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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家15

自然と皆の歩く速度が下がる。

長い事小競り合いをしていた相手の地だ。

それも当然だろう。

皆少し緊張している。


完全に町が見えるようになった所で一度足を完全に止め、隊列を組みなおす。

騎士達が馬車の前後を囲む。

そして俺達はその後ろにつく。

まぁ、お供としては適正な位置で歓迎だ。

何かあっても逃げやすいからだが。



再び一向は進み始めた。

前を行く騎士達の合間から懐かしい風景が見えてくる。

あの時とあまり変わっていない。

…という事は、少しは維持がなされているという事なのだろう。


かつて見送られた町の入り口。

その先に、聖マルト王国の物であろう兵士達の姿が見える。

ちらほらと見える揃いの鎧。

こちらの倍以上の人数だ。

錬度も決して低くは無いだろう。



先頭を行くクレイルの緊張は如何程だろうか。

先日、緊張するなどという言葉を吐いていたが今回は種類は違えどあの比ではあるまい。



石畳に響く蹄の音。

歩みが遅くなっている。

時折騎士達の隙間から見える兵士達の姿。



感じる違和感に視線を巡らせる。

近くの家屋の窓に人影が見えたような気がした。

…思わず自分が守るべき順序を確認する。


まず腕の中のレイス。

次いで…自分。

やはり違和感を感じているようで時折こちらに視線を寄越すスライ。

…スライや騎士達は、ミネルヴを守ろうとするだろう。

面倒だが次いでミネルヴだろうか。

難しいだろうが先頭のクレイル。

顔見知り程度の冒険者達。

あとは…まぁ同列だろう。





「レイス、少し様子がおかしい」

「やっぱりそう思いますか?なんというか雰囲気が…」

ひそひそとそんな話をしていた時だった。




町の中央に集まっていた兵士達の中から1人が馬でこちらに駆け寄ってくる。

先頭のクレイルの前に立ちはだかるように馬をよせ、少し話し込んでいる。


振り返るクレイルの顔は、まともな表情ではない。

馬を降り、馬車へと小走りに走ってくる。



危険な状態と判断し、周囲の状況を必死に確認する。


間違いない。

近くの家屋の中に何人か潜んでいる。

背後、俺達が入ってきた門の周りにも人影が見える。

もし逃げるのならば、少しでも兵が薄い所を狙って突破するしかないだろう。

勿論、そんな事にならないのが最良なのだが。


何れにせよ、分が悪い。

すぐ横のスライと目を合わせる。

振り返り、後ろに並ぶ冒険者達も相互に一度視線を合わせた。

流石に焦っていた。

手綱を握る掌に汗が滲んでいる。



レイスが手綱を握る汗ばんだ手に、そっと右手を添えて振り返った。

「リューン様。やっぱり…いつも大丈夫じゃないですね」

その顔が微笑んでいる。


それは俺にあっさりと平静を取り戻した。

「レイス、すまない。でもまだ本当に大丈夫かもしれないだろ?」

「どうでしょうか」

その顔に押さえていたのであろう薄い不安が広がる。


「大丈夫だ。なんとかしよう。今までもいつも何とかしてきた」

「…そうですね」





視線の先で馬車からミネルヴが降りた。

クレイルを伴い列の先頭へ重い足取りで進む。


先頭に辿り着いたミネルヴが大きく息を吸い込んだ。

「どうなっている。聖マルト王国の騎士はこのような卑劣な仕打ちも厭わないのか?」


その絶叫に近い声に、兵が再び意向を伝える。

それは、若干の威嚇を含めた声だった。


「長きに渡るかたきよ。投降すれば命は保証する。1刻待つ」

踵を返し戻る馬。


振り返るミネルヴの顔は、その内面を伺い知る事ができない。

何も考えていない訳ではないだろうが…その顔は面のように無表情だった。


