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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家10

馬を急ぎ走らせていたリューン達は彼女達が先程まで居た村の近くまで差し掛かっていた。




朝焼けが眩しい。

この朝焼けをいつもの安物のベッドの上で見られればどんなに良かった事か。

昨晩は交代で眠りと言えない程度の仮眠と携帯食を取り、それ以外に休みという程の休みも取っていない。


「結局人質が取られている状況は変わらないだろ。結構難儀だよな」

馬上のスライが分かりきっている事を言う。


「そんな事は分かっています。でも、何とかしないと」

それに少し苛立ったようにクレイルが答える。


「その何とかが問題なんだって言ってるんだっつうの」

「今考えてますから!」

彼らのやり取りに頭を抱えたい気分になりながら打開策を考えていたが、やはり策と言えるものは浮かばなかった。

結局の所、交渉が出来る状況ではない。


であれば。

強襲、奪還というやり口しかないのだろう。


強いて言えば。

彼女達が囚われた折は襲撃に備えており、相手にその瞬間の選択権があると思っていたが今回はそれがこちらにある。

もう少し言えば、余計な人員が居ない事は隠密行動にはいい方向に働くだろう。


その程度しかこちらには優位な点がないのが現状だ。


「結局、襲撃かけるしかねぇだろ。とんでもない人数で詰めていない事を願おうぜ」

言いながらこちらを振り向くスライに相槌を打ち、再び無言で馬を走らせた。





馬も限界かもしれない、と考えていた頃。

それは、ミネルヴとレイスが無事に事を済ませ走り去り、幾許かもない頃。


村の近くに到着した。

その目的が既に無事に逃げおおせた事も知らず。





朝もやの残る少し離れた森に馬を繋ぎ止める。

かなり疲れている様子だが帰りの事もある。頑張って貰わないといけない。


「さて、どうすっか」

状況に反し、スライの語りは軽い。


「とりあえず、相手が詰めている所を探したいが…。聞き込みなんて訳にも行かないよな」

「そりゃすぐ見付かってお終いだろ。動きが出るまで待ってりゃいいか?ここから運ぶだろ?」

「そんなのいつになるか分からないじゃないですか」


結局、人の目に触れず相手を探すなんていうのは難しい。

これが野営地であれば少し観察して襲撃するだけだったのだが。


再び考え込む中、スライが何か思い出したように話し始めた。


「なぁ。俺達の組み合わせってよぉ…。攫っていった奴らと同じじゃねぇか?」

…確かに騎士と冒険者2人、合わせて3人だ。大雑把に言えば合っていると言えなくもない。

クレイルと俺は顔を見合わせた後、冗談だろ?とでも言うような顔でスライの顔を見ていた。






クレイルを先頭にして村の中を歩く。

先程すれ違った村の人間に話しかけた所、一度こちらを顔を黙って見渡した後、村の外を指さされた。

何だ?という顔のクレイルに村の老人が語る。

「村の外で少し行った先の今は使われていない小屋だ。あんたらみたいなのが来たらそっちに行けと伝えるように言われてる」


それに従い、村の反対へ抜けるように歩みを進める。

「少し緊張しますね」

クレイルの情けない言葉に、後ろから蹴りをいれようかと考えていたその時だった。

村外れの崩れそうな家の中から一人の男が出てきた。


「おい、あいつらはどうした?」

3人が振り向く。


「なんだお前ら?先にこっちに来たのか?あいつらとは会わなかったのか?」

「会うも何も。言われていたここにまっすぐ来ただけだ。…人質を帰せ」

その男の疑問の意味も分からないが、あくまで後発組の人間を装う。


「あぁそうか。だがまだ早かったな。返すのは頼んだ物が届いてからだ」

…一体どうなってる。


「…まだ来てないのか?」

「さっき迎えに行った所だが。なんだあいつらそんなにゆっくりこっち来たのか」

そういいながら村の方へ振り向く男。

一度振り向く。

周りを見渡していたスライとクレイルがこちらに顔を向け頷いた。


その男がこちらに向き直る一瞬前。

俺はその男を殴り倒していた。







ぼろ家の裏手。


「お前ら何人いるんだ?人質は無事なんだろうな?」

後ろ手に縛られ、くつわを噛まされた男がこちらに刺すような視線を向ける。


俺は溜息をつきながら、昨日から続く人に物を吐かせる作業を始めた。

時間もない上に苛立っていた。

それは昨日のような生易しい物ではなく、男は比較的すぐに聞きたい事を教えてくれた。


ナイフをベルトに仕舞いながら2人の顔を見渡す。

「さて、どうする?」


目の前で懸命に痛みを堪える男に顔をしかめながらスライが答える。

「人質を盾にされるのは上手くねぇな。10人だろ?迎えに行ったのが3人とこいつ。6人なら上手くすれば何とかなんだろ。挟まれんのはきつい。先に片付けて戻りを待とうぜ」

