表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
82/262

ヴァンゼル家06

結局浅い眠りが妨げられる事もなく、交代の時間が来て起こされた。

隣で未だ眠っているレイスは…そのまま置いておく事にしよう。

彼女に関しては、残念ながら戦力外扱いされており、この見張りからも除外されている。

実際彼女はこういった行動は不慣れで、客観的に見てもこの場面でそれを任せる気にはなれない。

別に隣に並べて見張りでも構わないが、客観的に見ると命が懸かっている状況では遠慮願いたい光景だろう。


次の見張りの担当は俺とヒルダ、先程先頭を走っていたランク5の長剣使い、そして騎士の1人。

合わせて4人だ。



面倒臭そうに俺を起こしたのは今まで見張りをしていたスライだった。

「んじゃ、宜しくな。来るんだったらそろそろじゃねぇか?」

などと欠伸をかみ殺しながら言っている。

そうだな、と適当に返す俺に特に返事をするでもなく、少し離れたところでさっさと横になった。


図太いのか思慮深いのか、まったく掴み所のない。

気に掛けるでもなく馬車から一番離れた所に座って道の先を眺める。


もう、じきに夜も明けるだろう。

集中しなければならないのもあと少しの時間だ。

自分に言い聞かせ、集中力を維持する努力をするのだが、何の動きもない道の先を眺めるのにはすぐ飽きた。



一度振り向き、レイスが寝ている姿を確認して再度振り返る視線の端でヒルダがこちらに歩いてくるのが見えた。


「…ちょっといい?」

丁度飽きてきた所への来客に二つ返事で答える。


「あんた、やっぱりあの子が大事なんだよね?」

質問の意味を図りかね、一度視線をヒルダの方へ移す。

その銀髪の下、日に焼けた表情は焚き火に後ろから照らされ伺い知る事はできなかった。


「どういう意味か分からないが。まぁ。大事だな。」

「やっぱりさ、あの子に何かあったら自分の事なんて放って置いて何とかしようとする?」

ますます意味が分からない質問に困惑し沈黙してしまう。


「あぁ、まぁいいや。ごめんね」

立ち去ろうとするヒルダに、一応答える。


「取り合えず、質問通りだろう。自分よりも優先すると思う。何の質問だ?」

「…やっぱりそうだよねぇ」

そう答えたヒルダは振り返り、反対側で見張る残る2人の方へ歩いていこうとしている。


「おいおい、ちゃんと見張れよ。この時間が一番危ないだろ」

「そうだね、まぁすぐ戻ってくるから大丈夫だって」

振り向いた彼女の顔は少し硬い表情に見えた。


レイスは馬車の割と近くに置かれた焚き火の近くで今も眠っている。




見張りが1人抜けたこちら側で異変があっても困る。

一体なんだよ、などと独り言を呟きながら先程よりも強く警戒する視線。

その視線の先で、夜半に薪を追加した筈の焚き火が弱々しい炎を上げている。


「あいつ薪足すの忘れやがったな…」

少し離れたところでいびきを上げている見慣れた金髪に毒づく。

ヒルダがこちらに戻ってきたら一応薪を足そう。

そんな事を考えていた。





結果的に言うと、襲撃はなかった。

その必要もなかったのだ。






背後で、小さな軋むような音が聞こえた。

それは遠慮がちな響きで、後ろで見張りをしている彼らの立てた音だろうと考えていた。

その事実は間違ってはいなかったが。


少し争うような音が聞こえ振り向いた。



ヒルダが無表情に、レイスの首元に小剣をかざしている。

俺が振り向くのを待っていたように口元が囁く。

「悪いんだけど、静かにしてて。そこから動かないで」


全身の毛が逆立つような感触を覚えながら、しかしその場で動けない俺の視線の先。

見張りをしていた騎士の1人が、馬車から長い黒髪の女性の口元を押さえて降りて来た。

ミネルヴの侍女だろう。


その手前。

ヒルダがレイスを揺すって起こしている。

目の前にある小剣に、声をあげようとするその口をヒルダの左手が塞ぐ。

促され、首元に小剣を押し当てられながらレイスが馬車のほうへ半ば引き摺るようにして連れられていく。


俺は振り返り完全に立ち上がっていたが、ヒルダの視線にその場から動けずにいた。

…何かしらかの行動を取れば、彼女は即座にレイスの首元にその小剣を突き立てるだろう。


歯を食いしばり今にでも襲い掛かる準備が出来ている俺の視線と、

口を塞がれ、首元に冷たい物を押し当てられながら引かれていくレイスの視線が合う。

恐怖を感じているが、恐らく彼女は比較的冷静だ。

引かれるのに逆らわず、素直にヒルダの引く方に歩いている。




物音に気付いたのか、起き上がろうとした別の騎士の首元に長剣使いの刀身が突き刺さる。

…不幸にも目が覚めてしまったその騎士は、再び永遠の眠りにつく事となった。

しかしその犠牲により、響く物音。

金属が肉に突き刺さる、不愉快だがこの場の全員が聞き慣れた音。

それによって、ほぼ全員が目を覚ます。




しかし、状況は絶望的だった。

