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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の日常01
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2人の日常03

過去の講義の復習をしているレイスを置いて、剣士の養成所に向かう。

後程彼女に見せたい物があり、その為の小道具が欲しかった。


久々に訪れた俺に、講師であるランジは備品の貸し出しを快く許可してくれた。

乱雑に並ぶ棚の中から、具合の良さそうな盾を選ぶ。

…先日ミリアに一方的に暴行を受けていた折、場所を提供した事への罪滅ぼしだろうか。

その本人は俺の視線の先で、手練れの戦士のような太刀筋を見せて弟を追い詰めている。

どうやら今日は自由練習の日だったようで、1人で黙々と鈍らを振るう者や、決まった動きを二人で繰り返す者など、

見える範囲には色々な光景が広がっている。


その光景を少し眺めている内にセイムは剣を握る手を打たれ、姉の前に膝を着いていた。

あの姉だと弟は大変だろう。

肉体的に成長し、体力で劣っていた姉に逆転する頃の筈なのだが。



…嫌な予感がする。

急いで大き目の盾を選ぶ。

これでいいと思う物を選び終えた俺の視線の少し先で、その姉が弟に何か説教を垂れていた。

内容は分からないが。

火の粉が降りかかるような所にわざわざ飛び込みたくはない。

助けを請うようなセイムの視線に、気付かない振りをする。


先日王都に向かった折から彼女と話す時は、その大半以上が説教に近い内容だ。

彼の隣に並ばされて説教をされるのは、少し勘弁して欲しい。


盾を借りるという目的は済んだ。

今の内にと養成所を抜け出そうとした所で、少し離れた所から俺を呼ぶ若い女の声が聞こえる。

気付かない振りをしてそのまま歩く俺に、更にセイムの大きな声が掛かる。

聞こえない筈がない音量だった。

こちらを見ているミリアの斜め後ろに半笑いのセイムの顔が見える。

あいつ…。


恐らく引きつった笑顔を浮かべて、振り向いた。

その俺の所へ2人が歩いてくる。

流石に振り向いて走り出すのはどうかと思い、諦めてその場で2人が歩いてくるのを待った。


「先生、それ持ってどこ行くの?」

「…レイスの訓練の小道具だ。物は試しって程度の話だから気にするな」

「訓練?」

「実戦の訓練な。これは…心構えみたいな話だが」

へぇ…とでも言いたげな顔の2人。



結局、小道具だけでなく2人を引き連れて魔術士の養成所に戻る事になった。



「先生、王都で何かやらかしたって本当?」

俺の斜め後ろを歩くセイムから、釈然としない質問を投げかけられる。


「別に何もやらかしていない」

答えながら振り向き、何をどこまで知っているかをその表情から探ろうとしたが、

半笑いのその表情から恐らく出来事の大半を知っているものと判断し、溜息をつきながら前に振り向く。

…セイムにそんな事を話すような相手といえば、その姉しかいない。


「おい、ミリア」

何も答えず振り向くミリアの顔も少し笑っている。

その顔を見て、俺はそれ以上喋るのをやめた。


しかしどういうことだ。

衛兵に囲まれながら抱き合って見せるという狂気の沙汰を披露したのは確かに事実だ。

しかしあの時、近くには誰もいなかった筈だ。

スライ、ミリア、そしてグラニスが遅れてやってきた。

そこまでは知らず何となく雰囲気でからかっているのか、それとも…。

考え込む俺の脳裏に、レイスの困ったような顔が浮かぶ。

セイムが相変わらず半笑いで、頭を抱える俺を眺めていた。






概ねの復習を終えたレイスと、訓練場の土の上に立っている。

訓練場の端と端。

グラニスとついでの姉弟は、養成所の建屋の前でこちらを見ている。



的の板の脇に立つ俺が手を振り合図をすると、少し戸惑いながら彼女がその的に狙いを定めて氷の槍を放つ。

寸分の狙いも違わず氷の槍は板を貫いていた。


…大体分かった。


今度は的の前に立ち、再び合図を送る。

視線の先の少女は先程の打ち合わせどおり、再び氷の槍を手の周りに浮かべ…。下唇を噛んでいる。

まぁ仕方がないだろう。近しい者にそうそう魔術など放てる物ではない。

だが、これは遊びでやっている訳ではない。


「おいレイス! 遊びじゃないぞ!」

少し怒ったような俺の声に覚悟を決めた様子の彼女はこちらに頷き、その手から氷の槍が放たれる。


