩音がけがされちゃうぅぅぅぅ~~~!!!」


 あわわ。

 なんかボク、今スゴクいけないモノを見てる気がする……。

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