ヴァンゼル家17
「大丈夫ですか?大分話し込んでいたようですが」
「あぁ、後で少し相談事がある。夕飯の後にでも話させてくれ」
「私も…話したい事があります」
「やっと話してくれるのか」
「…すみません」
その表情はやはり少し暗い。
そして見上げる空もすっかり暗くなりつつある。
グレトナ配下の者達が街の各所に焚き火を用意し始めていた。
食事はマルト王国側で用意してくれるらしい。
そこには多分にグレトナの配慮もあるのだろうが。
好意に甘え、俺達はただ座り込んでいた。
この状況を作り出した俺に刺さる探るような視線。
それを無視し、石畳に置いた荷物の上に腰掛けてマルト王国の兵たちを眺めていた。
一度振り返った先、スライとミネルヴが話し込んでいる。
真剣な表情のミネルヴと時折笑いながら話すスライ。
それは彼らの其々の立場を象徴しているように見えた。
暇をもてあましたらしいクレイルがやってきた。
「リューンさん、さっきスライさんから聞きましたよ。…やっぱり何も喋らない方が良さそうですね」
「この状況であいつ何か言ったのか?どこまでだ?」
「大丈夫、誰にも言いません。結果的に今そのお陰で俺達は助かっているんです。それでいいでしょう」
「それでもいま話す事かよ…」
もう一度振り返った先、スライとミネルヴが少し笑いながら話している。
何となく今邪魔するのは悪いので、後で殴ろうと心に決めた。
ゆっくりと立ち上がる。
「レイス。食事を貰いに行くぞ。折角出してもらえるんだ。冷める前に貰おう」
「え…今行くんですか?」
その視線の先ではマルト王国の兵士達が並んで順に器に食事を貰っている所だった。
彼女の右手を引き、立ち上がらせる。
そして歩き出す俺の後ろに仕方ないといった顔のレイスがついてくる。
…その後ろにスライとクレイルが続いていた。
「……。」
「あんだよ。貰えるんだったら一緒に行ったっていいだろ?」
「だからやめようって言ったじゃないですか…」
仲の良さそうな二人を放って兵たちの列に向かう。
列の中の数人がこちらを見て話しかけてくる。
見覚えがあるその彼らは、以前のマルト王国内での一連の折の部隊にいた者だ。
「元気でしたか?」
「元気じゃない。さっきもグレトナに殺されるかと思った」
「結局うちの親分に勝てませんでしたもんね…。素手でやればよかったじゃないですか」
「あの状況で素手で戦いましょうって訳にはいかないだろ…」
彼が指差す先に積んである器を人数分勝手に取って列に並ぶ。
それに3人が続く。
兵士達の中に明らかな異物が並んで食事を要求しているという異様な状況だが…誰が文句を言う訳でもなく。
離れた場所で座り込んでいる残りの人間の分も含め、数回往復して質素な食事を確保した。
器を持って彼女の前に差し出してやる。
その器と口の間のスプーンを必死に往復させるレイス。
それに、もっとゆっくり食べろなどと言いながら少し考えていた。
今回の話の報酬は異常だ。
内容が危険なのもあるのだろうが…。
個人的な伝を利用されている感も否めない。
尤も、グレトナの方もそれは歓迎していたようだが。
そしてその仕事の内容。
動き回る死体。そんな話、パドルアでは一切聞かなかった。
情報も制限されているのだろう。
知らずにウルムに向かった者はどうなったのだろうか。
そんな事を考えていた頃、隣でレイスがスプーンを置く。
「リューン様。…ありがとうございます」
「このくらい」
今度は自分が食事を始める。
顔を上げた先、再度食事を取りに並ぶスライの姿が見えた。
近くの兵士と笑いながら何か話している。
……馴染み過ぎだろう。
呆れ顔で口に食べ物を放り込む俺の隣。
レイスがこちらを見詰めていた。
「…なんだよ。食べづらいだろ」
「リューン様も時々人が食べているのを見ているじゃないですか…」
「そうか?あまり記憶にない」
「時々ですけど。見ていましたよ?」
何の表情を浮かべるでもなくこちらを見詰めているレイスの視線。
それに首を傾げながら器の中身を片付けた俺は、彼女の分の皿と重ねたそれを定位置に戻しに立ち上がる。
「レイス。それじゃ、さっきの話だ」
「…はい」
グレトナには口止めされていた。
しかし、危険な話であればある程、彼女に黙っている訳にも行かないだろう。
