2人の日常08
彼女のランクがあがり、少し制限のつく依頼も受けられるようになった。
実際の所そういった制限がある場合には、その殆どがランク3以上なので状況はあまり変わらないのだが。
「ランクも上がった。一度長めに休もう」
暫くの休みを提案する言葉に、少し不満げな顔をする。
「折角いい調子なのでもう少し続けたいのですが…」
「別に焦る事はないだろ?正直言うと、俺が少し休みたい」
情けなく笑って見せる俺に仕方ない、と言った表情で首を縦に振る。
実際の所。
この所依頼の内容が少し偏っている。
以前であれば制限がついたような内容の討伐などが、制限無しの分類にあるような気がする。
更に言うと護衛や魔物の討伐より、人間相手の依頼内容が多く感じる。
淘汰して、全体的な質の引き上げを狙っているのか。
大規模な対人戦の予定でもあるのか。
それとも他の何かしらの要因があるのか。
ギルドも営利団体だ。
そこに何かしらの指向性が働くのは別に構わないと思う。
しかし自分達がその犠牲になるのは勘弁だろう。
兎も角、こんな調子では依頼の紙1枚からその難度を推し量るのが難しい。
休みたいというのも本当だったが、その傾向を見極めたかった。
…そして何より。
彼女の、戦いの中に存在意義を感じている様子。
戦う事は目的ではない。
あくまで生きる為の手段だ。
少し戦いから遠ざけて様子を見たい。
暫く休むとは決めたものの、特に何かやる事がある訳でもない。
2人とも2日続けて昼過ぎまで寝過ごし、ルシアに呆れた顔をされた。
「あんたのせいでレイスまで寝坊してるじゃないか」
「俺のせいじゃないって…」
昼過ぎの朝食を食べに降りた俺とルシアのやり取りを見て、レイスが少し笑う。
「やる事がない」などと言うと仕事を請けたいなどと言い出すのが目に見えていたので、
結局のところ目的はないが、彼女と町をふらふらする。
いつか休みを取った折と同じように大通りを歩きまわり、特に何を買うでもなく服や装飾品が並ぶ店を眺めてまわる。
こういった折のいつも通りの行動となっているが、
広場に座り込んでドーナツを食べる彼女を眺める。
その彼女は人の流れを眺めながらそれを嬉しそうに頬張っている。
「毎日ずっとこんな風だったら楽しいですね」
以前彼女が言っていた言葉だ。
今も同じ事を考えているのだろうか。
「…毎日こんな風だったら楽しいんだろうな」
口走る俺に、驚きの顔でこちらを振り返る彼女が思い出したように笑う。
「いつもじゃないから有難いんですよ?リューン様」
少し得意げな表情で最後の一口を食べ終えた彼女が、立ち上がって服についた砂糖をぱたぱたと払い落とす。
「それに私はいま。あなたの為に戦えるのが、とても嬉しい」
こちらを見詰めながら口走る彼女の言葉は小さな声だった。
しかしそれは強い意志を持って発せられた言葉だったと思う。
「もう一度言っておくが、俺はお前が居てくれるだけでいいんだ。
無理するなよ?辛かったら早く言え。蓄えも多少はある」
そう言う俺に微笑み、彼女は何も言わなかった。
座り込んだままの俺の隣に彼女が再び座りなおし、何を言うでもなく人の流れを眺めていた。
いつか指輪を買った店を眺めながら彼女が言う。
「もう少しお金を貯めたら、私にも何か贈り物をさせて下さい。何が欲しいですか?」
欲しい物。
…特にない。
強いて言えば豊富な生活資金。
だが今聞かれているのはそういう事ではないだろう。
「特にそういうの無いんだよな。別にそんな事しなくてもいいぞ?
貯めておけ。何かあっても金さえあれば多少は何とかなる」
「そんなのずるいですよ。私だって何かしたいんです」
不満そうな顔で口を尖らせる彼女に向き直る。
「わかった、何か考えておくから決まったら言うよ」
苦笑いを浮かべながら彼女の頭に手を載せて立ち上がり、
その手を握る彼女の右手を引き上げると、再び俺達はふらふらと歩き出す。
町外れの養成所付近に差し掛かる。
宿を出たのが昼を大きく回った時間だったので、既に夕方と言って差し支えないような時間になってしまった。
剣士の養成所の前を通り過ぎ、魔術士の養成所に差し掛かる。
その前でグラニスとスライが渋い顔で話し込んでいた。
こちらに気付いたスライが軽く右手を上げるのに返した。
「グラニスさん、お話し中すみません。この間はありがとうございました」
そういう俺の後ろでレイスが頭を下げている。
「上手く行ってるみたいでよかったな」
「スライもありがとうな。本当、色々聞けて助かった」
「なんだよ気持ち悪ぃ」
そう言いながらその顔は少し嬉しそうだ。
「…所でリューン」
切り出すグラニス。それをスライが遮る。
「あぁ、ちょっとまた今度話す。またな」
その手が、しっしっ、と追い払おうとしている。
「なんだよそれは…」
その隣のグラニスは相変わらず渋い顔だ。
何かあるのだろう。
しかしスライはそれを遮った。今こちらからそれを聞くのも野暮という所だろう。
やはり隣で訝しげな顔をするレイスと共に頭を下げ、その場を立ち去る事にした。
「何かあったんでしょうか?」