クレイルも男に同情の目を向けながら頷いた。


…痛みに呻く男の目が見開かれ、俺を見ていた。













再びクレイルを先頭に、村の先へ歩く。

どこまでが村の外で少し行った先なのか、という話を始めかけた頃。


目的の小屋が見えてきた。

小屋の外で欠伸をする男がこちらに目をやり立ち上がる。


そのままそれが当然の事のように歩き続ける俺達に、男が訝しげな顔で話しかけてきた。

「おい。あいつらはどうした」

既視感のあるその語りに、スライが答える。


「知らねえよ。村に着いたらこっちに行けって言われて来た。そんな事より早く帰してくれ。無事なんだろうな?」

「人質はここじゃない。パドルアに戻してやるから黙って待ってろ。それよりまだ物が届いていない。人質を帰す手筈はそれを確認してからだ」

「そうかよ。…必ず返せよ?」

「あぁ。人質は必ず返してやる。こういうのも信用が大事だからな」


「それじゃ、その物が届くまで俺達はここで待たせて貰うか」

その場で座り込もうとするスライに、男が迷惑そうな顔をしながら小屋を指差す。


「こんな所に居座るんじゃねぇよ。目障りだから小屋の裏にでも引っ込んでろ」

「あぁわかったよ。…何か食い物ないか?逃げて来たもんでな。昨日から何も食ってねぇ」

「お前らなぁ…」


男は溜息をつきながら小屋の方に歩き出した。

これから命を奪うその男の性格の良さに、心の中で謝りながら後に続いた。

扉を開き入っていく男に続いて入ろうとするスライ。

その肩を引き、順番を入れ替える。



「おい、うるさいからなんか食わせてやってくれ。なんか食う物あるか?」

小屋の中で適当に寛いでいた男達が、面倒くさそうに動き出す。


その小屋の一番奥。

壁に寄りかかっていた男の鋭い視線が、小屋にずかずかと入りこむ俺達の顔を見渡し、体を起こした。


「…両方に女が混ざっていた筈だが?」

その声に、その場の全員が動きを止めた。

正確には俺達以外だ。


全員の視線がこちらに集まる前。

その性格のいい男は振り返るその直前、俺に首の骨を叩き折られていた。

背後でクレイルが剣を引き抜く音を聞きながら前に出る。


狭い室内。真ん中に置かれた汚いテーブル。

これならば人数差もさほど苦にはならない。


左に壁を見ながら目の前の男が引き抜く短刀を突き出すよりも早く、その顔面を陥没させた。

その逆側。

クレイルが上げる血飛沫が目の端に写る。


もう1人を屠り、一度姿勢を整える俺の目の前。

こちらに短刀を構える男に、炎の矢が弧を描きながら突き刺さった。

悲鳴と肉の焦げる不快な臭い。

姿勢を下げながらその男の間合いに入り込み、先程壁に寄りかかっていた目つきの鋭い男の方へ突き飛ばす。


しかし突き飛ばした男を逆に遮蔽物にするように、姿勢を下げた男は凄まじい速さで迫っていた。

もはや俺の右下とも言えるような位置から突き出される短刀。

それを辛うじて右腕が受け流し、あらかじめ決められていた動作のように左手を突き出した。

体の位置を入れ替えるようにしてそれをかわした男が、目の前で短刀を構え直す。


かなりのやり手だ。

油断など当然してはいないが、本気で掛からないと危ない。

しかし。


その男の先でスライはクレイルが打ち合っている男に何かを唱えている。

