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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家12

ひたすら謝りながら用意して貰った朝食を切り分け、いつものように彼女の方へ押しやる。

レイスもやはりいつものように律儀に礼を言ってからそれに手をつけた。

フォークを口に運ぶ彼女の上機嫌な様を眺め、自分も皿に手を伸ばす。


口元でそのフォークを一度止めた彼女と目が合う。

「…大丈夫、ここに居ますよ?」

言いながら食事の続きを始めた。


「分かってるって。…もう忘れてくれ」

昨日のうろたえた様をからかわれ、情けない顔をしてみせる。

口の中の物を飲み込んだ彼女が更に言う。


「やっぱりどこかに行ってしまうのはリューン様じゃないですか」

偉そうに胸を張ってみせる彼女とは逆に、前のめりになりながらも食事を片付けた。



さっさと食べ終えた俺を見て、少し急ぎ始めた彼女の向こう。

少し先のテーブルでルシアが客と喧嘩していた。

「あーそうかい、だったらもう二度と来んな!あんたみたいなのは客じゃないよ!」

「言われなくても二度と来るかこんな店!」

ルシアが乱暴に皿を重ねる音が店中に響く。


「ルシアさんは逞しいよな」

「えぇ。すごいですね…」

そんな言い合いをしながらもテーブルの上にしっかりと代金を置いて行った客にも感心する。

やり取りに振り向いていたレイスがいそいそと食事を終え、テーブルにフォークを置いた。




「なぁ、最初ここに来た時の事覚えてるか?」

「はい。ルシアさんが食べ物を持ってきて、リューン様がそれを切り分けてくれたんです。全部覚えています。…急にどうしたんですか?」

懐かしそうに微笑んでいる。


あの時、不安そうに周りを伺っていた彼女。

それがここ数日、あれだけの事をやってのけるようになった。

…本当に大した物だ。


「お前も逞しくなったって思ってな」

レイスがその言葉に振り向き、ルシアの樽のような胴体を見た。

そして自分の腹をその右手で懸命に確認している。


心の中でそうじゃないだろうと思いながらも、先程の復讐を考えていた俺はそれに気付かない振りをし、男が出て行った店の入り口を眺めていた。


視界の端。

今度は二の腕を角度を変えて何度も確認しているレイスに笑いを堪えつつ、俺は皿を片付ける事にした。





部屋に戻り椅子に腰掛ける。

ベッドに座りながら、まだ掌を腹に当てているレイスに彼女が同行していたミネルヴの事を聞いた。


「ミネルヴさん、あの状況で「うちに来ないか」なんて言ってました。やっぱり貴族の人は…というか、あの人は変わってるかもしれませんね」

スライの事を差し引いてもヴァンゼル家にあまりいい印象が持てない。

俺が顔をしかめているのに気付いたレイスが話を続ける。


「リューン様も一緒に、って言っていましたよ。でも多分嫌がる、と答えておきました」

「あぁ。正直あまり気が進まないな…」

「でもリューン様、きっと毎日おいしいものが食べ放題ですよ」