「なんだろうな。多分あらためて話があるだろ」
気にせず宿に戻った俺達はこのまま夕食をとり、眠るまでゆっくりと二人で過ごす筈だった。
食事を終え、2階に戻ろうとしていた。
テーブルの上の皿を重ねる。
背後、宿の入り口。
明らかな威圧感を感じた。
正面のレイスが目を見開いている。
立ち上がり向き直る視線の先。
アレン。
王都とここパドルアに勢力を持つマフィアの恐らくNo.2
明らかに食堂内の空気が変わっている。
先程の喧騒は完全に無くなり、静寂が横たわる。
「…何の用だ」
相変わらず慣れない雰囲気に、絞り出す声が少し掠れる。
「久しぶりだな。剣の具合はどうだ。気に入ってもらえたか?」
素直に礼を言うべきなのだろうが、まさかその為にここまで来たなどという事はないだろう。
「…どうせそんな事を聞きに来たんじゃないだろ?」
ペースを取り戻した俺は軽口で返す。
その背後でレイスが立ち上がった。
背中に隠れたりはしない。その目は真っ直ぐにアレンを捕らえている。
俺は兎も角、こんな雰囲気を垂れ流されて立ち話などされては店の他の客も堪らないだろう。
近くの4人がけのテーブルを顎で指す。
「座ってくれ。落ち着かないだろ。レイス、皿返してきてくれ」
努めて普通に振舞うそれに、食堂の雰囲気が戻っていくのを感じる。
先程の雰囲気を充満させておくのは俺が良くてもルシアは許さないだろう。
いつものように無表情のまま、素直にそこへと座るアレン。
その正面に座り込む。
「あんたみたいなのはこういう所に普通に来るなよ」
「呼び出しても来ないだろう?」
「…確かに行かないな」
浮かない顔で話す俺の元へレイスが戻る。
俺の右後ろで佇む彼女は相変わらず刺すような視線をアレンに向けている。
その視線を一瞥で逸らさせ、アレンが話し始める。
「随分と順調そうだな。噂も聞くぞ。変わった戦い方の剣士と、片腕の魔術士のペアだそうだ」
「…だからどうしてそうやって目的をはぐらかす」
こいつはいつもそうだ。以前、ミリアとセイムの件で話した折も。
そもそも関わりたくないと思っている所に遠まわしな事から話し始める。
「そう苛立つな、今日はお前の為に来た。暫く護衛の仕事を請けるのはやめておけ」
「一体なんだ。物取りにでも転向するのか?」
こちらはこちらのペースで軽口を叩いてみせる。
「特に長距離だ。人間の護衛もやめておけ」
完全に無視して言いたい事を言い終えた様子のアレンは、立ち上がろうとしている。
「ちょっと待て。一体なんだと言っている」
「今言えるのはそこまでだ。気になるなら自分で出向いてくるんだな」
そのまま立ち上がり、背を向けた。
「…剣は有難く使わせて貰っている。礼を言う」
その言葉に意外そうな顔で振り向き、軽く笑みを浮かべた。
「それは良かった。そのうちにいい返事がもらえる事を期待している」
「そういうのは無しなんじゃなかったのかよ」
一方的に言いたい事を言ったアレンは、それを無視して出て行った。
出口の先に数人の取り巻きをつれて立ち去る後姿が一瞬だけ見える。
「くそ。疲れた…」
大きく溜息をつく俺の隣にレイスが座り込み、少し心配そうな顔をしてこちらを覗き込む。
「大丈夫だ。いつも言いたい事だけ言って行くんだあいつは」
相変わらず心配そうな表情を浮かべる彼女に微笑み、もう一度大丈夫だ、と声を掛けて立ち上がった。
振り返ると予想通りこちらを少し不機嫌そうに眺めているルシアと目が合い、軽く頭を下げる。
「レイス、部屋に戻ろう。ゆっくり過ごす筈が台無しだな」
力を抜くそのままの勢いでベッドに座り込み、安物のベッドがきしむ音が部屋に響く。
隣に座ったレイスは寄りかかるようにその体を預けてくる。
突然見たくもない奴の顔を見せられたお陰で、彼女と出会ってからの事を再び思い出していた。
恐らくレイスも同じだろう。
2人とも無言のまま時間が流れる。
先に沈黙を破ったのはレイスだった。
「私はここに居られて良かったと思っています」
その言葉に、同じ思いを返す。
「俺もレイスが居てくれてよかったよ。何の為に生きていたのかも分からなかった」
その先の説明は不要だろう。
「なぁレイス」
「…なんですかリューン様?」
「今更だけど。様は要らないな。話すのも普通に話せばいいぞ?」
少し考え込むような顔をする彼女をもう一度呼ぶ。
「はい、リューン…様。あの。なんというか。呼び辛いですね」
眉を寄せ、困った顔をしている。
「まぁ好きなように呼べばいい。これも今更だけどお前の事はその、奴隷だなんて思っていない」
「…私は別に奴隷でも構いませんよ?」
視線を前に向け、微笑む彼女の横顔に苦笑する。
「まぁいいや」
「…そうですね」
翌日。
俺達は再び養成所を尋ねた。
先日の氷板での防御について、少し練習したかった。
「グラニスさん、おはようございます。すみません、また午前中訓練場を借りてもいいですか?」
「あぁおはよう。リューン、レイス。丁度いい所に来た」
「…?」
そこで俺達は、多分に疑問が残る相談を受けることになる。




