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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の日常01
70/262

2人の日常02

昨日とは違い、正しく朝食を取った俺達はギルドに向かう。

少し寝不足な感もあるが。

…正しい生活を送らなければならない。



パドルアの冒険者ギルド、バステト。

以前は複数のギルドが存在していたためギルド各個に名前があったが、現在仕事を斡旋するようなギルドはここだけにしかない。

結果的にその名前に最早意味はないのだが、古い登録者の俺としてはその名前に思い入れがなくもない。


その石造りの堅牢な建物を、彼女と訪れるのは二度目だ。

以前は魔術士に関わる養成所への紹介状を貰うためだった。

今回は、仕事を請けるための登録である。

手順だけみると順当なのだが、その間の諸々を考えるとこれもまた感慨深い。



すっかりその手順など忘れた俺は、顔なじみのキマムさんに話しかけた。


「登録したいんだけどどうすればいいんだっけ?」

「…登録?あぁ、そっちの子ね。どう?技術は身についた?」

必要以上に身についている、などと思いながらそこそこだね、などと返して登録の用紙を受け取った。



登録などと言っても大した内容ではない。

名前と繋ぎが付く定宿。死亡した折の連絡先。年齢。剣士や魔術士といった職業。

更に身体的特徴。…別に腕がないなどと書く必要はない。髪や瞳の色だ。

依頼を受けた先で死体になった時に見分けをつける為の一応の内容で、しかしこれを元に誰かを探した事は今までないだろう。

他に書き込むことが出来る欄もあるが、書く必要もない。



眉間に皺を寄せて用紙と格闘するレイスの脇でそれを見守っていると、彼女のペン先が名前の欄で止まり、少し考え込んでいる。

「…どうした?」

「名はレイスです。姓の欄は空白でいいのでしょうか」

「そういえば聞かなかったな。スノアではどうだったんだ?」

「田舎の家で、姓はありませんでしたね。もう記憶も曖昧ですが…」

「あぁ、なんだかごめんな。空白にしておくか…それかフライベルグって書いておけばいい」


少しその言葉の真意を考え込み、また考え無しな事を言う、とでも言いたげな彼女の抗議の瞳がこちらを見上げた。

「…リューン様、あまり簡単にそういう事を口走るべきではないと思います」

「別に考え無しに言ったんじゃあない。一緒に暮らしている訳だしいいだろ。嫌か?」


別に何も考えていない訳ではない。

少なくとも俺は、このままずっと彼女と一緒に居るつもりだった。

いずれかが命を落とすまで、だが。


「え…」

慌てて彼女は前に向き直り考え込む。

暫くの後、空白だった欄にはフライベルグという俺と同じ姓が書き込まれた。



時折文字の綴りを教えながら、用紙が出来上がる。

…彼女はまだあまり字が上手に書けない。

この一年、あまりその必要性に迫られる事もなかったのでそこまでの労力を裂いてはいなかったが、

今後はそういった事も必要になるだろう。


用紙をキマムに手渡し、ギルドの台帳を少し整理している間そのまま待つ。

先程のやり取りから、彼女はあまり俺と目を合わせない。

台帳の片割れを手に戻ってきたキマムが俺達の顔を見ながら聞く。

「リューンさん、…おめでとう?」


レイスは顔を真っ赤にしながら慌てて右手を顔の前で左右に振り、

隣で俺は事も無げに、同居人、と答える。

その一言に、信じられない、というような顔で俺を見上げる彼女と受付を離れた。



「…リューン様、あまり簡単にああいう事を口走るべきではないと思います」

彼女が溜息混じりに再度繰り返す。


「違う、色々詮索されるのが面倒だったからああ言ったんだ。

あの辺の人達、噂好きだから。先に言っておくんだった。ごめんな」

それに説明を返し、再び目を合わせなくなった彼女と、依頼が貼り付けられた掲示板を眺める。



登録したばかりの彼女のランクは1だ。

その魔力だけを見れば、素人目ながら彼女は最高のランク6でも差し支えないだろう。

しかし戦いでの立ち回りを含め、学ばないといけない事は多い。


彼女がどんな魔力を持っていたとしても。

例えば深く切りつけられれば、例えば石弓で打ち抜かれれば、やはり命を落とす。

それは駆け出しの兵士であろうとも歴戦の英雄でも一緒だ。

その様にならないような立ち回りと状況判断。それを少しずつ学んでもらわないといけない。




ランクの指定なく請け負える仕事が並ぶ、掲示板の左端を眺める。

護衛。ここから数日の北の町まで。所要人数3人程度。

魔物の排除。南へ数日の村付近で散見されるゴブリンの調査。及びその殲滅。所要員数5人以上。

……。

記載内容通りにことが運べば大した事もなさそうな依頼が並ぶ。

報酬は安い。今は別に報酬を求めていないので問題はないが。

オルビアの所の仕事は今日は出ていないようだ。


「少し訓練したらこのあたりの仕事を一緒に請けよう。何となく、内容分かるだろ?」