以前、王都での食事が並んだ様を思い出した彼女は嬉しそうに言った直後、再び掌を腹に当てて黙り込んだ。



「なぁレイス、さっきから気になってたんだ。その…

勘違いしている雰囲気だったが面白いので放っておいたが。流石にかわいそうになった。

俺の半笑いの説明に彼女が安堵の溜息をついたその時。



ドアをばんばんとノックする音が響く。

この雑な叩き方はスライだろう。



「あぁ、開いて…

最後まで言い切る前に、見慣れた金髪がドアを開けていた。

その後ろ。何故かクレイルも一緒だった。



「よぅ。昨日はよく寝られたかよ?また起こしてもらったのか?」

「お前が起こさなかったからあんな時分まで寝てたんだろうが…」

「でも、俺に起こされなくて良かったろ?」

にやりと笑うスライと、それを見てやはり笑っているクレイル。



…そんな事よりも。


部屋が狭い。

元々2人でも狭い部屋に、体格のいい男が2人が追加されたのだ。

もうこれだけで部屋が暑くなった気がする。


「もう分かったからとりあえず下に行こう。お前らがいると暑苦しくて敵わん」

まぁそうだよな、などといいながらスライとクレイルが部屋から出て行く様を眺め、溜息をつきながら立ち上がった。


…俺のすぐ隣に来ていたレイスが、俺の腹に掌を押し当てまさぐる。

「なんだ?下に行くぞ」

「リューン様こそ少し太りました?」

「いや、そうでもないと思う…」

掌を腹に当てる。

首を傾げながらも普通に顔を上げた視線の先、部屋から出た所でレイスがつまらなそうな顔でこちらを見ていた。


「なんだよ」

「仕返しだったんですが…」

「あまりそういうのは気にしないな。…お前が嫌なら気にするぞ?」

軽く目を見開いた彼女は少し嬉しそうな顔をしながら、俺を置いて通路の先に消えた。


それを確認して再び自分の腹を撫でる。

…大丈夫だろう。

誰も居ない部屋で1人頷き、俺も彼女の後を追った。







「やっぱり行くってよ」

人の少ない昼時前の食堂で、スライが他人事のように言う。

その隣でクレイルが頷いていた。


「で、スライ。お前も行くんだろ?もう心配事はないのか?」

「あぁ、まだあのちんぴら共が帰ってきてないからわからんが、わざわざ出向いて負けてくる事もねぇだろ。したらもう心配するような事もねぇだろうな」


「まぁ、そうなるよな。あぁクレイル、気を悪くするなよ?残りの騎士の連中はその…大丈夫なのか?」

その心配をする必要もなかったかのようにクレイルは即答する。

「大丈夫です。別口で護衛も雇いますし、聖マルト王国にも昨日の内に遅れる旨の書簡を送ったそうです」


…いまいち大丈夫の意味が違う気もするが。まぁ問題ないのだろう。


抜け目ないアレンの事だ。

彼らを扇動する可能性がある組織自体が壊滅し、恐らくその人質に関しても何かしらの手は打ってある筈だ。


「そう、護衛だ。お前らはどうする?今度こそしっかりと謝礼も払うって話でその割も悪くない。出発するのはあのちんぴらが帰ってきてからだから今日答えなくてもいいぞ?勿論やめてもある程度の報酬は払われる。考えておいてくれよな」


