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パドルアを出て数日。
ひたすら馬を走らせている。
何処かで追い抜いてしまう可能性も考慮したが、彼らが街道を逸れる理由は思いつかなかった。
見渡す視界の中、皆が少し眠たそうにしているが無理もないだろう。
昨晩も日が落ちてからも暫く走り続け、日が昇る前には出発した。
俺と同じように焦っているレイスも腕の中で居眠りしかけている。
時折、力が抜ける体を左手が抱えた。
「眠ってもいいぞ。追いつけば起こす」
「あ…いえ。すみません、大丈夫です」
その一刻後、レイスはその体の全てを俺に預けていた。
完全に力の抜けた頭が俺の腕に寄りかかっている。
太陽はまだ真上にある。
少しでも早く進みたいが一度休むべきだろう。
ゆっくりと手綱を引く。
「一度休もう。皆、無理させてすまない」
皆が無言で馬から降り、そこいらに座り込む様を見渡す。
そこに目を覚ましたレイスと俺が加わり、無言で携帯食をひたすら飲み込む。
ふと視線をやった先、スライはもう横になっていた。
「暫く休憩を取る。だが夕方前にもう少し進みたい。短時間だけ休んでくれ」
その言葉に、クレイルが露骨に嫌な顔をしながら彼もまた横になった。
残るやれやれといった表情の皆も木の幹などに体を預け、少し仮眠を始めた。
辺りに気を使いながら、寄りかかるレイスの体を支える。
自分も眠いが、まさかこの強行軍を強要している俺が眠りこける訳にはいかないだろう。
欠伸を噛み殺しながら、後でまとめて眠るように出来ないのだろうか、などと間抜けな事を考えていた。
左手で地図を広げる。
派遣されてくる軍との集合地点となる村。
恐らくもうすぐの筈だ。
街道を行くのであればミリア達もそこには立ち寄っている筈だった。
そこで追いつき、軍が付くまでそこで足止めすれば取り敢えずは安全だろう。
すっかり気が緩んでいる事に気付き、見上げた視線の先。
ゆっくりとこちらに歩いてくる人影が見えた。
思っていたよりも村に近いのだろうか。
そんな事を考えながら眺めているその姿。
段々と近づくに連れ、明らかになるその姿に思わず全身から汗が噴き出す。
「おい、起きろ!」
レイスを抱きかかえながら立ち上がった。
驚いた顔をしているレイスの足が地を踏んだのを確認して手を離す。
何が起こっているのかわからない、といった皆の視線を浴びながら駆け出した。
駆け出した俺の視線の先。
こちらに歩いてくる者。
命を落とす者が浮かべる絶望と苦痛の入り混じった顔。
それを顔に貼り付けたままでのろのろと歩く姿。
その胸には手斧が刺さったままになっている。
駆け寄る俺を認識したのであろうそれが、大きく息を吸い込む。
「うぅああああぁぁぁーーーーーーーっ!」
その口から放たれる断末魔のような絶叫。
走る速度を緩めた俺を目掛け、のろのろと駆けるその姿。
そして絶叫。
…思わず足が止まってしまう。
「リューンさ…」
俺の後を追いかけてきたのであろうレイスも俺の後ろで絶句している。
その距離が数歩に迫った頃。
やっと正気を取り戻した俺は腰の剣に手を掛けようとし…地図を取り出す際に荷物ごと置いてきた事に気付く。
「ぅあおおぁぁーーーっ!」
形容しがたい声を目の前であげたその顔。
口を大きく広げたその苦悶の表情に、舌打ちしながら右の拳を叩き込む。
骨を砕いた感触。
全く避ける気が感じられないそれが大きく仰け反る。
しかしそれは何も無かったかのようにこちらに向き直り、両手を広げて掴み掛かろうとする。
先程よりも更にひどくなった顔が口を辛うじて広げ、再び息を吸い込む。
その口から絶叫が飛び出てくるその前に、再びその頭を右の拳が打ち上げる。
そして仰け反ったそれの膝を全力で蹴り抜き、地面に這い蹲らせた。
どうせ立ち上がるのだろう。
確か…頭を潰せと言っていた。
目の前のそれが、予想通りに両手をついて立ち上がろうとして頭を持ち上げる。
そこへ全体重を乗せた拳を叩き落す。
地面と拳の間で何かが潰れる嫌な感触。
普通の人間ならば最初の一撃で戦意を喪失しているだろう。
こいつは恐れも恐怖も感じていなかったように感じる。
これが不死人という奴だろうか。
聞いていた僅かな知性とやらがあるとは思えなかったが。
念の為一歩下がって後ろを振り返る。
皆の視線がこちらに釘付けになっていた。
「すまない。休憩は終わりだ。恐らくじきに村に着くだろう。悪いが急ぎたい」
再び振り返る視線の先。
不死人。頭が潰れた男。
その姿は兵や貴族などではなく、普通の村人と言えば通りがいいような服装だ。
もしこいつが、俺達が目指している村の住人だったとしたら。
再び馬に跨りその腹を蹴飛ばす。
その後ろに、右手で頭をぼりぼりとかきむしるスライが続く。
「また間に合わないなんてのは…御免だ」
いつかの彼女の姿を思い出し、つい口を突く言葉。
今度はあんな物ではないかもしれない。
手綱を握る俺の右手。
そこに手を重ねるレイスの掌。
「大丈夫。冷静だ」
心配そうな顔がこちらを振り向く前に彼女に告げる。
「はい。大丈夫、間に合いますよ」
「…そうだな」
少し可哀想だが。
間に合いさえすれば、後で幾らでも休ませてやれる。
心の中で言い訳をしながら、疲れ切っているであろう馬の腹をもう一度蹴った。