「…はい」

少し緊張した面持ちで依頼の用紙を見詰める彼女。

その横顔を眺め、彼女の頭に手をやる。


「いまこの中から受ける訳じゃない。また見に来よう」

こちらに視線をやるレイスに微笑み、俺達はギルドを後にした。





「リューン様は、いつも依頼を選んで、その報酬を貰っていたんですよね?」

「ああそうだ。お前が来てからは選び方少し変えたな。以前は護衛ばかりを受けていた」

「オルビアさんの仕事が多かったんですか?」

「全部ではないけど、多かったな。あいつの所は食事の材料用意してくれるんだ。味は兎も角だけどな」

先日の王都との往復の折、急いで用意した食事の味を思い出したらしいレイスは、少し眉をひそめている。


「余裕がある時は少しマシな物を作っていたし、それぞれ自分の分の食事を持って行くのは大変だからな」

「その…私がお世話になり始めてからは?」

「それからは殆どが魔物の討伐だな。この辺りだとゴブリンばかりだが…


予定外のオーガがいた折の事を話す。

その特徴、危険さ、自分はどの様に倒したか。そして。


「レイスがあれと対峙する状況になったら、距離さえあれば問題ないだろう。

お前の氷の槍は多分、オーガには相性がいいと思う」

「相性、ですか…」

「相性だな。後でその辺も見せようと思っている事がある。

蛇足だが、俺達みたいな前衛で戦う奴にも相性ってのがある…と俺は思ってる」

「…分かりました。お願いします」


改めて真剣な目で言う彼女に微笑んで見せ、予定通り養成所に向かう。






俺たちが養成所に着いたのは、丁度昼時だった。

今まさに座学の講義を終えたのであろう、数人の若者が出て行く姿が見えた。


「グラニスさん、お疲れ様です」

戻ったのが一昨日にも関わらず、今日この場所にいるグラニス。

このあたり、人手不足は深刻なのだろう。

やはり疲れの色が少し残るその顔がこちらに振り向いた。


「おお、お前達か。この間はすまなかったな」

「すまなかったのは俺のほうです。あの…ドレスの金額、ちゃんと払います。少し待って下さい」

「あれは仕方ないだろう。大丈夫だ。金額は聞かないほうがいいと思うぞ?」

こちらを見て軽く笑うグラニスに、それはきっと俺が簡単に払える金額ではない事を理解した。


「…すみません。必ず恩は返します」

「お前にはこちらも世話になっているからな、まぁ気にするな。所でどうした。何か用があったんじゃないのか?」

「実は…。


これから、彼女と一緒に仕事を請けていく事を決めたこと。

彼女の実力は分かっているが、魔術士の戦場での立ち回りを教えて欲しい。


ついては、以前講義でそういった内容を聞いた筈だが、その復習と、グラニスの経験上のそれを教えて欲しい。


ムシの言い話ではあるが。

俺には俺の立ち回りしか分からない。

ある程度分かるのはいい所、違う武器を扱うほかの前衛職の事までだろう。



「…そうか。午後からの実地は別の者に頼む予定だった。お前達の頼みならばそれくらいはさせて貰おう。

だが、安全な事などないぞ?戦場で魔術士は狙われやすい。分かっているか?」

「…分かっています。それで今まで生き抜いているグラニスさんに話を聞こうと」

「私の話を終えたらスライからも聞くといい。あいつは現役で、今も生き残っている」

「そうですね。次に顔を合わせた折に頼もうと思っていました」

「そうか。私からも会った折に言っておこう」


それを引き受けてくれたグラニスに礼を述べ、食事後に再びここに集まる事で話はついた。




久々に養成所付近の飲食店に入る。

正面に座るレイスはやはり俯いて目を合わせないようにしている。

その顔からは、少なくとも負の感情は感じない。


「レイス、大丈夫か?」

「え…。大丈夫です」

「さっきの事、怒ってるのか?」

「いえ、怒ってなんていません、その、なんていうか…」

「姓の事か?…嫌か?」

「いえ、嫌だなんて、そんな…」

顔を上げた彼女はやはり視線を合わせないで、その視線がテーブルの上を泳いでいる。

…人目がなければ、彼女を抱きしめていただろう。


注文された料理がテーブルに運ばれてくる。

魚の料理を切り分け、彼女の前に押し出す。


「とりあえず、食べようか」

「…はい」


無言の食事。

少なくとも俺には、その無言は気の重いものではなかった。


「…ごちそうさまでした」

「さて、行くか」

「はい」



終始視線を泳がせる彼女と店を出て、養成所へ戻る道を歩く。

まだグラニスは戻っていないようだ。

俺達はその数段の階段に座り込み、待つ事にした。


隣に座る彼女の横顔を眺める。

視線を感じたのか、やはりその目があちこちをせわしなく動くのを見て、苦笑しながら正面に向き直る。

その横で、レイスは少しこちらに寄る様に座りなおし、肩が少し触れる。


俺達は何を話すでもなく、グラニスが戻るまでそのまま座り続けた。


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