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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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蛇足の蛇足04

窓から差し込む光で目が覚めた。


昨日は遅くまで眠りすぎてしまった。

毎日あの調子では困りものだ。

まだ少しぼんやりとする頭を鼓舞し、今日からは、と体を起こす。

めくれ上がる薄い毛布。


隣でまだ静かに寝息を立てる彼女の体に残る新しい傷痕が目に入る。

先般の王都での切り傷。

その折の事を思い出しながらそれにそっと触れる。


再び彼女に毛布をかけてやり、立ち上がった。



壁に立て掛けてある見慣れない鞘と柄。

以前亀裂を見つけた上に代替品が気に入ってしまい、もう使わないとも思いながらも修理を依頼していた刀身が包まれている。

それに店主の好意で余り物を組みつけて貰えた。

今回の仕事は多少長期間に渡る可能性がある。予備はあった方がいいだろうと思っていたので昨日やっと引き取りに立ち寄ったのだ。

引き出された雑な作りの刀身に懐かしさを感じ、眠るレイスを振り返った。

そのベッドの上で座り込み、こちらの様子を伺っていた彼女を思い出す。

ここで奴隷であった彼女を守ってやると、そう言ったのだ。

それはあの頃から変わらない。


俺は、この所の彼女の様子に無意識な不安を感じているのだろう。

彼女と出会った頃の事をよく考えてしまう。

女々しい感情に苦笑いを浮かべ、雑な刀身を再び壁に立てかける。




少し喉が渇いていた。

何か飲み物をくすねに一度降りる事にした。



朝のざわめきを湛える食堂を横切り、厨房で目的の物を両手に持って店の入り口を横切る。

一応という言葉が相応しい程度に取り付けられた、階段の入り口に取り付けられた簡単な扉。

両手が塞がっているので足でそれを開こうとしている俺を呼び止める声があった。


「あ、先生、ちょっと」

振り返る視界の先。

リンダウ家の弟の方が立っていた。

少し不満げな顔をしている。

心なしか目にくまが出来ているような気もするが。


「よう。こんな朝早くからどうした?今日は顔腫れてないな」

「いつも殴られてないって。そんな事よりちょっと相談したい事があんだけど」

「とりあえず、これ開けてくれるか?」

「え?ああ…」


折角2人分持ってきたのだ。

彼女の分は部屋に置いて来たい。




完全に話の腰を折られた風なセイムと適当なテーブルに腰掛ける。

遠くでルシアが何やってんだというような顔で見ているのに手を振り、再び2人分の温かい飲み物を注文した。


「で、何の相談だ?気になる女でもいるのか?」

アレンの顔が頭に浮かんだ。いつもこうやって分かっている癖にふざけた事を言う。

そのときの自分の気分を思い出し、詫びようと考える俺に先んじてセイムが口を開く。


「確かに女だから間違っちゃいないけどさ」

「いやふざけて悪かった。ミリアの事か?勝ち逃げされそうだな」

「まぁそれはいいんだけどさ、先生、姉貴のどの辺が駄目なんだ?」

「どの辺て。まぁ美人でいい性格で。別に駄目な所は無いんじゃないか?」


「先生。俺真面目に聞いてるんだけど」

「俺も真面目に答えているだろうが。正直に答えているぞ?」

その答えに掌を顔に当てたセイムが、大げさに溜息を着いてみせる。


「一昨日の夜、姉貴すげぇ泣いてたぞ?何言ったんだよ?」

「あぁ…」

何をどこまで説明するべきか。

考え込む俺の顔を見詰める真っ直ぐな目。

あんな調子でも姉の事を気にかけているのだろう。

暫くの沈黙の後、口を開く。


「何も言わなかった。正確には言って欲しかったであろう事を言わなかった、だろうな」

「…正直、本人はあまり乗り気じゃないみたいだからさ。何日かしたら帰ってくるから、何か言ってやってくれよ。先生の言う事なら大体の事は聞くって」

「その当人からもう会わないって言われているぞ俺は」

「本当かよ。何言ってんだ姉貴…」


今度は少年の方が俯いて考えこんでいる。

とはいえ…俺に何が出来るというのか。

一度こちらに戻った折に、やはり行くな、と説得しろとでも言うのだろうか?