的の前に立つ俺を目掛けて放たれたその槍は、俺を貫くその直前で薙ぐように払う俺の右手で軌道を逸らされた。

槍は塀の下の土に突き刺さり役目を終え、溶けるように消えていく。


少し驚いた表情のレイスに向かって歩く。

次はあの盾の出番だ。

…丁度いい。あの2人の何れかに付き合って貰おう。



「レイス、お前の魔術は強力だが致命的な弱点がある。例えば爆裂する火球は最悪直接当てなくても巻き込める。お前は当てないと駄目だ。わかるか?」

「…はい」

「ただお前の場合、数を打てるから大抵の場合は大丈夫だろう。大抵の場合はな」

「……?」


首を傾げるレイスを置いておき、先程の盾の具合を確かめる。

氷の槍を受け止めたとしても大き目の物でなければ貫通しないだろう。



「ミリア、セイム。お前達、どっちが足速い?」

…聞くまでもなかった。


「で、先生。私に何しろっての?」

「俺が合図したら、訓練場の端から端まで走れ。お前が反対側に到着したらお仕舞いにしよう」

「到着したらおしまい?何が?」

やはり首をかしげるミリアを置いておきレイスに向き直る。


「さっきより近い配置で始めよう。合図したら、俺を狙って全力で氷の槍を放て。

幾ら打っても構わない。ミリアが端に付くまでに俺が降参するか…怪我したらお前の勝ちだ」

一瞬静寂が流れる。


4人が同時に話し出した。

「そんな危ない事できません…」

「さすがに危ないだろう」

「そりゃ無理でしょう」

「…やっちゃえ」


…全員の呆れた視線がミリアに集まり、当人は失敗した、とでも言いたそうな顔を逸らす。


頭を掻きながらミリアが弁解を始める。

「この距離なら避けられる、って話だと思ったんだよ。そうだよね?」

少し困った顔でこちらを向く彼女に、試しに違うと言ってみようかとも考えたが、素直に同意する。


「そういう事だ。距離感を掴んで貰いたい。俺はぎりぎりかわせる距離まで近づく。盾は念のためだ」



明らかに不安そうな顔をするレイスをなだめ、訓練場の反対側に向かう。


「先生さ、本当に大丈夫なわけ?」

並んで歩くミリアが小声で聞いてくる。


「実はあまりばら撒かれると自信がない」

「本気かよ、刺さったらレイスは気にするなんてもんじゃないと思うけど?」

「少し見ていれば判断も付く。危なそうだったら早めに降参する。だから…全力で走ってくれ」

「責任重大だね。分かったよ。…気をつけてよね」


柄にもなく心配そうな声を出すミリアと別れ、彼女が到着するのを待つ。

視線の先に立つレイスは相変わらず不安そうな顔だ。


「レイス、本気で当てに来い。大丈夫だ、危なそうだったらちゃんと降参する。いいな?」

遠慮がちに頷く彼女を見て一度軽く目を瞑る。


…大きく息を吐き、意識を集中する。

遊びじゃない。この場合、それは自分に向ける言葉だろう。

練習で大怪我をする訳にはいかない。下手をすればここで死んで笑い話にもならないだろう。

これは実戦だと心に刷り込むと、いつも戦いの折に感じる無音のような感覚が入り込んでくる。



レイスとミリアがこちらを見ている。


…右手を上げた。

視線の端でミリアが走り始める。


正面のレイスの手から数本の氷の槍が放たれた。

この距離ならば払うまでもない。

大きくかわさず最低限その軸を外し、レイスに向かって走り始める。

少し焦った顔のレイスの手の周りに氷の槍が次々と生まれ、こちらに向かって放たれる。


…この辺りだろう。

ぎりぎりを通り抜ける氷の槍が視線の端を通り抜けていく。

彼女から数十歩程度の位置。

全てかわすならばこの辺りが限度だ。

右に飛び、姿勢を下げ再び左に戻る。

一度止まり更に左に少し走る。

先程から本当になんとかやり過ごしている。



しかし盾を使えばどうか。

そこから更に走り始めた俺に、レイスの顔に明らかな焦りが見える。

無尽蔵にばら撒かれるそれを体をひねってかわし、更に数歩走ったところで初めて盾を使う。

視線を塞がないように数本の氷の槍を受け、その打撃力に少し立ち止まった。

これ以上この場所にいるのは危険だ。進むか降参するか。

…次にまとめて放ってきた所で盾は放棄し、大きく弧を描くように彼女に接近する。

そんな簡単なシナリオを選択したところで、ミリアが大声を上げた。


「着いた!」

その声に。

レイスはその場で大きく息を吐いて座り込み、俺は駆け出す準備をしていた足を弛緩させた。

早足でレイスの元へ歩く。


彼女が放った氷の槍は、以前王都で見せたそれとは違った。

その数も、打ち出される速度も。

