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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家05

馬の背に揺られ、パドルアからの道を行く。


最初の目的地は拠点の町エルムス。

パドルアから東に3日程行った所だ。

馬なら2日で十分だろう。


以前、聖マルト王国との国家間の小競り合いの関連でうろついた町だが、

今度はその逆の、和平や停戦といった目的で向かっている。




先頭を行く長剣使い。

その後ろに、ギルド派遣の者やアレンの部下達が並ぶ。

騎士達は、自分達以外の腕も素性も、完全に信用している訳ではないらしい。

同行する騎士6人のうち4人が馬車の周りに着いている。

…そして残念ながらクレイルと名乗った青年はこちらの囮に同行しており、最後尾についていた。




俺が見渡す視界の中にレイスは居ない。

何の事はない。

彼女は馬に乗れないのだ。


一緒に乗る事も考えたが、馬の疲労や護衛としての安全性を考えた結果、頼み込んで馬車に乗せて貰った。

中身が貴族のミネルヴ本人であれば彼女も固辞しただろうが、侍女ならばといった所で本人も渋りつつ指示に従った。

騎士達も当然いい顔をしなかったが、ランク2という前提が戦力として扱われず結局もうそれでいい、という扱いになったらしい。

西門での折に、本気で氷の槍をばら撒かれなくて良かったと思う。




馬車の少し後ろに着いていると、隣のスライが寄ってきた。

「さっきは悪かった。あいつは昔から馬鹿なんだ」

「馬鹿ってお前…」

散々俺の事を同じ言葉で罵った輸送ギルドの女を思い出す。

そこに本気の侮蔑や嘲笑の意思はないのだろう。

多分。そう願いたい。


そんな事よりも余程気になるのはその言葉の端だ。

「昔からってのはなんだ。昔の後輩か?」

「まぁ色々あるんだよ。とにかく、悪かったな」

そこで話を打ち切るスライの馬が離れる。


まぁいい。

皆忘れたい物や知られたくない過去もある。

それをしつこく詮索しないのは当たり前だ。

必要があれば自分で話すだろう。


思考を切り替え、今は敵襲に備えながらただ馬を走らせる事にした。






結局何事もなく夜になり、皆が野営の準備をしていた。

明日の夕方にはエルムスに到着するだろう。

簡単な食事を準備し、それを配る。


今の俺の役割は見張りだ。

…襲撃を予想するのであれば夜だろう。


物取りではない。殺害するのが目的。

もし自分であれば夜襲する事を選ぶ。

失敗しても逃走しやすい上に、相手は足を止めて休んでいる。

一切休まずに旅などできまい。

そして襲撃してくるとすれば、それは夜襲にも慣れた集団かと思われる。

結果的に俺達は常に見張りを4人立て、少し離れた所にも焚き火を用意した。




道に座り、行く先を眺めていた。

道の先にも火が焚かれている。

直視してしまうと結局見えなくなるので、そこから少し視線を外すように辺りに気を配るが、

見張りが4人もいるという安心感からつい集中力が緩む。


そこへ食事を持ったレイスがやってきた。

少し泣きそうな顔をした彼女は、知らない人間と一緒にいる事が得意な部類ではない。

あの密室の中に2人だ。…さぞ苦しかっただろう。


レイスはそのままゆっくりと隣に座り込んだ。

「疲れました…」

辺りを窺いながら小さな声で言う。


「少しは話したか?」

「話したなんて…。色々聞かされて大変でした。」

「へぇ。貴族のお嬢様の侍女だろ、色々大変なんじゃないのか。聞いてやれよ」

「聞きますけど、何を言っているのかわからないんですよ」


居る世界が違いすぎるからだろう。

彼らと俺達では、そもそもの生活の根幹が違う。

何か出来事を説明されて理解できない事があるのも仕方ないだろう。


ため息をついた彼女は思い出したように膝の上に置いた皿からスプーンを口に運び始める。