その言葉にレイスの方を一度振り向く。

お任せしますとでも言いたげな顔を見て、しかし少し考える時間を貰う事にした。


「少し考えて決める。今日明日には返事をする…でいいか?」

「あぁ十分だろ。大丈夫だよな?」

「はい、出発は早くとも明後日か更にもう1,2日先です。問題ないと思います」

「わかった。それじゃあゆっくり考えさせてもらう。…それだけでいいのか?」

クレイルは…何をしに来たんだろうか。

まさか暇潰しなどという事はあるまい。



「あぁそうだ」

スライがわざとらしく言いながら、こちらに向き直る。


「暇だろ?クレイルに剣を教えてやってくれよ」

「…なに言ってんだ。少なくとも剣に関しては俺よりよっぽど上手だろ?」

「いえ。昨日の戦っている様を見て、実戦ではあなたの方が強いと判断しました。それで何と言うかその実戦の技術を学びたいんです」

「実戦てお前…」


正直面倒くさいが、別に何かする事がある訳でもなく。

まだ昼前だ。訓練場もまだ使わせて貰える時間だろう。

再びレイスの方を振り向くが、やはり俺に任せるといった風の彼女の顔を見て、答えた。

「…分かった。でもあまり期待するなよ?」








一刻にも満たない程度の後。



俺の眼前で鈍らが火花を上げていた。


クレイルはなんと言うか、教本通りの動きをする。

それは決して悪い事ではない。

過去の使い手が必死に積み上げてきた技術の集大成だ。

それが俺のような適当な剣術の使い手に劣る訳は無い。

…あくまでそれを使いこなせればの話だが。


そして、それを使いこなす目の前の青年。

その迷いの無い太刀筋は、俺が付け入る隙を与えてくれない。

ただ打ち込まれる鉄の棒を受け流すばかりだった。



一歩離れた所。

剣を振り上げ踏み込んでくる。

上段から振り下ろされるであろうと予想したその軌道が、予想通りの軌道で俺に振り下ろされる。

その速さと重さ。

少し手首を返してその一撃を受け流す。


そのまま切り返そうとするも、既にクレイルの手元に戻ったその剣は俺の打ち込みを難なく払う。

逆に返す一撃で頭を殴られそうになった。


「くそ。だから言っただろうが」

「大丈夫です。本気で来て下さい」

ぼやく俺にクレイルが事も無げに言う。

とっくに本気だ。尚更腹立たしいが、このままでは流石に面目も立たない。


一つ言い訳させて貰えるならば。

いつもの小手があれば話はかなり変わっている。

しかし互いに棒切れで殴りあう状況では、正規の剣術を学んでいる相手に勝利するのは難しい。

…とは言え、殴られるのも御免だった。


それは何度目かの上段から振り下ろす一撃。

頭上で横にした鈍らが一撃を受け止めた。

金属が擦れる音。

刀身を滑らせ、クレイルの手に握られた鈍らの先端を俺の右手が掴む。

俺が右手に持っていた鈍らが地面に落ちて鈍い音を立てた。


何かを口走ろうとするクレイル。

その口が開く前。

剣を引き戻そうとするその力に合わせてその刀身を引く。

正確に言うと、引く風にみせた、だ。


それに合わせて踏み込む。

更に力を込めて引かれる刀身に掴まるように。


間合いを詰めた俺の左手がクレイルの右手首を掴む。

ほぼ密着し、逆の手がクレイルの左肩を掴んだ。

一瞬の後。

クレイルの体を背負い込み、地面に叩き付けた。


加減は勿論…少しした。




クレイルは驚いた顔で目を見開き、そして背中を強打した為か咳き込みながら起き上がる。


離れて見ていたスライが他人事のように拍手しているその隣。

レイスがこちらを見てほっとしたような顔でこちらを見ていた。

それに一度視線を合わせ、再びクレイルに向き直る。



驚く事に、もう立ち上がろうとしていた。


「流石です。実は余裕かな、と思っていました。でも刀身掴むのは無しですよ…」

苦笑いして見せるクレイル。


「そうか。ま、残念だったな。俺は殴られたくない」

左手を差し出し立ち上がらせ、一歩下がった。


「それではリューンさん、もう一本」

「…残念、時間切れだ」

構えなおすクレイルから更に一歩離れ、スライたちが座り込む養成所の方を笑みを浮かべながら顎で指す。

それは、養成所の入り口から午後からの実施練習を行う若者数人が出てくる所だった。


「え…」

「運が悪かったな。勝ち逃げだ」

明らかに肩を落とすクレイルの鈍らを受け取り、それをあるべき所に片付けた。








肩を落とすクレイルとそれを笑うスライ。

2人とは訓練場の前で別れ、宿に戻る。


「ちょっと心配してしまいました」

「…負けると思ったか?」

「そんな事じゃないです。怪我をしないかに決まってるじゃないですか…」

「あぁそうか。ありがとな。でも正直言うと負けるかと思ってた」

「勝ち負けなんていいんですよ…」

レイスが口を尖らせている。


まだ早い。

戻ってミネルヴの件を受けるか、改めて彼女と相談しよう。

もし時間が余れば買い物にでも行く。

携帯食も切らしているし、彼女と散歩するだけでも悪くない。



まだ口を尖らせているレイスの頭をくしゃくしゃとしてやる。

迷惑そうに、しかし口元に笑みを浮かべてその手を捕まえようとするレイス。


結局掴まった左手を引くようにしながら宿への道を歩いた。



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