「なぁ、先生。やっぱうちの姉貴じゃ駄目か?」

「あのなぁ、さっきからなんだ。俺には連れもいる。あいつも分かってるだろ?これ以上俺に何をしろってんだ」

「でもさ先生、俺が言うのも何だけど姉貴、いい女だと思うぞ?」

「まぁそれは否定しない」

「だろ?胸もでかいぞ?」

「あぁそうだな。…でかいな」



「朝から何て話をしているんですか…」

振り向く2人の視線の先。

俺が持っていった器を持ったレイスが立っていた。

その白けた表情。



「お、おはようございます。お元気ですか?」

焦った顔のセイムが何故か挨拶を始める。

…なんだそれは。


「やっぱり好きなんですね」

そういえば結構前にそんな話をした事があった気がする。

更に白けた視線が俺に刺さる。


「ちょっと待てよ、今の流れだと俺は被害者だろ」

「先生、今のは先生が悪いよ」

こいつ…。


「ミリアは今日は家にいるんですか?昨日何度か尋ねたのだけど」

「あぁ、昨日の夕方出発したんです。その準備で忙しくて…」

「え?昨日?」

「色々有って早く出るって言って聞かなかったんです。でも暫くしたら戻ってくるので」

その言葉に唇を噛むレイス。

何を考えているのか。

結局、その思いの全てはまだ聞かされていない筈だ。



そして、セイムが再び口を開く。


「ウルムだから戻ってくるのは…」

その言葉をセイムが言い切る前に俺は立ち上がっていた。


「おい、今なんていった。行き先はウルムか?」

「え?そうですけど何ですか?」

「昨日のいつ出た?護衛の人数は?」

その剣幕に気圧されたセイムがおどおどと答える。


「昨日の夕方というよりは昼過ぎに近いくらいです。護衛は4人付いて行きましたけど。何かあったんですか?」


歯を噛み締めながら振り向く。

視線の先のレイスは目を見開き、同じようにこちらを見ていた。



「セイム。よく教えてくれた。とりあえず帰れ」

「一体なんですか?」

その質問には答えず、レイスに指示を出す。


「レイス。スライの所に行ってくれ。昼過ぎには出発しよう。俺はアレンの所に行ってすぐ出せる人間を頼んでみる」

「はい。グラニスさんの所へは?」

「アレンの後で寄ってクレイルと馬を借りてくる。俺の荷物の準備も頼めるか?」

「わかりました。昨日纏めていたので大丈夫です」

テーブルの上の飲み物を一気に飲み干す。


「先生、一体どうしたんですか?」

「戻ったら話す」

その肩を叩き、レイスと共に歩き出す。

背後からかかる疑問の声を無視し、店を出た。


「間に合うでしょうか」

「わからん。1日遅れているのに追いつくのはそれなりに事だが」

「そうですね…」

「レイス、そっち頼んだぞ。昼過ぎに北門だ」

「はい」


レイスと別れ、走り出した。





一昨日の折、せめて行き先くらいは聞いておくべきだった。

そして、彼女が力なく紡いだ言葉を思い出す。

「多分もう会わないと思う」

会わないだと?これでは、もう会えないの間違いだろう。


中央の広場を通り過ぎる。

先日彼女に付き添った服屋は少し先だったはずだ。

その店の主人に言われた事を思い出していた。…当人には伝えなかったが、


彼女はあんな調子だが、本音の所ではあまり人を信用しない節がある。

それが彼らをああいった方向へ導いた要因の一つだったのだろうが。

当初出会った頃の彼らはまさにその通りだった。

「あなたの事は信頼しているみたいだから力になってあげて欲しい。きっとこれから先、悩みも困難も、人生の岐路も幾らでもある。出来れば、正しい方向に導いてやって欲しい」

そんな事を言われた。名前は…。忘れたがどうでもいい。

力になるだと?

