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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
84/262

ヴァンゼル家08

スライに促され、俺達はパドルアへ向けて出発した。

あのまま全員で話し込む雰囲気でもなかった。

取り敢えず移動だけでもし始めたのは正解だろう。


馬に揺られながら考え込んでいた。

1日遅れで出発すると言っていた後発はどうなったのだろう。

彼らも同じ道を進む筈なので、じきに彼らとも出会う筈だが。



2人を連れ去った彼らはどこに向かったのか。

このまま戻ったとして、彼らの行き先はどうすれば知れるのか。

何をするでもなく彼女の戻りを待っている事など俺には耐えられそうもないが。

約束どおり、彼女は傷一つなく戻るのか。

それは都合が良過ぎるだろう。しかし今、何をするべきなのだろうか。



「おい!聞いてるのか?」

スライが馬を寄せ、何か喋っていた。


「…悪い、何も聞いてなかった」

「気持ちは分かるけどちょっと落ち着けよな?」

「わかってる、それでなんだって?」


大げさに一度下を向いてからスライは話し出す。


「なぁ、なんであいつら裏切ったんだと思う?」

「知るか。金でも積まれたんだろ?」

機嫌の悪さを隠しもしない適当な言葉に、流石にスライが眉をしかめている。

先程の件もあり慌てて次の言葉を続けた。


「ああいや悪い。何か取引でもあったんだろって話だ。金でも、地位でも。あとは人質とか」

「そう、取引だ。ヒルダもフェルデ(長剣使いの事だろう)も、ギルドの仕事を請けて生活していた。

普通に考えたら多少の金なんぞ詰まれたくらいじゃあ、あんな事しねえと思うんだ。

命賭けな上に、この後クラスト国内じゃ情報も回るからギルド関連じゃ仕事も受けられねぇ」


「…ヒルダが見張りに着いた時に変な事を聞いてきた。

大事な人に何かあったら、自分を放って置いて何とかしようとするか、とか」

スライが更に馬を寄せた。


「ヒルダは確かまだ幼い子供がいた筈だ。今回の絡みで近しい者が行方不明になったり、脅迫を受けているような奴が他にいないか確認しよう」

「スライ、気を悪くするなよ?…お前はどうなんだ?」

スライはそれに心底嫌そうに首を振りながら答える。

「俺はこれでも家に直接繋がりがある人間なんだぜ?今回の話の依頼主は恐らくヴァンゼルの人間だ。まぁそんな物が当てになるかは別として、少なくとも今の所はないね。とにかく、戻ったら確認しよう。ていうか、それってお前の友達の方が得意なんじゃねぇか?」

