2人の日常07
目の前に立ち塞がる3人。
普通に考えれば3人を同時に相手取ったりはしない。
1人でも呑気に突出してくるような相手ならばそうでもないが。
普通に囲まれるとなると、基本的には死を覚悟する場面だ。
しかし。
側面に回りこもうとする男が視界の右端に消えた。
直後、その男は数本の氷の槍を抱き抱えながら視界に戻り、苦悶の表情で横たわった。
残る2人の視線がその横たわる男、俺の数歩後ろに立つ魔術士、そして俺の元へと戻る。
…正確には視線が戻ったのは1人だった。
1人は目の前から視線を逸らしてしまったその横顔を殴り飛ばされ、首を背中に向ける勢いで倒れた。
その顔が再びこちらを向く事はなかった。
残る1人が慌てて構えなおす大斧。
その柄をすり抜ける青白い刀身が右腕を切り落とし、鞘へと戻る折に絶叫をあげる寸前の首を切り落とす。
振り向いて自分達以外の戦況を見渡した。
人数で上回っており想定通りに事は運んでいるが、苦戦している者の加勢に走る。
その後を無表情にレイスが着いてくる。
数で劣る野盗達はその後幾許かもなく皆殺しとなった。
これで依頼を受けるのは8度目だ。
依頼ごとに何日かの休みを挟むが、その全てで戦闘する前提の依頼を受けている。
レイスは3度目の依頼の時点で、もう震えたりはしなくなっていた。
仕事を終えて戻った日の夜には必要以上と思える程に接してくるが、その日だけで後は普段通りだ。
立ち回りの方針として俺の近くに居ると言っていた。
その予定通り、大概の場合彼女は俺の数歩から十数歩程度の位置に立っている事が多い。
4度目の依頼の折、彼女を狙う矢があった。
その矢が放たれる前にその射手の姿を見つけたレイスは、目の前に薄い板状の氷塊を作り出しそれを防いだ。
そういえば当初訓練所で練習していた折、色々な形の氷塊を作っていた。
槍を飛ばしているのだ。それを目の前に浮かせておけたとしても不思議ではない。
矢の主はその直後に同行していた弓矢使いに深手を負わされ、結局俺が止めを刺した。
5度目以降、俺は目立つ立ち回りをするように心掛けていた。
視線を集め、集中的に狙われる。
しかし思惑通り俺に近づいてしまった相手の一部は、その直後に氷の槍に射抜かれていた。
それを免れた者はやはりその直後、俺に殺されている。
基本、定石、といった効率のいい命の刈り取り方、2人での戦い方が定まりつつあった。
レイスも一歩下がっている状況で視界を広く取っており、自分が狙撃されないよう十分な注意を払っている。
その狙撃が俺を狙っている場合も多く、それも今までは狙っている間にレイスが先に射抜いていた。
少なくとも今までは危ないと感じた場面も少ない。
感じないだけで幾らでもそんな場面はあったのかもしれないが。
「報酬は明日にでも貰いに行こう。夕食前に浴場に行こうか」
「はい。リューン様。今回もうまく行きましたよね?」
「そうだな。今の所問題ないだろ。このままじゃランクも追いつかれるな」
「そんな事ありませんよ。…お役に立てて嬉しいです」
満足そうな笑みを浮かべながら部屋を出る彼女の後ろを歩く。
戦場で時折振り向くと、そこにいる彼女は完全に表情がない。
震える事もなくなった。
恐らくその力を振るう事に一切の躊躇はない。
そしていつも戻った折に聞く言葉。
「うまくいきましたよね?」
「役に立てて嬉しい」
そして決まって嬉しそうに微笑む。
もう過ぎてしまった事だが、本当にこれで良かったのだろうか。
手桶に入ったぬるい湯を頭からかぶりながら考え込む。
彼女は、彼女自身の為には戦ってない。
今も時折思い出す。
「彼女はお前の為なら何でもするだろう」というグラニスの言葉。
俺の為となる行動をしている。
必要とされる為。
それだけで戦っているような気もする。
床を眺めて動かない俺を、隣に座っていた男がなんだこいつはと言わんばかりの表情を浮かべて立ち去る。
…再びぬるい湯をかぶり、溜息をつきながら立ち上がった。
体を拭き服を着て、浴場の外で空を眺めながら彼女が出てくるのを待つ。
…いや、それだけで戦っている訳でもないだろう。
以前隣国で囚われていた折、同じように空を見上げながら彼女が何をしているか考えた事があった。
仮に立場が逆で、彼女が危険に晒されながら自分は何も出来ない、という状況になったとして。
自分はそれに甘んじるだろうか。
それは無い。
自分に何かしらの力があれば、彼女を助ける。
その力がなければ、それを必死に身につける。
そしてそれは、彼女の今までの行動そのものではないか。
「…どうしたんですか?」
眉をよせ、こちらを見上げるレイスが立っていた。
空を見上げる視線の先を追って同じように空を見上げ、再び俺に視線を戻す。
「いや、なんでもない。戻ろうか」
「はい。…大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。そんな事より早く戻って髪をよく拭こう。風邪ひくぞ」
部屋に戻り、椅子に座る彼女の髪をがしがしと拭く。
片腕で髪を良く拭くのは少し大変だ。
あらかたの水分を拭きとった彼女の髪を、改めて俺が拭くのがこの所の流れだ。
…多分、正しくはないのだろうと思う。
でも、間違ってもいないと思う。
少し無理をしている節もある彼女が心配だが、いまそれを辞めさせるのはもっと酷だろう。
食事を終え部屋に戻り、蝋燭を吹き消してベッドに潜り込む。
夜中、圧し掛かる体の重さで変な夢を見て一度目を覚ました。
それを押しのけるでもなく。
すぐ横にあるその顔を眺めているうち、再び朝まで眠っていた。
10度目の依頼を無事に完了させ、彼女のランクは2になった。