残念ながらそんな事よりも、見つけた時に歩き回る死体にでもなっていないかが心配だ。

角を曲がりながら悪態をつく。



治安のよろしくない地域に入り込み、程なく俺はアレンの所に到着した。


またそこでただ立っていたヴァージルが、突然現れた肩で息をする俺に目を丸くする。

「すまない、大至急だ。アレンは?」


少し眠そうな顔のアレンの前に座り込む。

「すまない、今日の昼過ぎに急ぎでウルムへ出発したい。戦闘になる可能性もある。今動ける人間で腕が立つ者を貸して欲しい」

「お前は俺を便利屋か何かと勘違いしているのか?」

「いつかの彼女への借りを返せ。放っておくとミリアが死ぬ。」

「なんだそれは?」


すっかり目が覚めた表情のアレンに、念の為の口止めとウルムで起こっている事を簡単に話す。

どうせ遅かれ早かれ耳に入る事だ。


俺を置いて一度部屋から出たアレンが戻る。

「2人つけよう。お前の知り合いだ」

「そこそこ腕が立てば誰でもいい。北門に昼過ぎに集合だ」

すぐさま振り返ろうとする俺をアレンが呼び止めた。


「随分と…お前はうちに来るべきではないかもしれないな」

「言われなくても来ないって言ってるだろ?でも助かった。礼を言う」

「お前に礼を言われる話ではないだろう。まぁ精々気をつけろよ?」

こちらこそお前に心配される言われは無い。

余計な言葉を飲み込みながら振り返り、再び走り出す。





先日は上がり込むのを拒否したグラニスの家に上がりこみ、欠伸交じりのクレイルを叩き起こす。

文句を垂れる彼を蹴飛ばして準備をさせ、残されていた馬を連れて昼過ぎに北門への集合を告げ、宿に戻った。




扉を開けると丁度荷物を纏め終えたレイスと目が合った。

「スライは?」

「…すごい文句を言っていました」

「悪かった。そりゃそうだよな」

「リューン様がどうしても来て欲しい、って言っていましたと伝えておきましたよ。来てくれるそうです」

「有り難いんだが。面倒くさい事言い出しそうだな…」

状況にそぐわない脱力するようなやり取りをしながら彼女が纏めた荷物を確認する。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。あとはこれだけかな」

背負い込む荷物。右肩の後ろに古い剣を据え付ける。

「それ、持って行くんですか?」

「まぁ予備みたいなもんだ」

レイスが小型の鞄を肩に掛ける。


「さて。行くか」

「はい」







人の往来が少ない北門。

スライが見慣れない若い女の僧侶と笑いながら話している。

そしてその隣に立つ銀髪。ヒルダだった。

彼女は先日の誘拐の折、国外に逃亡するかここでアレン達の配下に加わるかを選ばされていた筈だ。

…結局ここに残る事を選んだのだろう。


「恩を返して来いって言われたよ。あと、個人的にも礼が言いたかったし」

おどけるような表情がレイスを見詰める。

「お礼を言われるような事はしていません。仕方なかったと思っています」

「はぁ。ならいいんだけどね。本当悪かったよ」


もう1人の僧侶を見ながら首を傾げる俺にスライが説明する。

「お前、覚えてないのか?ついこの間だろ?」

「先日はご迷惑をお掛けしました。宜しくお願いします」

必死に考え始め、すぐさまそれをやめた。



「すまない、時間が無いから自己紹介は後にしよう。ウルムに先行している者に少しでも早く追いつく必要がある。途中で其々の紹介はする。見た目で役所は分かるだろうしな」


言いながらクレイルが連れて来てくれた馬に乗り込み、レイスに手を差し出す。

彼女の右手を掴み、振り出した左足に足を掛けさせて俺の前に座らせた。

皆がそれに習うように馬に乗るのを確認し、馬の腹を蹴る。


「悪いがかなり急ぐようになる。きつくなったら早めに言ってくれ。行くぞ」


色々と悪態をつきながらも、とりあえずの目的は定まっているので行動は取りやすい。

間に合うかどうかは別問題だが。



「…リューン様」

「間に合わせるしかないだろ。くそ。貴族って奴らはなんでこうやって内緒にしたがる」

「きっと思い通りにしたいんですよ」

「本当、気に入らないな」


予定より数日早い上に、急ぎでの予定外人員の無理矢理な同行。

無理は承知だが、これ以上の選択肢は無かっただろう。

それにしても世話の焼ける…。



俺達はウルムへ向けて出発した。



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