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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家11

焦りに煽られる背中に反し、体は重く馬の足は遅い。

夕闇を迎えるその道は、果てしなく遠く感じられた。


ふと、馬を見る。

口の端に泡と涎を垂らし、その目はどこか空ろだ。

もう、本当に限界だろう。



今までの経過を考えた。

昨晩はほぼ眠っていない。

一昨日は襲撃を前提とした護衛の最中の仮眠。

その上この移動距離で先程は戦闘を行っている。


行く先を見ると、先行するスライが馬から落ちそうになっていた。

限界なのは馬だけではなかった。


焦っている。しかしこれでは。

考えていたその時、後ろを走るクレイルから声が掛かった。


「もうこのまま行ってもパドルアに着くのは深夜です。一度休みましょう。馬も限界です」

…反対する気にはなれなかった。


正直、眠っていいと言われたらすぐにでも眠りに落ちるだろう。

その体の疲れに反して焦る心が足を前に出させようとするが、流石に限界だった。



「少し、馬を休める間だけ休憩しよう。このままじゃ途中で歩きになる」

その言葉に安心したようにスライは座り込み、手近な木に寄りかかった。


確認するようにこちらを見る視線に先に休んでくれと伝えた上で、背の低い草が集まった所に馬を繋ぐ。

積極的にそれを口にするより、疲れきった体を横たえ始めた馬の顔を少し撫でてやった。


大きな欠伸をするクレイルも先に休ませ、見通しのいい所に座り込む。




道はあまり広くない。

そして緩やかな角度の弧を何度も描いており、その先を見渡す事はできなかった。

それはまるで行く先を暗示するように思え、視線を逸らし空を眺める。


細い月が心細い光を放っている。

溜息をつきながら再び立ち上がり、適当な薪を探し始めた。


恐らく、朝方までここから動けないだろう。

食事と言える程の物も、もういくらも持っていない。

その残りの一部を口に放り込み、その味を感じる前に飲み込んだ。



最初に火をつけた太い枝は、もうその姿を灰に変えた。

先程見上げた月が大きくその位置を変えた頃。



変な声を出してスライが目を覚ました。


「おいおい。大丈夫かよ?」

「なんか変な事言ってたか俺?」

「…悲鳴上げてたぞ」

「あぁ成る程。そういやミネルヴの夢を見てた」

しかめ面で頭を振るスライ。


「古いのか?」

「あぁ、小さい頃は良く遊んだんだ。融通利かない奴でよく喧嘩した」

「…だいぶ違う生き方になったな」

「昔っからこいつは何かやる、と思ってたが、しかしこうまで振り回されるとは思っちゃいなかった」

苦笑いを浮かべながら話す彼は、決して彼女に悪い印象を持っている訳ではない筈だ。

何かやるのを助けてやりたいという思いが、この依頼への彼の同行理由だったのだろう。


「早く助けに行かないとな」

独り言のように呟く言葉を聞き流し、立ち上がる。


「おいリューン、次お前寝ていいぞ。クレイルも少ししたら起こす」

焚き火に少し枝を追加しながらそれに相槌を打ち、手近な木に寄りかかり少し眠らせてもらう事にした。

横になってしまうといつまで眠ってしまうか分からない。

恐らく焦りの感覚が早々に目を覚ますのだろうが、しかしあまり深く眠っている訳にも行かない。


そんな事を考えている間に、意識は途切れた。











夢を見ていた。



頬に触れる、慣れた掌の感覚。

細い指が目の辺りを撫でていた。


目を開ける俺のすぐ脇にレイスがしゃがみ込んでいる。

「…大丈夫ですか?」


軽く息を吐く。

「あぁ大丈夫だ。一体、どこに居る」

その言葉に彼女が眉の端を下げる。


「遅くなってごめんな。すぐ、助けに行くから」

起こそうとする体がひどく重い。再び大きく息を吸い込み、それを吐き出す。


「私は大丈夫ですよ。それよりもリューン様こそこれでは…」

「大丈夫。少し休み過ぎた」

顔に触れるその手を握る。

その温度が、ひどく生々しく感じられる。

…それは俺の気分をひどく陰鬱にした。


「くそ。どこに居る」

「…ここに居ますよ」

微笑む、というよりも悪戯っぽく笑う彼女のその手が。





俺の頬を強く摘み、引っ張る。








意識が引き戻される。

正しくは、やっと目が覚めたというべきなのだろう。



目を見開く俺に、レイスが微笑んでいた。

「ここに居ますよ」

もう一度繰り返す。

声が出なかった。


状況が理解できず辺りを見渡す。

もう夜と呼べるような時間ではなかった。

朝もやが流れる少し先で、ヴァージルとスライが何か話している。

その周りに2人。…先日同行していたアレン配下の人間だ。


「一体どうなってんだ?」

幾らか軽くなった体を起こしながら尋ねる。


彼女は微笑を浮かべたまま、俺の左手を引いて立ち上がらせようとした。

が、全く力が足らず逆によろける彼女を受け止めるような形で、俺はやっと立ち上がった。


「ええと…」

未だ状況が飲み込めず眉間に皺を寄せる俺に、レイスが説明する。

…説明とは言えない物だったが。


「リューン様、まずパドルアに戻りましょう。詳しい事は移動しながら説明します」




