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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その4
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ヴァンゼル家02

レイスと分かれた俺は、1人でスライの家に向かう。


以前であれば、この類の危ない橋も仕方ないと考えて普通に消化しただろう。

だが今は状況が違う。

俺1人だけで行ってくると言っても彼女は納得しないだろう。

それに今回は恐らく、その彼女の力が必要となる状況もあると思う。

…なおさら状況を把握したい。



先日からそれ程の日も開けず、友人の家のドアを叩く。

出てきた子供からスライが留守である旨を聞いた俺は、結果的に気が進まない方を先に尋ねる事となった。




以前グラニスとスライそして俺の3人で歩いた、がらの良くない通りのさらに先を歩く。

立ち並ぶ売春宿などを視線の端で眺めながらその奥へと進む。

この時間だ。人通りは多くない。

幾つかの窓からの視線を感じながら、その一角にある裏路地へ入った。


路地を進む先に見張りの人間が2人立っている。

向こうから訪ねられるよりも先に、こちらから名乗った。


「リューンフライベルグだ。アレンに会わせて欲しい」

それを聞いた一人が無言でその先の家の中へ入っていく。

残る1人が無表情のまま、話しかけてきた。


「その気にでもなったのか?」

「勘弁してくれ。俺はお前達の仲間になる事は無いと思う。今日はちょっと用があるだけだ」

「…そうか」

それきり何を言うでもなく俺から視線を外した見張りは、俺が入ってきた路地の入り口の方を眺めていた。


暫くすると先程の男が戻り、何事もなく俺は中に通された。


王都の屋敷と比べると冗談のような所だ。

普通の大き目の一軒屋といった所か。その1階で振り向く数人の視線を浴びながら2階に上がり、左手の扉に案内された。


ソファに座り、俺の入る扉を鋭い目つきで見る男。

出来れば会いたくないといつも思っていたのだが、何の因果か今回は俺が尋ねてきている。


「どういう風の吹き回しだ。いい返事でも聞かせてくれるのか?」

相変わらずの物言いだ。

昨日の話の流れからして、用件はわかっているだろう。

まぁ座れと言わんばかりに正面のソファに視線をやるアレンに従い、素直にそこに腰掛ける。


「一体何が起きているのか教えて欲しい。俺の仲間が同行する。俺も行くかもしれない」

「…一応警告しているんだがな」

「分かっている。それは有難い。だが、こちらにも義理だのなんだのがある。一体何が起きている?」

沈黙が流れる。


何か情報に対する対価を要求されるのだろうか。

払える物ならば払うが、面倒な要求であれば何も情報を得られなかったと思うしかないだろう。


少し首を傾げたアレンが話し始めた。

「うちの商売敵というか、まぁ似たような集団があるんだが。そこが王都から来る要人とその護衛の暗殺の依頼を受けている」

「要人か。確かに要人だろうな。その護衛も全員か」

「…そうだ。その護衛も含め皆殺し、っていうのがその依頼内容らしい」


グラニスの話と合致し過ぎている。恐らく間違いないだろう。


「その情報はある程度拡散しつつある。その要人も別に自殺願望がある訳じゃないらしい。

パドルアからは囮を先行させるそうだ。それと、恐らく狙うのは国境付近。上手く行けば…いい火種になるって話だ」


こいつはどこまで把握している。

恐らくはグラニスよりも事情に詳しいだろう。


「そうか。であれば俺達が付くのは囮だろうな。あんたの言う通り、断った方が良さそうだ」

「意外とそうでもないな」


俺はあっさりと判断を覆され、しかしその男は何も言わずこちらの反応を見ている。

…もうこのやり取りにも慣れた。


「それで、一体何をしようとしている?」

「お前の仲間という体で、うちの人間を連れて行け。

暗殺を受けている集団はさっきも言った通りうちの商売敵だ。

正面からやり合うと色々と面倒だが今回はいい口実だ。減らせる時に数を減らしたい」


成る程。あくまで護衛として相手を叩けるという話だ。

確かにいい機会なのだろうが。

「…俺の仲間として?」

「そうだ。別に何も聞かれやしないだろう。古い仲間だとか適当に言っておけ。必要であればこちらでその履歴も用意してやる」

「至れり尽くせりだな…」

「そうだろう。何しろお前はいつまでも振り向いてくれない。貢ぎもする」

苦笑いしてみせるその顔を見て、いつかの不快な感情がよみがえる。

しかし今はどちらかと言うと礼を言う場面だろう。