先ほど聞いた話を全て彼女に話して聞かせる。
状況。敵。そして報酬。
その報酬についての話をした時。
レイスは大きく目を見開いた。
王都云々はどうしても嫌だったが、パドルアに居るままなんら生きるのに困らない生活が手に入りそうな状況だ。
……しかし彼女は少し考えて顔を伏せ、それについては何も語らなかった。
「どう思う?やれると思うか?」
「数が多い事については私が居ます。正規兵も着く。それでも危なければ…私が必ず守ります。報酬を考えても受けるべきでしょう」
「…そうか。俺もお前を守る。他に何かあるか?」
「…いえ。お任せします。私は…リューン様の…」
「レイス、一体どうしたんだ?お前少し変だぞ?俺が何かしたか?」
「いえ。すみません。少し疲れました…眠ってもいいですか?」
「おいおい。なんだ?」
「すみません。この依頼を受けることには…賛成です」
俯く彼女を見詰め、溜息をついた。
「わかった。で、お前の話は?」
「すみません。少し…もう少し考えてから話します」
「…わかった。そんな謝るなよ。気が向いたときに話してくれればいいんだ」
「……。」
「火の近くに行こう。寒くないか?」
「大丈夫です。ここで、大丈夫ですから」
明らかに様子がおかしい彼女がその場で横になろうとするのを手で止め、荷物の中から大きな布を取り出す。
それに包まった彼女が横になる。
「…ありがとうございます」
「気にするな。少し外すがなるべく近くに居るようにする。何かあったら呼べよ?」
「わかりました。すみません」
そう言って目を閉じる彼女を暫く眺める。
暫くの後、俺は立ち上がりマルト王国の兵達の中へ歩き始めた。
「すまない、グレトナとロシェルはどこに居る?」
「リューンさん久しぶりですね。グレトナさん達ならあっちですよ」
彼が指差す先。
2人が話し込んでいる所に割り込んだ。
「少し聞きたい事がある」
「よう。もう決めたのか?」
「だから聞きたい事があるんだって言ってるだろ…」
「…受けるから細かい事聞きに来たんだろ?」
その通りで返す言葉も無いのだが。
グレトナの言葉を無視してロシェルの方に顔を向ける。
「その動き回る死体ってのはその…一体なんなんだ?魔術で動いているのか?」
軽く咳払いをしたロシェルが説明を始める。
不死人と呼ばれるそれは、死体に魔術で悪霊を取り付かせた物だという。
遠い昔の魔術で戦争の為に生み出された物だが上手く行かず、結局その技術は失われていた…らしい。
その詳細など知る由も無いが、最初の1体、若しくは複数体がオレンブルク国内での魔術により生まれ、それが散った物だと予想されている。
記憶などは失われているが、ある程度は思考する力を持っている。
また、彼らに殺されたものは時折、彼らと同じ不死者になる。
何かしら相性もあるようだが、その分類は今の所判っていない。
ただし以上の知識は、古い書庫の中で調べた物と少ない戦闘結果からの話なので…あまりあてにしないで欲しい。
実際の対応としては彼らは、少し動きが鈍い人間、といった所だ。
数が集まるとそれなりに厄介な上、概観上は普通の人間だ。
顔に浮かべた苦悶の表情を除けば。
その苦悶の表情を張り付かせた首を刎ねるか、頭を潰せば倒せる事がわかっている。
「…といった所です」
「あぁ。わかった。倒す事だけ考えれば、手練れの集まりよりは余程気楽だな」
「そうでしょうね。私のような魔術を使う人間がいれば具合がいいかも知れません」
確かに頭も何も吹き飛ばせば話が早い。
思い当たる火球使い。後ほど殴ろうと思っていた事を思い出す。
「…わかった。ありがとう。もう少し考えさせてくれ」
「なんだよ。もういいじゃねぇか」
薄笑いを浮かべるグレトナに手をひらひらとさせながら、眠るレイスの元へ戻る。
静かに寝息を立てるその姿を暫く眺め、一度その髪に触れた。
そして立ち上がる。
俺は朝を待たず、ミネルヴに今回の件を請け負う事を伝えた。
それは。
この後の全てが上手く行った上で、という前提付きではあるが。
今後は生きるための報酬を得る為に命を危険に晒す必要がなくなる、という事だった。
そしてレイスが何を考え、今回の報酬を得る事が何を意味するのかを、俺は考えもしなかった。