ようやっと目覚めた俺にヴァージルが出発を告げた。


再びパドルアを目指す馬上。

前に乗るレイスを抱え込むようにして手綱を引く。


「なぁレイス」

「なんですか?」

「悪かった。助けに行けなくて」

「助けにいらしてくださったから今ここで会えたんです。私は…嬉しいですよ?」

「…そうか」


強烈な安堵感と少しの脱力感を感じつつ、彼女の口から概ねの話を聞く。

昨日俺達が居た村の外れで行われていた出来事に、全身から変な汗が出ていた。


そしてその後の彼女の行動も、驚くべき物だった。




昨夜パドルアに到着した彼女達は、そのままグラニスの家に向かった。

そこで驚く顔の騎士達から概ねの状況を聞く。


止める騎士達を振り切りそのまま夜の街をミネルヴとヒルダを連れたままアレンの所へ向かった彼女は、

やはり驚いた顔のヴァージルを相手にアレンを出せと居座った。


困り顔のヴァージルの後ろから出てきたアレンにミネルヴとヒルダを突き出して人質救出の交渉をさせ、ついでに行き違った俺達を迎えに行くのに現地の状況が分からない為、手勢としてヴァージル達の手を借りる事まで押し込んだという。


パドルアに到着した折、ヴァージルから追加で聞いた説明を合わせるとそういう事だった。

当人は居座ったりしていない、あくまでお願いした、と言い張っていたが。

それを聞いた彼の引きつった顔を見て、それは事実だと確信した。





昼前に到着したパドルアの南門。

数日の事だったのだが疲れからか、その光景がひどく懐かしく感じられた。




ミネルヴは今はグラニスの家に詰めているという。

騎士達の顔を潰さない程度に、アレンの所の護衛が着いているそうだ。

いつ再び出発するのかは、彼にもわからないという。

恐らくアレン達が戻ってからになるのだろう。




そのアレンはミネルヴとの交渉の結果、自ら配下を率いてノルデンに向かったという。

その目的。

人質の救出。

全員を生きたまま救えるとも限らないが、人質を救われた者はアレン達にそう逆らえなくなる。

敵対組織の拠点の襲撃。

経過は兎も角、当初の予定が早まっただけだ。

そしてそれらの条件となったミネルヴとのコネクション。

これは組織全体の利益となるのだろう。


…経緯は兎も角、アレンは全てをうまく丸めた事になった。




もうパドルアに居場所はないと思われていたヒルダ。

彼女は現在アレンの組織の監視下にある。

先んじてそこにいた僧侶の女と共にアレンの組織に加わるか、それとも国外に逃亡するか。

アレン達が戻るまでにその答えを決めろ、という事になっているらしい。




概ねの話を聞いた所でヴァージル達は自分達の場所へ戻って行った。

「お前…いや。何でもない」

恐らく、彼はレイスの無理を後押ししてくれたのだろう。

アレンは止めなかったのだろうか。本当はヴァージル達もノルデンに連れていきたかった筈だ。

別れる折の何か言いたげな顔に礼を言う。また、借りが増えてしまった。





「とりあえずどうするかミネルヴに聞いておく。明日にでも顔出すから宿に居てくれ。気になるだろ?」

「リューンさん、それではまた」

なんだかんだと同行し決して悪い雰囲気ではなくなったクレイルと、やはり軽い口調のスライ。

2人に手を挙げて分かれる。

見慣れた金髪には明日も会う事となった。






「あぁ、情けない」

「大丈夫ですか?」

全く、無駄足というか、見当外れな事を必死にしていた。

くすくすと笑いながらそれでも一度も傍を離れないレイスの笑顔に救われるが、やはり彼女にも疲れが見える。


昨晩ここに戻り、無茶苦茶な交渉の上、すぐさま再び俺達を迎えに飛び出したのだ。

下手をすると彼女の方が余程疲れているだろう。



「レイス、悪かったな。とりあえず戻って今日は休もう。あと、何か食べたい」

「またこんな時間です、ルシアさんに嫌な顔されちゃいそうですね…」

「あのな…」

「なんです?」

少し声を下げる俺に彼女が足を止める。


「いや、なんでもない。ありがとう」

「なんですか急に…」

微笑みを浮かべ、意にも介さない風の彼女の右手が俺の左手を強く握る。


その手の温度は、少しざわついていた心を落ち着かせるのに幾許の時間も要さなかった。


黙り込む俺の顔を覗き込む彼女の目。

それに苦笑いして見せ、宿への道を歩く。





予想通りルシアに嫌な顔をされながら時間外の昼食を終えた俺達は、依頼から戻った折の習慣となりつつある浴場へ向かう。

戻ったが夕食まで半端に時間があるので2人して一度ベッドに横になったのだが。

…そのまま夜明けまで眠りこけてしまった。


深夜、圧し掛かるレイスの体の重みに薄く意識が戻り、その背中に腕を回す。

そこでそのまま意識は再び眠りに落ちていった。




結局翌朝は、頼んでいた夕食をすっぽかしたせいでひどく不機嫌なルシアに平謝りしながら朝食を用意してもらう羽目になった。


何故か俺の方だけを見ながら大声で文句を言うルシアの向こう、レイスが噴き出しそうになる口を押さえている。


俺は、ルシアにばれないよう溜息をつきながら。

こんな日常だけが続く事を心の中で祈った。


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