その視線は俺のすぐ横。スライの顔を見詰めている。

長い時を経て、命を懸けた協力を申し出た幼馴染。

それを巻き込んで今、死か捕虜になるかの立場となっている。

そのスライもやはり何を考えているのかわからない表情だった。





とりあえず時間の猶予はあるようだ。

馬を下りる。


隊列の中央へ戻ってくるミネルヴ。

言っても仕方がないのだろうが言わずに居られなかった。


「おい。交渉済みなんじゃなかったのか?」

「結局、負けたのだろう。…本当にすまない」

不躾な言葉に対し素直に謝られてしまい、それ以上言葉が続かなかった。


…こんな事ならば、刺客など必要なかっただろう。

それともこれが本命で、彼らはこの仕込みの為の時間稼ぎだったのか。



最悪捕虜になるのは仕方ないが、そもそも俺達はその対象となるのだろうか。

護衛だの傭兵だのというのはそういった扱いも受けられず、その場で殺される事も多い。

素直に投降されるのは考え物だった。


ミネルヴと騎士達が話し込むその輪の近く。

不都合がない回答に至るのを願いながら待つ。




暫くの後、出た結論。




一点突破に見せかけた転進。入ってきた門からの脱出。

上手くいけば奇跡とも言えるような話だが、このまま突撃するなどというのはただの自殺行為かもしれない。

最後尾となるのは今先頭に居るクレイルだ。

…気を回されたのだろう。


その方針には、多分に俺達への配慮も含まれている筈だ。

礼を言わなければならない。生き残っていれば。


「皆すまない。国に戻れば私に出来うる報酬は与えよう。…生き残れ」

騎士達は別にそんな物は求めていない筈だ。

しかし、それくらいしか言う事が出来ないのだろう。

ミネルヴの少し音量を控えた、しかし重い声。


集まった輪が散ろうとした時。

突破に見せかけて突撃する予定の先に視線をやる。



それは似たような光景への凄まじい既視感。



濃紺の鎧がこちらに悠然と歩みを進める姿。



良く通る声が問いかける。

「時間だ!諦めたか?」



「おい…勘弁してくれよ…」

思わず発した声に騎士たちが振り返る。


あいつがいる時点で。

転進などさせて貰える間もなく…俺達は全滅するだろう。


しかし。

…少なくとも俺の知る英雄は、こんな事はしないだろう。

騎士達の輪を押しのけ、列の先頭に歩み出る。



「グレトナ!何やってんだ!」

その目が大きく見開かれる。

しかしそれは一瞬で、表情を殺した口元が言葉を続ける。


「何をしているだと?何も変わっちゃいない。戦いだ。…本当に戦場で再会するとは思わなかったぞ?」

「ふざけろ。まだ戦場じゃない。それにお前はこんな…嫌だって言っていただろうが!」


レイスが俺の後を追って小走りに駆けてくる。

その姿に視線を向けたグレトナが再び口を開く。


「いつかの話のはそいつか?」

「…答えろよ。改めて戦争でもしたいのか?」

「知ったような事言うんじゃねぇ。俺にも色々あるんだ、しょうがねえだろうが。」

「こっちにだって色々ある。仕方ないだろうが」

「俺の苦労を少しは知れよお前。大体、助かったのにまたこんな所うろついてるんじゃねぇよ。」

「知るかそんな事」




…自分でもわかっている。

なんだこの間抜けなやり取りは。





暫くの沈黙。

グレトナの口元が緩む。

「…勝った」

「……?」


目の前でゆっくりと振り向き、手を振る。

その先から笑いを堪えるような顔でその英雄の妹が歩いてくる。

久々に見るその赤いローブ。


「兄様」

「本当に来やがったよ」

「…久しぶりですね」



いつかのように2人で顔を見合わせて困ったように笑っている。

やはりいつかのように、それが収まるのを黙って待つ。


改めて口を開いた。

「一体なんだよ…」

「いや、だってお前…」