スライの視線が俺の後ろ、興味なさそうに馬を進ませるヴァージルに落とされる。




「なぁスライ。後発にも裏切った奴が混ざっていないとおかしいよな?」

素朴な疑問を口に出した。


囮が出ること自体は折込済として、どちらが本隊かは騎士達以外知らなかった筈だ。

彼らが到着した時点でヒルダも長剣使いも俺達と一緒に居た。

すると、ヒルダたちは先発で固定だ。


囮が本隊になる可能性を考慮した場合にはどうするか。

両方に裏切り者を配置すればいい。


買収なり脅迫なりした冒険者達だけでは難しいだろう。

俺のように、その対象の顔も知らないのでは話にならない。

それを確認できる人物が必要だ。


やはりパドルアに残った騎士の中にも裏切り者がいる筈だ。

そしてその人物はミネルヴを送り届ける先を指定されているだろう。


成果を送り届けるという所も違和感があるが、ただ殺害するならさっさと事を済ませて逃走できる。

2人以上いれば、王都からパドルアまでの間に幾らでもその機会もあった筈だ。

しかし、それをしていない。

生きたまま捕らえたかったか、当人を確認してから殺したかったか、彼女を餌に残りの騎士達も全滅させたいのか。

…正直、その先はどうでもいいが。




馬をクレイルの元へ寄せた。


「なぁ、ちょっといいか?」

彼の俺に対する心象は最悪だろう。予想通りの仏頂面でこちらに一瞥をくれる。

それでいい。

この流れで表面上は普通に接するような器用な奴ならば、聞くのをやめようと思っていた。


「お前達、パドルアに着く前から囮と本隊入れ替えるって決めていたのか?」

嫌々なのがこちらに伝わるような顔で返答が帰ってきた。


「いえ、途中で話し合って決めました。ミネルヴ様が言い出したんです」

「それで、その囮につく人間は決まっていたのか?」

「囮に?先に出る者と後に出る者は、最初から決めていました。

その割振からどちらが本隊か悟られては困りますからね。

…今更一体なんですか?」


話しながらその顔は悲壮感に溢れた物に変わってきていた。

彼には悪いが、尚更に信用できるだろう。


「わかった。ミネルヴもまとめて取り返しに行くぞ。ちょっと待ってろ」

何を言っている?とでも言いたそうな顔をするクレイルから離れ、再びスライの近くへ戻って考えを説明した。

そんなに上手く行くか?というスライに、一度戻っていたら間に合わない、と無理矢理その話に乗らせて皆の足を止めた。



「もうじきにパドルアを発った後発組と接触できると思う。そこに同行している騎士の中にも裏切った者が居るはずだ」

一度全員の顔を見渡す。

騎士達はその顔を少し歪めながらも何も言わずに聞いていた。

彼らも仲間とはいえ皆同じ事を考えていたらしく、異を唱える者はいない。



「それが誰かわかれば話が早い。そいつは行き先を知っているだろう。

それが分かれば取り返しにも行ける。…協力してくれるか?」






再び足を止めて話し込む。

ヴァージル達や、結果的にただ巻き込まれているだけの冒険者2人にはいい迷惑だろうが。

その割に面倒くさそうにするでもなく素直に従ってくれた。


騎士達に、裏切ったあの騎士と何か話し込んでいた者がいなかったかを聞く。

パドルアまでの道のりは決して短くない。情報交換くらいはするだろう。

しかし、互いに遠慮し何も語らない彼らに告げる。

「お前らの協力次第でミネルヴは助かる。逆にお前らが仲間を庇って何も語らない様ならばその機会は失われる。

判断は其々に任せるが、俺は協力して欲しい。…分かるだろ?手荒な事はしないつもりだ。頼む」


手荒な事はしないなどというのは大嘘だが。


重い口を開かれるが、結論から言うと疑わしい物は2人。

一応貴族、と言うような家の青年。

本家に比較的近い家柄の壮年の騎士。

接触した時点で彼らに少し質問したい。

そしてその場で行き先を知る事が出来れば、そちらへ向かいたい。


これは最早ヴァージル達には全く関係のない話となる。

説明したところ、そのままパドルアに戻る事を告げられた。


しかし、少し話しづらそうに別の情報を出してくれた。

「実はノルデンにあいつらの拠点がある。

今回の件で襲撃を掛けられたとして、逆に痛手を与えられればそこを潰そうって話になっていた。

…あくまで想定だが行き先はノルデンか、その近場の筈だ」


ノルデンはパドルアの南西に位置するそこそこの大きさの町だ。

パドルアからは三日程度といったところか。


本来、簡単に外に出していいような話でない事を理解し、礼を述べた。

その上で、パドルアに戻るまでの間の協力を依頼する。






皆を残して、俺とクレイル、スライ、ヴァージルの4人だけが先行して出発した。



進む俺達の前に後発組が現れる。

驚く表情の彼ら、その中の騎士達を集めて現在の状況を話す。

嘘ばかりだが。


「襲撃を受けたが皆殺しにしてやった。しかし怪我人が出て足を止めている」


その報告に色めき立つ騎士達。1人、明らかに顔色が悪い者がいる。

護衛の冒険者の中からもこちらを伺う視線を感じるが、今は置いておこう。


ヴァージルが後発の彼の仲間達に話をしている。