ミネルヴの侍女を人質に取った騎士の1人。

中年のその男の顔には悲壮感しか感じられない。

その前に立つ長剣使い。

レイスを人質に取ったヒルダ。




この場の全員から少し距離を取り、こちらの全員が目を覚ますのを待っているように見える。

俺は見張りをしていた位置で立ち尽くしていた。よりによってこの中で一番彼らから遠い。

こちらから視線を外しているヒルダを伺いながら歩いて彼らに近づくが、少し歩いた所で再び立ち留まらざるを得ない視線を浴びる。


目を覚ました騎士達は仲間の死体と状況に、明らかに狼狽している。

…スライをして馬鹿と評されるクレイルの肩が少し震えているように見える。

冗談ではない。

侍女ならばと切りかかりでもされたらレイスはどうなる。


「おい、やめろ。動くな馬鹿野郎が」

口汚く罵る俺に、その馬鹿が振り向く。

その顔に貼り付けられた凄まじい焦燥感。

…何となく、理解した。


隣に立つスライが凄まじい表情で、人質を見ている。

人質。

レイスと、恐らくは侍女ではなくミネルヴ本人。




「で、一体どうするんだ。ヒルダ、とりあえずレイスを返せ」

本音を述べる俺に再び騎士の1人が一度振り向く。


残る皆も、この状況に明らかに困惑している。

当然だ。一体何が起こっているのか、彼らが何をしたいのか全く分からないだろう。


「リューン、悪いね。でも、もう後がないんだよ」

悲しそうに笑う彼女が続ける。


「とりあえず、追って来ないで欲しい。そうだな…日が出るまで足止めして貰えないかな?」

ふざけるな。それでどこに彼女が助かる保障がある。

しかし今ここで彼らを殺そうとするのは、人質2人の命を一緒に消すのと同意だろう。

…そのやり取りをよそに、長剣使いが馬車を引く。




「それで、レイスは?」

「無事返す…努力はするよ」

「ふざけるな。約束しろ」

言いながら歩き出す俺に、アレンの所で見張りをしていた男、ヴァージルが囁く。


「俺達は一応お前に従えと言われているが…どうする?」

「足止めする。くそ。」

無表情に頷くヴァージルはじめ7人が俺に続きゆっくりと歩く。

それにあわせ更に距離を取るヒルダ達。


残る騎士とランク5の冒険者達。

そしてヒルダたち。

俺達8人はその間に立ち、振り向いた。



馬を引き、この場から立ち去ろうとするヒルダ達に念を押す。

「必ず無傷で返せ。何かあればどこまでも追って殺す」

「…わかった。」



その答えで完全に姿勢は決まった。

視線をこちらに移すクレイル。


俺とヴァージル達が8人。

クレイル達騎士とランク5の冒険者が7人。

人数はいい勝負だろう。

視線の先、騎士達の後ろのスライが明らかに狼狽した表情を見せている。



一度振り向く視線の先。

レイスと一瞬だけ目が合う。

…必ず助ける。


もう1人が貴族だろうと、どうなろうと知った事ではない。

だが彼女だけは。



「早く行け。約束は守れよ」

馬車の動き出す音。

最後の声への返事はなかった。






睨み合う視線が場を硬直させる。


しかしこの意味が分からない出来事に、騎士達以外の士気は低い。

俺に並ぶヴァージル達も、ここで戦う事に意味がないとわかっているのだろう。

明らかに戦う意思がない。



睨みあう沈黙に、落ち着きを取り戻したスライが声をあげた。

「取り合えず、やめとけって。ちょっと相談しよう」


…しかし俺はそれも納得がいかなかった。

「相談だと?一体何をだ?あれは侍女なんかじゃない、本人だろ?」

その言葉に騎士達が苦い顔をする。


「何故黙っていた?おまけにお前達の中からも裏切り者が出ている。お前達と相談する事なんてあると思うか?」

忌々しげに吐き捨てる俺にスライが声を掛ける。


「リューン、ちょっと落ち着けって。だから一体どういう状況なのかを

「お前も一体何を隠している。落ち着けだと?笑わせるな」

その言葉にスライが歯を食いしばり視線を落とす。


今すぐにでも腰の剣を、誰彼構わず突き立ててやりたい気分だった。

怒りと焦りが心の中で渦巻いている。




すぐ隣でため息が聞こえた。

その直後、右の頬を平手で打たれる。

「もういいだろ。焦るのは分かるが落ち着け」

驚き振り向く俺に、全く表情がないヴァージルのやはり感情が篭らない言葉。



くそ。

怒りと焦りは収まりようがない。

しかし、分かっている。スライが言った通りだ。

とにかく今何が起きているのかを確認するべきなのだろう。

スライの周りの残された冒険者達も完全に蚊帳の外で、何をしていいのか分からないと言った表情だ。



「…スライ。悪かった。お前の言うとおりだ」

大きく溜息をついて続ける。


「で、あれはミネルヴ本人って事でいいのか?」

興味もなさそうに聞く俺に、気まずそうに騎士達が頷く。




彼らが去ったパドルアへ戻る道。

その逆、俺の正面。

道の先から今まさに日が昇ろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