「話を聞けて助かった。礼を言う。仕事を請けるかは未だ決めていないが、早々に決めてもう一度ここに来る。それでいいか?」

「あぁ構わん。ただ、早くしろ。お前が居ないのであれば他の伝でうちの人間を潜りこませる準備も必要だからな」

恐らく、そんな根回しはとっくに済んでいるのだろうが。



立ち上がる俺をアレンが呼び止めた。

「お前の所のあの娘、やるようだな」

「あぁ、俺より余程強いだろ。返せとか言い出すなよ?」

「そんな事は言わん。ただ、危うい物を感じた。過信するな。それだけだ」

「…分かった。また来る」


俺はそのまま振り向かず、そこを出た。

見張りの視線を背中に受けながら路地を出る。


しかしアレンの情報量は大した物だ。

どこまで知っている。把握している全てを俺に話す、などという事はあるまい。

…まぁいい。


仮に仕事を受けたとして、単純にこちらの手数が増える事がわかった。

恐らくそれなりの手練れを寄越すだろう。

代理戦争だろうがなんだろうが、こちらの安全側に振れる事であれば問題はない。

彼らがそこまでする動機。

先程の商売敵という表現もそうだろうが、そもそもの彼らの行動理念。

危険な平和主義者。

いい火種などと言っていたが、それは望んでいないのだろう。


とは言えそんな心配はあくまでこの仕事を請けるのであれば、だ。




アレンをして危うい、と評する彼女も少し心配だ。

本当はこの護衛の話も断りたい所だが。

しかし王都からここまで10日は掛かる。

全員分の馬があったとすればもっと短いだろうが、それでもすぐに出かける様な事にはなるまい。

方針を決めてからでも遅くはないだろうが、もう少しゆっくりしたい。




再びスライの家に向かう。

彼にならば今聞いた事も含め、あらかたの事は話しても差し支えないと思うが。


しかし俺は再び留守を告げられる。

もうすっかり夕方だ。こんな時間にどこに行っている。


しかし食事などは誰かに頼んだのだろう、家の中からは食事のいい匂いが漂っていた。

予定通りの外出。仕方がない。


結局、宿へと戻る事にした。





食堂を通り抜ける。

もうじきに夕食の時間になり混雑し始めるだろう。

2階に上り、部屋の扉を開けた。


レイスは机に倒れこみ、その手に持ったペンが机に何とも芸術的な曲線を描いている。

規則正しく揺れるその肩に少し安堵し、反対側へ回り込んでついでに寝顔を眺めようとした。


机の上にある紙。

恐らくは彼女が書いている最中の手紙。

見るべきではないと思いつつも泳ぐ視線がその書き出しを捕らえてしまう。




リューン様。

この手紙を見られたという事は、恐らく私は死んだという事でしょう。




書き出しの自分の名前。それに続く文字をつい目が追ってしまうのを止められない。


…勘弁しろ。

その先にひたすら俺に対する礼や賛辞が並び、その言葉は途中で途切れていた。

先日から課題となっていたへたくそな文字。

そこに込められた思いは如何程だろうか。



眠り続ける彼女の前で、立ったまま動けずに居た。

右手が自然に顔を覆う。少し涙が出ていた。


色々な事を考えてしまい高ぶった感情が落ち着くのを待ち、再び反対側に戻った。

そしてその肩に触れ、声を掛ける。


「レイス、風邪引くぞ。遅くなって悪かったな」

すこし唸るような声を上げ、起き上がる彼女がぼんやりとこちらを見上げる。


「あれ…すみません。えーと…」

俺は自分の視線が机の上に落ちないように、ベッドのほうに向き直る。


「寝るならそっちで寝ろってば。寒くないか?」

「だ、大丈夫です。もう、食事の時間ですか?」

状況を思い出したのか、少し慌てる彼女が机の上の物を隠すのを待ってから振り返る。


「ペンなんて借りてきて文字の練習でもしていたのか?まだ続けるなら待つぞ?」

「いえ今日はもう…やめる所です。本当に。夕食にいきますか?」

「あぁ、そうしたい。いいか?」

「はい。ちょっと待って下さい」


時折こちらを伺いながら机の上を片付ける彼女をなるべく見ないように待って、食堂に下りた。

いつも通り食事を切り分け、彼女の前に押し出す。



この行為も永遠ではないかもしれない。そうあって欲しいが。

彼女も分かっているのだろう。


食事を片付けながらスライがずっと留守だった事を話した。続きは部屋に戻ってからにするつもりだ。

本当は、そんな話などしたくない気分だが。


今はゆっくりと食事の時間を楽しみながら、目の前の彼女の姿を目に焼き付ける。

あの手紙を改めて読む日が来ないことを祈りながら。

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