笑顔を浮かべた濃紺の鎧が振り返って再び大きく手を振る。


「兄貴!俺は賭けに勝ったぞ!もういいだろ!?」

その視線の先、過去一度だけ見かけた彼の兄が、顔に手を当ててうな垂れているのが見えた。



こちらに向き直ったグレトナが告げる。

「久々だな護衛のリューン。…歓迎するぞ。何の準備も無いが」

「はぁっ?」

「連れにも声かけろ。すぐに話し合いだ。急げ」

「ちょっと待て。意味が分からない」

「だから、お前らの当初の目的どおりで大丈夫だ。良かったな」



振り向く視線の先から、眉間に皺を寄せるミネルヴがこちらに歩いてきていた。


「これは一体どういう事なのですか?」

疑問と少しの怒気をはらんだミネルヴの声。

その怒気を捻り潰すようなグレトナの低い声が響く。

先程とは声の調子が全く変わっていた。


「だから言ってんだろ。当初の目的通りだ。だが少し事情が変わった。ここで話す。ついでに言うと。こいつに後で礼を言っておけ。命の恩人だぞ」

指を指され、俺は困惑した。全く意味が分からない。

それを見る他の者もその意味が分からないだろう。




こちらに向き直り、再びいつもの口調に戻ったグレトナは興奮気味にその内容を告げる。

「もしもお前が護衛に居たら俺の勝ちだった。まさか勝つとは思っていなかったが…それで兄貴も飲んだ。ざまぁない」

「勝ち?何がだ?」

「俺はこういうのは嫌だからな。俺が勝ったら当初の予定通り話を聞いてやれって事だった。何しろ捕虜の扱いは面倒くさいし、改めてこんな所で小競り合い何ぞするよりはさっさと北に戻りたい」

「ちょっと待て。そんな大事なことをお前…」

「だから勝って嬉しかったと言っている。歓迎するぞ」



伸ばされた右手。

信じられないといった表情であろう俺も、その手を握り返した。




全く蚊帳の外のミネルヴは不満そうな顔だが、そんな顔をするべきではないだろう。

理由は解せないが、少なくとも今ここで命を賭ける真似をせずに済む事となったのだ。



振り返り、レイスに紹介する。

「前に話していたグレトナだ」

「ええ…。はい」

俺の差す先を見て呆れたような表情している。




「さっきも言った通り、話をしよう。案内する。時間がねぇ。早くしろ。リューン、また後でな」

グレトナが年長の騎士を伴ったミネルヴを連れて行き、残された俺達は座り込んでいた。

すっかり安全圏に居る気分だ。


「よう、前に話していた奴ってあいつか?」

見慣れた金髪がやってきた。


「そうだ。気付かず突撃してたらここで全員死んでた筈だ」

「そりゃ困るけどよ。あんな適当な感じの奴だったのかよ…」

「そう評されると繕う言葉がないけどな」

「おいおい…」


巡らす視線の先。

この場でくつろいでいるのは俺達だけだろう。

そこへスライが座り込んで加わる。

騎士達や全く部外者の冒険者達は居心地が悪そうにしゃがみこんでいる。


逆に巡らす視線の先。

こちらに警戒を怠らない兵達。

…良く見るといくつか見たような顔がある。

視線を合わせる俺に笑って見せる彼らに、なおさら緊張が消えて行った。


その中から再びグレトナが歩いてくる。

「リューン、ちょっといいか?話がある」

「あっちはいいのか?」

「兄貴とロシェルに任せてきた。大丈夫だ」

「わかった。…連れて行っていいか?」


その視線が俺の隣で座っていたレイスに落ちる。

「…いや。悪いがお前だけ来てくれ」

その言葉に顔を曇らせるレイスの頭に手をのせた。


「大丈夫だ。さっきと比べれば余程ましな状況だろ?」

「…そうかもしれないですが。気をつけて下さい」

載せた手を握った右手を離すレイスに軽く微笑んで見せて立ち上がり、俺達は双方から離れた所へ歩き始めた。


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