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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家16

双方の兵から離れた所で腰を下ろすグレトナ。

いつかのようにその隣に座り込む。


「さて。真面目な話からだ。北の国境付近で色々やりあってる。クラスト側の兵としてお前にも来て欲しい」

「…省略しすぎだろ。全然わからないんだが」


「こっちの軍を率いるのは俺だ。お前にそれをやれとは言わん。副長あたりについて俺達と組んで戦え。信頼できる相手でなければ組む気にはならないからな」

「だからわからないって言ってるだろ。誰と戦うんだよ。敵は?」

同一の敵に対して共闘する、という意図はなんとなくわかるが。

相手は一体誰だ。

国境という事は、北の隣国であるオレンブルクとの戦争という事なのだろうか。


以前、グレトナが丁度この場所で口走った事を思い出す。

「戦争も何も、無くなればいいんだよなぁ」

確かにあの時、彼はこう言っていた。

やはり逃れられない物なのだろうなどと考えていた俺にグレトナが説明を続ける。


「大事な事を言い忘れていた。この話はまだ誰にも言うな」

「…話してから言うなよ。余計な所に余計な事は言わないが…結局、敵はなんだ?」

「…笑うなよ?お前も実際見たら笑えなくなる」

「だからなんだって…」

「死体だよ。歩き回る死体」

「…は?」


これ以上ないくらい顔が緩んでいた。




北の隣国であるオレンブルクとの戦争に出向いて来い、などという話であれば断るつもりだった。

それは腕や経験でその命を守れる物ではない。

他人の都合で、知らずに死地に送り込まれる事だってある。

死体になる理由くらいはある程度自分で選びたい。


しかしその死体が云々などと言う。

視線の先。グレトナの顔は真剣だった。



「国境にあるウルムって町知ってるか?」

「名前くらいは。行った事はないがクラストの領有だろ?」

「あの辺りは国境付近に各国の大きい町がそれぞれある」

「そこで死体が歩き回り始めたのか?そりゃおかしいな」

その単語と内容に、少し顔が歪む。対照的に真顔のままのグレトナが続ける。


「そうだ。最初は北の国、オレンブルク南端の街だった。何があったのか、誰が何やってるのかも知らん」

「……。」

「そこはとっくに死体の海だ。オレンブルクの奴らが必死にそれを掃除してるが追い散らされたのが国境を越えてるらしい。うちはまだ大丈夫だ。国境付近にそれなりの数を送っている。町での噂も聞かない。だがウルムじゃそれを見たって話が少し前に入ってきた。…多分、もう駄目だろ」

「じゃ何か。そいつらを片付けに、ってことか?」

「簡単に言ってくれるな。恐らく、あの街の人間あらかたを殺すくらいの気で行く事になる」


「グレトナ?」

「なんだ。悪いが俺もわからない事だらけだ。聞かれても答えられる事の方が少ないかもしれない」

「いや違うんだ。…昼間から飲んでるのか?」

その言葉に少し顔を歪めながらグレトナが答える。


「そう思うだろ?だが、残念ながら事実だ。そして恐らく、お前が辿り着く頃には…時間を考えればウルムは全滅している」

「正直、答えづらいな。…本気なんだよな?」

「最初から真面目に話してる。そろそろ普通に聞けよ」

「…わかった。改めて聞く。で、俺にどうしろって?」


原因はわからないが、それは魔術の研究が大陸で一番進んでいるオレンブルグの東部での出来事である。

何かしらの魔術の失敗による結果と推定されているが…その事実はわからない。


国境に囲まれたクラストで、1箇所に兵を集中させる事はすなわち国境を侵される可能性に直結する。

更にクラストは情けない身内の足の掴み合いにより、対応に苦慮していた。

最悪の場合には近隣の衛星都市を経て、被害が拡散する可能性がある。


ミネルヴの本当の目的は、状況を収束させる為の共同戦線に関わる協議、及びその間の休戦協定が主な所だった。それは国境など関係なく近隣都市の安全に関わるため双方に悪い申し出ではない事だ。