クレイルが疑わしき2人を呼び出した。

青年の方はクレイルとスライが、壮年の方は俺が聞く事にする。


「何の用だ?」

顔見知り程度の俺と2人にされ、訝しげな表情を浮かべている。

この時点でこいつは違うと思いつつ、念の為聞いてみた。

「本当はもうノルデンに向かっている」

これで十分だろう。

何を言っている?という顔をするその髭面から顔を背けスライ達の方を見た。



青年は顔を真っ青にしていた。

髭面を放っておき、そちらへ足を向けたその時、クレイルの拳がその青年の顔面を殴りつけていた。

何事かという雰囲気の中、場を離れようとした冒険者の僧侶の若い女1人をヴァージルの部下が制圧する。



クレイルの方へ駆け寄ろうとする髭面にちょっと待てと掌をむけ、その場の全員に告げた。

「すまない。さっきのは嘘なんだ。実際にはミネルヴともう1人、纏めて攫われている…」

現在の本当の状況を説明する俺に、皆、絶句していた。




ここからは気の進まない作業になる。

先程の騎士の青年と、逃げ出そうとした僧侶を連れてこの場から離れた。

当然、武器は取り上げた。



「スライ、お前そっちやれよ」

「…勘弁してくれよ」

素直に喋ってもらえない場合にはそれなりの事をするつもりだった。

気が進まないのは当たり前だ。

スライと若い女を譲り合うという間抜けなやり取りを暫く続け、

結局、俺は青年の方を引き摺って歩く。


皆が見えなくなった辺りで落ち着かない表情の青年に再び口を開いた。

「さて。どこで引き渡す事になっていた?…さっさと話した方がいい。

もし人質を取られているなら救出が出来そうな連中に心当たりがある。

保障はしないが…頼みはするぞ?」


青年は顔色を青から赤へ幾度も変えつつ、十分に耐えた。

結局。

右足を折られ、顔の形が変わり、更に右腕も折られた所で口を割った。

これから肩をぐしゃぐしゃに砕き、死ぬまで小枝ですら持ち上げられなくする旨を伝えた所だった。



彼は、母親を連れ去られていると言う。

王都の家からある日突然居なくなり書置きが残っていた。

その後繋ぎが何度か有り、今回の計画となったそうだ。


そして本来の目的。

合流する筈の場所はパドルアの南に約1日。

ノルデンから東にやはり約1日の所。

小さな村があるそうだ。

ヴァージルが言っていた事は当たらずとも遠からず、といった所だった。

苦痛の声より、誰にでもなく謝る彼の姿を見て流石に申し訳なくなりながらスライに声を掛ける。


少し離れた先から戻るスライが泣きじゃくる女と歩いてきた。

「…そっちは?」

「大体は素直に話して貰った。ずっと泣いててなぁ」

頭を掻くスライの横で、ぼろぼろの騎士を見た女が小さく悲鳴を上げた。


溜息をつきながらその女に同じ場所である事を確認する。

俺を見る目が恐怖に染まっていた。

この場合、それで…いや、よくないだろう。


「スライ。何ていうか」

「いや、彼女知り合いなんだよ。弟の話を聞いた事があった。その関係で脅迫されていたそうだ」

「お前、知り合いなら言えよ…」

「…言って役割変わってたら、彼女の事こんなぼろ雑巾みたいにできたか?」

「……。」


青年に肩を貸し、皆の所へ戻る。

遅れて出発していた皆も合流し、総勢30人を超える人間が集まっている状態になっていた。

その皆の刺さるような視線が俺に注がれる。

肩を貸している騎士のせいだろう。

しかしもうそんな事はどうでも良かった。

どうせこの程度の傷ならば、今回同行している僧侶2人が幾許もなく癒せるだろう。

恐怖心などは残るだろうがもう二度と会う事もあるまい。


手荒な事はしないと言っていた、と文句を言う騎士達に最初に手を出したのはクレイルだと煙に巻き、その話を終わらせた。

当のクレイル本人は懸命に何か説明していたが。



いずれにせよ、目的地は定まった。

追いつけるかは分からないが。


俺とスライ。

騎士達は…どこまで信用していいものか。

結局、信用できる馬鹿のクレイルだけを加え、3人で取り急ぎそちらに向かう事にした。

他の騎士達も色々と言っていたが、

悪いが信用できない、行くなら勝手にしろ、行き先は教えないが。という言葉で引き下がった。

この人数ではどうなるかは分からないが、それでも何も出来ないよりは余程ましだ。

クレイルは先日の出来事から少なくとも俺と同じ程度には腕が立つ事がわかっている。

俺に対する感情は兎も角、余程の人数を相手にしなければ何とかなるだろう。


ヴァージルと残る騎士達に、グラニスへの連絡や裏切り者だと分かった彼らの拘束を依頼し、ここで分かれる事にした。



「すまない。本当は1人か2人くらいお前につけてやりたいが。俺の権限を逸脱している」

「…無駄骨を折らせた上に色々と頼み事もしている。謝られる事なんてないだろ」

「無理だと思ったら一度戻れ。アレンさんはお前になら多少は助力するだろう。無理はするな」


無理はする。当たり前だ。

ヴァージルに曖昧に笑って答え、俺達は急ぎ出発した。




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