…クレイルの進む側も、もう勝負はつく。

安易にスライを襲いに行くようであればその背中に剣を突き立てるだけだが、この実力ならば場数も踏んでいるのだろう。

そんな自殺行為はしなかった。


生き残る事を放棄する。出来れば俺1人でも道連れにして。

それでも戦わなくてはならない立場なのだろう。



「降伏するか?」

「誰が」

眉一つ動かさず、その男はこちらに鋭い突きを放つ。

その黒光りする刀身を小手が払う。

薄暗い室内に小さく火花が散り、それに返すように突き出す腕。

さらにその腕を切り落とそうとする引き戻された短刀の刃を、小手の鉄板が再び火花を上げて受け流し、再び両腕を目の前で構えなおす。



その役割を果たしたクレイルが男の背後に立つ。

騎士の誇りと背後からの一撃による勝利、それを天秤にかけ、剣を構えたまま立ち尽くしている。




幾度目からの突きに合わせ、右手が引き抜いた剣が男の右腕を切り落とした。

返り血を浴びながら、腕を押さえ膝をついた男と視線を合わせる。

この状況でさえ、男は無表情だった。


ゆっくりと剣を上段に構えなおす。

末期の時。その男が口の端を少し上げて笑ったように見えた。







「すみません、しかし俺は…」

「あぁ、もういい。取り合えず全て上手く進んでいる」

クレイルに謝られながら、小屋の外を覗き込む。

彼は想定の範囲内の仕事を十分にこなした。

そして幸い、迎えに行ったという奴らは戻ってきていない。

別に怒るような事でもなかった。



その迎えを緊張の面持ちで待つ。

…来る訳がないのだが。



やがて太陽が真上に昇りきった頃。

一向に戻らないその迎えに、俺達は違和感を感じていた。


「おっかしいなぁ」

窓の隙間から外を伺うスライのぼやくような言葉にクレイルが頷き、こちらに視線を向けた。

「確かにおかしいな。直接ノルデンまで行くと思うか?」

「いや、流石にそれはないでしょう。動きとしておかしい」

「だよなぁ…」


「どこ行きやがった…」

苛立ちを隠せず立ち上がるクレイル。

恐らく、彼と近い感情を持っている俺も苛立ちが顔に浮かんでいたようだ。

一度振り返ったスライが溜息をつく。


「…パドルアに戻ろう」

スライの冷静な声が小屋に響いた。


流石に3人でノルデンに乗り込むとは言えなかった。


碌に知りもしない街、そしてそこに拠点を構える組織。

そこに3人だけで無策で乗り込む。

無理を承知などと言う程度ではない。

それは、本当に無駄死にする為だけの行動になる。

であれば、一度パドルアに戻るしかないだろう。


ここの人員が皆殺しになった事が伝われば、他の人質も危ない。

目的も果たせず、ただ余計な事をしただけになった可能性までもが否定できない。



「早く戻ろう。これが伝わる前に何かするしかない」


大声で何かに怒りをぶつけたい感情を押さえながら、小屋から出る。

早足で馬を繋いでいた場所まで戻るが結局、その迎えとやらに出くわす事はなかった。




来た道とさして方角の変わらない道を、今度はパドルアへ向かう。

失意と焦りに煽られながら再び馬を走らせた。


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