だが今はそれでいいだろう。



泣き出しそうな表情で俯くレイスの前にしゃがみこむ。

「少し脅かしすぎた。大丈夫か?」


視線を合わせず無言で頷く彼女の頭を軽く撫でる。

「ごめんな、身内に全力で攻撃できる奴なんか中々いない。実は…見越して予定よりも前に出た」

「…ひどいです」

それを聞き、抗議の視線をこちらに向けるレイス。

その目尻に涙が浮かんでいる。


「だけどそれくらいでいい。…本当に躊躇なく打ち込まれたらどうしようかと思っていた」

彼女の視線に笑って見せ、立ち上がり右手を差し出す。

その手を握る彼女の手を強く握り、引き起こす。


「次は本当に当てますからね…」

困ったような顔で笑うレイスにもう一度ごめんなと謝り、こちらに歩いてくるミリアを待つ。



「先生、どんな感じだった?」

少し荒い息。

本当に全力で走ってくれていたらしい。

振り向いて数十歩先を指差す。


「その辺がいい所だろうな。それ以上は危うい」

「…先生、それはあまり参考にならないと思う」

いつの間にセイムとグラニスも近くまで来ていた。


「普通あんなに避けられないし、避けるだけの状況なら逃げると思う」

セイムがひどく全うな事を言う。内心少し驚きつつ、それに同意してみせる。


「避けられる避けられないは兎も角、距離を取ってレイスと対峙したら普通は一度逃げるか、遮蔽物を探すだろうな。

…但し、それは相手がお前の力を知っている場合だ」


「もしそれが俺で、手の内を知らないとしたら、警戒しながらとにかく距離を詰める。近づかなければこちらは攻撃できない。

相手の手の内を探っている時間がある状況なんてそうは無い。であれば、とにかく接近する」


「…手の内を知られる前に初撃で倒せ。一度である程度見切るような奴もいる。相手の実力を推し量り、必殺の距離を見極めろ」

こちらを見詰めるレイスと目を合わせた。

軽く唇を噛んだまま、彼女が頷く。


彼女の力は絶大だ。

しかしどんな相手にも同じ対応をする訳にはいかないだろう。

これはあくまで一つのパターンだ。

今後色々な状況下でのやり口を、彼女自身も考えねばならない。




場の空気が重い。


「とはいえ、そんな状況にならないようにするのは俺達前衛の役目だ。安心しろ」

軽く笑ってみせ、左手の盾の傷を確認する。

その傷の深さ。もう少し勢いがあれば貫通していたかもしれない。

…少し調子に乗りすぎた。




グラニスと別れ、4人で剣士の養成所に歩く。

別れ際、2人になったところで、あまり無茶をするなと釘を刺された。

返す言葉も無く、今まさに調子に乗りすぎたと反省していた旨を話す。


歩きながら穴が開きかけた盾を再度良く見る。…弁償すべきだろう。

ランジに一通りの謝罪をするも、更にひどい傷だらけの盾を見せられ別に構わないという回答を貰い、結局礼を言うだけとなった。

その後養成所前で残る2人とも別れ、レイスと帰る道を行く。




「リューン様、私はお役に立てるのでしょうか…」

俯く彼女が言う。先程から言葉が少ない。

別れ際にミリアが少し心配するような表情をしていた。


「心配するな。さっきのは本当に脅かしすぎた。最初は誰でも自分のやり方を模索する。

さっきのはその前段階の知識程度の話だ。不安も付き纏うだろうが、じきに何となくわかる」

「…はい」

あまり気は晴れないようだ。

左手で彼女の頭を軽く撫でる。



「あとな、あまり不安な時は休め。まだ俺はお前には安全な所にいて欲しいと思っている。

お前が待っていてくれる所に帰れるだけでも十分だ」

「…私は、嫌です。連れて行ってください」

苦笑いする俺に、顔を上げた彼女が微笑む。

「…そうだな」







「所でレイス、この間の事、ミリアにどこまで話した?」

はっとした顔をして視線を逸らすレイス。

その横顔を暫く見詰めていると、こちらを向き直り、頭を下げた。


「すみません、つい、話してしまいました」

「…どのくらい?」

「その…大体、全部というか…」

再び視線を泳がせる彼女の横で、俺は手を顔に当てて立ち止まった。


「あの、すみません。帰り道でつい浮ついて、聞かれるままに……すみません」

こちらを見上げながら、照れるような困ったような顔をしている。


「レイス、そういうのはさ…」

「すみません…」




夕暮れの道を2人で歩く。


夕食から続くいつも通りの夜を過ごした俺達は、今夜も狭いベッドで眠った。



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