右手を伸ばしその皿を手に取って、胸の辺りで支えてやる。

「…ありがとうございます」

「あぁ。これくらい。」

目を閉じて軽く笑った彼女は、再びスプーンを動かし始めた。



スプーンの音が止んだ彼女の皿を、膝の上に戻す。


「ありがとうございます。リューン様、そういえば」

再び礼を言う彼女の顔が少し赤くなっている。


「なんだ。恥ずかしい事でも口走ったのか?」

「違います。いや、違わないかもしれません。…先日の王都での件、知っているそうです」

「……。」

思わず視線が下がった。

こんな所であんな恥ずかしい事を思い出す羽目になるとは。


「ミネルヴさんが、気分が悪くなるような事をしてしまい悪かった、と言っていたそうです」

「…そうか」

気を取り直して前に向き直る。

会った事もないがミネルヴという人物は、俺からすると普通の感覚を持っているか、

侍女にこんな事を言わせる程度には気をまわす人物のようだ。






「交代だ。食べてきてくれ」

後ろから声を掛けてきたのはアレンの所の見張りだった男だった。

その雰囲気にレイスが少し体を硬くしている。

隣で大げさによいしょ、などと声を上げながら立ち上がった。


「それじゃ、よろしく頼む。所であんた達どういう集まりなんだ?取り合わせがよくわからん」

「おいおい、何も説明されてないのか。…俺はあそこで詰めていて何かあれば動くっていうまぁ本職だ。

残りは色々だな。お前もうちに入ればあいつ等みたいな事をするようになるだろう」


その説明は、彼等の活動範囲が都市内だけではない事の現われだろう。

別に詳細な事にまで興味は無いが、少し驚いた。


「なんでも屋だな。ギルドに仕事出せばいいんじゃないのか?」

「おおっぴらに出来ない事も多いからな。ギルドも金になりさえすればいいという訳でもないだろう」

「あんた達も大変そうだな…」

おおっぴらに出来ない内容は聞かない事にした。…今回とは真逆の仕事などもあるのだろう。



見張りを譲った俺はレイスと食事を取りに戻り、少し味が薄い食事と共に焚き火の近くに座り込んだ。

近くで横になるレイスに一度視線をやり、味わうでもなく皿の上の物を口に放り込む。

皿を戻しに行くついでに自分の荷物から薄手の布を取り出し、先に寝息を立てているレイスに掛けてやった。



再び周りを見渡すが、皆素直に横になって休んでいる。

馬車の周りの騎士達も1人を残して休む事にしているようだ。


馬車の中の侍女は一度も降りてこない。

確かに馬車の中は少しは安全だ。

その上、外見で偽者だと看破されれば、今の行為の全てが無駄になる。

流石に町についてまで馬車に篭る事はないだろうが、ここでうろつくのは得策ではない。


しかしあの中に篭り続けるのもさぞ苦痛だろう。

軽く心の中で同情しながら、レイスの隣で横になった。



視界に空だけが写る。


…全く、ついていない。

その空に浮かぶ月の形はひどく細く、恐らく焚き火がなくなれば真っ暗になるだろう。

夜襲を掛けるには最高の夜だ。

辺りは比較的見通しのいい草原だが、その草の背は低くはない。

比較的近くまで接近する事も出来るだろう。



一度起き上がり、自分の荷物をレイスの頭の脇に置いた。

運がよければ矢避け程度にはなる筈だ。

ベルトに差し込まれたナイフや剣の具合を一度確認し、再び横になる。


もし今日仕掛けてくるならば、もう少し見張りの気が削がれてからだろう。

夜中から明け方。

若しくはもう数日、こちらが警戒し過ぎて消耗するのを待つ。


残念ながらその選択権は相手にある。

その相手が囮に引っかかって俺達の前に現れてくれれば、という前提だが。


何れにせよ、いまここで出来る事は備える事だけだ。

皆そう思っているだろう。



隣で眠るレイスの顔をもう一度眺める。

そして再び空を眺め、今度こそ目を閉じた。


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