国家間の話は兎も角。

そういった事をするのに今回の対処を行うグレトナとしては、信頼の出来ない相手と組む事などできない。

そこへ現れたのがグレトナが信頼できる相手…つまりこの場合、俺の事だが。

討伐軍である程度の地位に付き、その上でグレトナ達と共同戦線を張って欲しい、という事だった。



「おいおい…。俺の意思は関係ないのかよ?」

「安心しろ。事の収まった後にはお前に貴族なり騎士なりの与えて楽をさせてやってくれ、という条件付だ。十分だろ?楽できるぞ?」

「…あまり有難くないな。最近断ったばかりだ」

「冗談だろ?お前そのままいつ死ぬかわからないような生活続けたいのかよ?」


「いやそういう訳じゃないんだが…」

「何れにせよ現地で指揮を取るのに護衛のリューンじゃ仕方ねぇだろ?要る要らないはその後考えればいいんじゃねえか?」

「正直、気が進まない。人に指示出すなんていうのも苦手だしな」

「悪い事は言わねぇ。受けろって。その後もしあっちのしがらみが嫌になったらうちに来い」


「なにとんでもない事言ってんだ。とりあえず…少し考えさせてくれ」

「わかった。一晩で決めろ。何なら最初っからうちに来てもいいぞ?」

「礼を言うべきか悩むな。それに、もう少し悩ませろよ」

思わず笑いながら顔を伏せる。


「仕方ねぇだろ。俺は明日には戻る。この件の調整もある。いろんな奴を黙らす必要が出来たからな。その後、領内で待機してお前に合わせて手伝いに行ってやる」

「そりゃありがたいんだろうが…。所でさっきレイスにも話すなって言っていたよな?あいつは来るなって言っても来るだろうし、相手の数が多いなら戦力として考えても彼女の力は欲しい」


「大事な事を忘れていた。あの死人共に殺された奴は時々あいつらの仲間になる。理屈はわからん。もし何かあったとして、連れの死体が歩き回る姿なんぞ見たくないだろ?詳しくは後でロシェルに聞け。あいつの方が詳しい」

絶句した。

そもそも死なせるつもりなど無いが。






「あぁ。やっぱり考えている時間、無いかもな」

「…なんだよ、一晩て言っただろ?」

グレトナが顎で指す先。

ミネルヴが眉間に皺を寄せながらこちらに歩いてくるのが見えた。




俺達2人を見下ろすミネルヴ。

「リューンさん。少しいいですか?」

笑いながらその様を見ていたグレトナが補足する。


「大体の所は話してある。あとはそっちでやってくれ。リューン、いい答えを待っているぞ?」

「あぁ。期待するな」

立ち上がり手を振りながら去っていくグレトナの背中を見送った。



「どこまで聞いたのかはわかりませんが。あなたにはそれなりの立場を与えます」

「……。」

「そして今回動く我が軍。その副官の立場を与えましょう。軍を率いて事態の収束に当たってください。…受けて頂けますね?」

「ちょっと待ってくれ。少し考えたいって話をしていた所なんだ」


「…あまり時間がありません。いつまでに決めて頂けますか?」

「明日の朝までに、という事にしていた。…そのそれなりの立場っていうのは?」

「貴族の階級と騎士の称号を与えましょう」

「そんな立場とか曖昧なものは…俺達には不要でしょう」

「立場?王都でそれなりの生活を約束しますが。それでは不満ですか?」

…恐ろしい程の高待遇だ。

しかし同時に王都での貴族としての暮らしを想像し、気が滅入った。


「いや、王都は少し…。それなりの額の報酬があればそれだけで構いませんが」

「…パドルアでの貴族の立場を与えます。屋敷と収入も与えましょう。勿論、ヴァンゼル家の派閥となりますが。しかしこれはあなたが考えているより優位に働くでしょう」

その言葉に眉をひそめる俺に更に説明を続ける。


「実際には何もしなくて結構です。あなた方を養ったとして、それでも今回の件を完遂する事の方が利益が大きいと理解しています。ただ、私の派閥として諸々の働きかけくらいはお願いするかと思いますが」

とんでもない条件が簡単に出てくる。


ヴァンゼル家というのはここまで色々な物を自由に出来るのだろうか。

そして…少なくとも条件面では断る理由がなくなってしまった。

少し勝ち誇ったような顔のミネルヴが俺の一挙一動を見ている。

そこから何を考えているかを探ろうとしているのだろう。



離れた所でこちらを心配そうに見ているレイスと目が合った。


「わかりました。一晩考えて…結局断るかもしれませんが」

「必ず明日の朝までに決めてください」

「…あまり期待しないで下さい」


「正直、あなたのように国や家にもゆかりがない者にこんなお願いをするのは気が引けます。提示している条件も含めて。しかしそれでも錬度の高い助力が欲しい。そしてこの協力を足がかりにわが国と聖マルト王国の関係を良好に出来ればこの先に流れる血も少なくなるでしょう。この状況と思いを汲んで貰える事を願います」

そこまで言うとミネルヴは振り向いて皆の元へ帰っていく。


歩み去る後姿を眺める。

グレトナとの再会自体が予想外の話だった。

そしてさらにその遥か斜め上を行く話に巻き込まれつつある。

…奴との縁がこんな話に発展するとは思ってもみなかった。


ミネルヴが歩いたその後を追うようにゆっくりと歩き出した。


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